第9話 同性愛
貯金通帳の額は、美加の想像以上に増えていた。一生遊んで暮らすのは無理かもしれないが、かなり余裕ができたんのは事実だった。
ただ、出版社からの依頼も捌ききれないほど増えてしまい、連日徹夜だった。天使の手伝ってもらっているとはいえ、細かいセリフや誤字脱字を直すのは美加の仕事であり、インタビュー記事やエッセイなどのライティングの仕事は自分一人でこなさなければならなかった。
そんな中、売れない時代からの同業者である友達から息抜きの同人誌を出さないかと誘われた。
同人誌に載せる短編で、全くお金にはならないが、久々に好きなものを書けるかもしれないとワクワクもする。さっそく中世ヨーロッパ風の世界でラブコメを書いていた時だった。
「そんな息抜きはやめろよ」
天使が現れて、なぜか書いていた小説のデータが消えてしまった。
「ちょっと、どうして? 何で消したの?」
美加は涙目になりながら叫んだ。ようやく息抜きができると思ったのに、悔しさしか感じない。
「何言ってるんだよ、美加。美加は俺と契約しているんだよ? 好き勝手に書くのは許さないよ」
天使はニヤニヤと笑いながら、一枚の紙を取り出した。
契約書だった。まるで結婚届けのような仕様書でだった。なぜか美加とバアルが夫婦関係になってる。ハムスターを捧げた日から契約が更新したともあり、財産、健康、将来の全てを夫婦で共有すると書いてあった。よく見ると細かい文字で契約破棄は出来ないともあった。
「そんな契約って」
「仕方ないよ、こういうルールだ。それにお前は成功したいんだろう?」
天使は足元を見ていた。こう言われてしまうと美加もぐうの音が出ない。契約書を無理矢理奪って破棄しようともしたが、そんな事はできない。美加自身が一番よくわかっている事だった。
「じゃあ、同人誌の短編は何を書けばいいの?」
美加は力ない声で言った。
「BLさ」
「は? BL?」
予想外だった。
確かにこの同人誌は自由な形式で、BL小説を書くものもいるとは聞いていたが。
美加はヲタクよりの女だったが、BLについては興味がなかった。周りの友達は腐女子も多かったが、正直なところどこが良いのか不明だった。やっぱり人間は異性に惹かれるのが自然の成り行きだと思う。
BLや百合のような切ない純愛は、実際にあるのかわからない。
素直にそう話すと、天使は明らかにイライラとしはじめた。
「時代遅れだね、美加は。っていうか差別主義者? 最低だな!」
「そんなつもりはないんだけど」
「今はLGBTの時代だよ。見損なったよ、美加は。この差別主義者!」
そう言われてしまうと、自分は悪いような気がしていた。それに天使はBL小説や漫画の素晴らしさを語り始めた。天使がBL好きな腐男子だったとは意外だった。
「俺は昔、ソドムとゴムラっていう町で同性愛に耽っていたんだよ」
「サラリととんでも無い事言うのね」
ソドムとゴムラとはどこかで聞いた事があった地名だったが、よく思い出せない。確か大学で一般教養の時に聞いた気がするが、美加は思い出せなかった。
「でも突然邪神が現れて、火と硫黄でソドムとゴムラの町は滅ぼされてしまったんだ」
「へぇ」
天使は邪神についての恨み言を十分以上話し続けていた。よっぽど恨んでいる事が察せられた。
「よっぽどその邪神って酷いんだ」
「他に邪神は売春、不倫、婚外セックス、詐欺、嘘、男装、女装、偶像崇拝、スピリチュアル、占い、泥棒、殺人、獣姦なんかも嫌いだね」
「あれ? こう聞くと邪神って割とまともじゃない? 泥棒や殺人なんてフツーに犯罪じゃない」
「うるさい! もう作品のアイデア教えてあげないぞ」
「わかったよ」
そう言われてしまいと何も言えない。
美加は、天使の言う通りのBL小説を書いて同人誌に載せて貰った。
タイトルは「異世界転生したら、最愛の上司と永久に結ばれた」というものだった。
同人誌に関わらず腐女子に「切なくて泣ける!」「リアル!」と大ウケしてしまった。
何がウケたのかさっぱりわからないが、腐女子から連日気持ち悪いメールが届くようになってしまった。