10.とんでもない男
一騒動あったティーパーティーは、すぐに終了となった。
大勢の前で国外追放を宣告された《植物の魔女》は、数名の衛兵に連れて行かれた。
真っ青で唇を震わせるその表情は、まるで死刑宣告でもされたかのようだった。
……おそらく、《植物の魔女》にとっては同じような意味を持つのだろう。
他の魔女は、ライアスが筆頭となり一人一人怪我の有無を確認された。
幸い誰も怪我人はおらず、任務がある魔女はその後任務へ、ない魔女は解散、という流れになった。
魔女たちの顔はとても険しく、ティーパーティーに参加したとは思えないほど陰鬱な雰囲気を纏っていた。
そしてリーテアは、何故か豪華で座り心地のいいソファに座らされている。
「………ロゼ」
「うん?」
「………もしかして、私も国外追放かしら…?」
嫌な予感を拭おうと、リーテアはロゼをずっと撫でていた。
パーティーが終了したあと、リーテアはアシュトンに連れられてこの部屋にやって来た。
応接室のようだが、良い身分の人間が使う部屋だと分かった。家具や装飾、部屋の細部にまで他とは違う豪華さがあったのだ。
リーテアはソファの上で身じろぎしながら、魔女依頼受付室の簡素なイスを思い出す。
(ああ、今はあの固いイスが恋しいわ。アシュトンは少し待っててとか言ってどこかへ行っちゃったし、いつまで待たされるの?……というか、誰が来るの?)
誰がこの部屋に来るのか。その答えはもう分かってはいたが、あえて考えたくないリーテアだった。
「どうしよう、この国から追放されたら、次はどこへ向かえばいいかしら…?」
「落ち着きなよリーテア。まだそうだと決まったわけじゃないでしょ」
「だって、殿下主催のパーティーであんな…!ああもう、私のこの口が…!」
「リーテアは正しいことを言ったよ。それで追放されるなら、あの王子がその程度の男だってことだよ」
ロゼがまた不敬なことを口にする。それでも、リーテアにそれを正す余裕はなかった。
コンコン、と扉が叩かれ、リーテアは肩を跳ねさせて立ち上がる。
「っはい!どなた!?」
部屋の中へ入ってきたのは、苦笑しているアシュトンを先頭に、ライアス……そしてディランだ。
思っていた通りの人物が現れ、リーテアは唇をぎゅっと結ぶ。
ディランはリーテアの正面のソファに腰掛けると、新緑の瞳を向けた。
「……《愛の魔女》リーテア。君は…」
「こ、国外追放ですかっ!?」
「……え?」
立ったまま食い気味に言ったリーテアの言葉に、ディランが目を丸くした。
「あー…、俺、そんなこと一言も言ってないけど」
「………」
リーテアは力が抜けたように、すとんとソファに座った。その隣で、ロゼが他人事のように「よかったね」と言っている。
「つ…追放は、されないと…?」
「どうして俺が、君を?するのは追放じゃなく、感謝だよ」
信じられない言葉が聞こえ、リーテアは瞬きを繰り返す。ディランは確かに、感謝と言った。
「殿下が、私に、感謝…?パーティーをめちゃくちゃにして欲しかったんですか?」
「ふはっ、どうしてそっち?めちゃくちゃにしたのは《植物の魔女》だろう?」
可笑しそうにディランが笑うので、リーテアはますますわけが分からなかった。
初めて会ったときのような、刺々しい空気が今のディランには無い。それが不思議で、逆に怖かった。
「……あの、では、どういう…?」
「君が、魔女たちに一喝入れてくれただろ?」
そう言って、ディランがすぐそばに立つライアスを振り返った。
ライアスは仏頂面のまま、リーテアを見て口を開く。
「あなたの発言のおかげで、婚約者制度が始まってから初めて、魔女たちに新たな認識を植え付けることができました」
「……新たな認識?」
「“不祥事を起こせば、こちらから魔女を切ることが出来る”。そういう認識です」
くいっと眼鏡の位置を調整したライアスの口元が、僅かに持ち上がった。
「魔女たちの横柄な態度には、正直手を焼いていましてね。けれど、魔女に口出し出来るのは、厄介な優遇制度のせいで、王族か―――同じ魔女しかいないのです」
