序幕 復讐令嬢は断罪される
「ユースティア・シルヴァリオ公爵令嬢。君の犯した数々の罪を、今こそ私たちの手で暴いてみせよう!」
そう言って声高に笑う男を、色とりどりの仮面が見つめていた。喜怒哀楽に富んだ顔だが、誰も彼も好奇の目を秘めている。その中で彼女だけは──ユースティア・シルヴァリオだけは、仮面の奥の翡翠に炎を湛えていた。火矢は件の男性だけでなく、会場に居る全ての人間を狙っている。
それでも今は、この感情を誰かに悟られる訳にはいかない。純白のドレスを翻し、ユースティアは男と対峙した。金箔で縁取られた、豪奢な蝶の仮面。煌びやかな意匠は男の自信そのものを表しているようだった。あまりの眩しさに辟易するが、黙っていては不利になる一方だ。ヘーゼルベージュの髪を揺らし、ユースティアは口を開く。
「身に覚えがないと言えば?」
「無論、否定してもらって構わない。だがこの証拠を前に、いつまで軽口が叩けるかな?」
特別冗談を言ったつもりはないのだが、所謂これも印象操作というやつなのだろう。断頭会まで開いておいて何の罪にも問われないなど、興醒めもいいところだ。
──そう。例え冤罪だろうと関係ない。真実など二の次、より魅力的な最期に天使は微笑む。
その天使こと裁判官は、一連の事態をバルコニーから見下ろしていた。椅子の肘掛けに頬杖を突き、バウタの仮面で微笑む様は正しく天上人と呼ぶに相応しい。光り輝くシルバーホワイトに、絶海を思わせる深い碧眼。なるほど天使と見紛う容姿だが、その内に棲むのは歴とした悪魔である。
天使、曰くレンブラント帝国第二皇子は徐に立ち上がる。
「裁判官として命じよう。御両人、互いの正義を賭けて、存分に潰し合ってくれ給え」
ホール全体に響く、美しいテノール。開廷の合図に群衆は湧く。無様に罵り合う二人の姿を、今か今かと心待ちにしているようだった。
「……とんだ茶番劇ですね」
若しくは、お遊戯会とでも嗤うべきなのか。どちらにせよくだらないことだと、ユースティアは舌を打つ。その声は熱気の渦へと引き込まれ、拾う者は存在しない。
結末は果たして、悲劇か、喜劇か。
ユースティアは瞼を閉じて、これまでのことを回視する。
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