「リーテアのおかげで、ずっと平行線だった俺の“婚約者候補”たちに、新たな認識を植え付けられた。これは願ってもいないことで、君には感謝しかないんだ」
だから改めて、ありがとう。そう笑顔でディランが締めくくる。
リーテアは頭の中で情報を整理した。
厄介な魔女の優遇制度。横柄な態度の魔女。
そんな魔女に口出し出来るのは、王族か同じ魔女しかいない。
おそらくディランたちは、婚約者候補という地位にあぐらをかく魔女たちに、分からせたかったのだ。
態度や言動次第で、婚約者候補という地位は簡単に剥奪できるし、国外追放もできる―――あの場で、そう知らしめた。
(パーティー終了後の魔女たちの表情から、殿下たちの思惑は上手くいったと思う。思うけど……私は、そのために利用されたということね)
「……とんでもない男だったね、リーテア」
リーテアと同じ考えに至ったのか、ロゼが不機嫌そうにそう言った。
ロゼの姿は、リーテア以外には見えていない。声も聞こえていないはずだが、うんうんと頷くわけにもいかず、リーテアはロゼの小さな手を握った。
「……私が、あの場で発言しなければ…殿下はどうしていたんですか?」
「ん?あのままパーティーは続行していたよ。でも俺は、君が何かしら行動してくれると思っていたからね」
リーテアの問いに、ディランはなんてことないように答えた。思わず眉が寄ってしまう。
「どうして、私が何かしら行動すると…?」
「ここ数日の言動を、アシュトンから聞いていたから。食事を質素なものにして、魔女たちが嫌な反応を見せれば、君は黙っていられない性格だと思ったんだ」
「…………」
リーテアのじとっとした視線から逃れるように、扉の前に立っていたアシュトンは目を逸らした。
ディランにどんな話をしたのか分からないが、あとで文句を言ってやると思いながら、リーテアは視線を戻す。
「ディラン殿下は、なかなか愉快な性格をお持ちなようですね」
「あれ、怒ったかな?」
「……いいように利用されて、同じ魔女からは反感を持たれ、私の大切な魔法を役に立たないってバカにされたんですよ?どこに怒らない理由があるんですか?」
目の前にいるのは、一国の王子だ。そうは分かってはいても、リーテアは不機嫌さを隠せない。
ディランは両腕を組み、何かを考える素振りを見せてから、ピッと人差し指を立てる。
「じゃあ、こうしよう。俺の婚約者候補に一番近い魔女として、より上の権限を君に…」
「―――お断りしますっ!」
声を荒げながら、リーテアはソファから立ち上がった。ロゼが驚いたように飛び退く。
ディランもライアスも、リーテアの反応に目を丸くしていた。
「私が…私が欲しいのは、あなたの婚約者としての地位じゃありません!《愛の魔女》として活躍できる仕事と、それに―――…」
ぎゅうっと拳を握りしめながら、リーテアは言葉に詰まった。
この先の言葉は、今ここで口にしても意味がないのだ。
「……とにかくっ!私はまた国の王子に利用されるなんてご免だわ!」
リーテアはそう吐き捨ててから、感情のままにべえっと舌を出した。
侮辱罪として捕らえられてもおかしくはないのだが、ディランは呆気に取られている。
その隙に、リーテアは素早くロゼを抱きかかえ、足早に扉へと向かった。
「アシュトン、通して」
「…………はい」
どこか気まずそうな顔をして、アシュトンがスッと脇に移動した。
リーテアはふと立ち止まり、唇を尖らせたままアシュトンを睨む。
「……私の言動を逐一報告していたのは許さないけど…庇ってくれたのは嬉しかったわ、ありがとう」
アシュトンは面食らったように固まった。
リーテアはそのまま部屋の外へ出ると、廊下を駆ける。
腕の中にいたロゼから、心配そうな視線が向けられていた。
「リーテア…大丈夫?思い出しちゃった?」
「………大丈夫よ、ロゼ」
ロゼを安心させるように、リーテアは精一杯の笑顔を向ける。
それが無理して作った笑顔だとロゼはすぐに気付いていそうだったが、優しい使い魔はそれ以上何も言ってこなかった。
(……大丈夫。大丈夫だけどニール、ごめんなさい。今日はもう、仕事をする気にはなれないわ)
リーテアはロゼをぎゅうっと抱きしめると、一度も城を振り返らずに家へと帰った。




