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第7話 ヤクザ

「船橋アストロジー」と「龍神様の花嫁〜没落華族令嬢が孤独な龍神様の捧げ物になりました〜」は幾度か重版がかかり、コミカライズも決まった。近所の書店では二つとも山積みになって置いてあった。


 ポップやポスターも貼られ、明らかに出版社からの待遇が変わった事を実感した。今まではこんな事は一度もなく、書店で新刊が平積みされる事も滅多になかった。


 天使からあれこれ命令されて書くのはストレスだったが、こうして現実にプチ成功してしまった。美加はもう天使の言いなりになって作品を作る事が最善だと思い始めていた。


 少し迷ったが派遣の仕事はやめる事にした。今は印税でも十分食べていけるぐらい稼げていたし、貯金も怖いぐらい貯まっていた。それに締め切り前には徹夜は当たり前になっていて、派遣の仕事もろくにこなせなくなっていて、クビにされたという面も大きかった。


 収入源が一つになってしまい、いよいよ後戻りができない。経済面でも天使の言いなりになるしか無い状態だった。


 心理的にはストレスが溜まっていたが、作家業は順調。


 それだけが心の支えだったが、ネット書店のレビューを見ると酷評ばかりだった。パクリ疑惑も出ていた。実際、天使のアイデアからパクッたようなものなので、全く気にしない事が出来なくなっていた。


 夢の中でも酷評レビューの文面が頭の中で流れ、寝不足で体調は絶不調だった。内科からもらった薬も体に合わなかった。


「ねえ、バアル。どうしよう」


 天使を呼んで相談する事にした。


「はは、馬鹿だな」


 天使は薄笑いを浮かべながら部屋にやってきた。相変わらず美しいルックスだったが、派遣先の仕事の上司に会っている時のような緊張感が美加の身体を支配していた。


「パクリ疑惑なんてほっとけばいいよ」

「でも、怖い。実際、パクリみたいなもんだし、誰かにバアルの事がバレたら」


 緊張感と具合の悪さで美加の声はカサカサに枯れていた。誰が聞いてもアラサー女の声には聞こえないだろう。声だけだったら完全におばさんだった。


「だったら次はライト文芸レーベルの新人賞に出そうじゃないか」

「新人賞? ライト文芸レーベル?」


 天使が提案したラノベ大賞レーベルは大手出版のところだった。美加は弱小出版社しか縁がなかったので、怖気付く。


 ライト文芸とは、アラサーからアラフォー女性などをターゲットにした「大人の少女小説」という立ち位置のジャンルだった。キャラクターはライトノベルのようにキャッチーだが、ライトミステリや歴史もの、ヒューマンドラマ、ホラーなど一般文芸にも近い設定の作品も多いのも特徴だ。


「船橋アストロジー」は、少女向けライトノベルレーベルで出したが、設定がライト文芸のようだと編集者やファンからは言われていたが。


「このレーベルはプロ作家でも新人賞とるの難しいのよ。できるの?」

「大丈夫さ。俺の言う通りに書けばね?」


 天使はニヤニヤ笑っていた。この邪悪な笑みを見ていたら逆らえそうになかった。


 さっそくパソコンに向かって、設定やプロットを作る事になった。


「次はどんな設定?」

「次はヤクザものを書いて貰おう」

「ヤクザ?」


 想定外の設定だった。今のライト文芸は中華後宮ものや日常ミステリが人気設定だった。


 とりあえずワードに「ヤクザもの」と打ちながら、美加は顔を顰める。ヤクザというと、反社会的組織だ。近所にも刺青を入れたおじさんが住んでいて、恐れられていた。実際、コンビニや病院などでトラブルを起こしているらしい。とても良い印象は持てなかったのだが。


「考えてみろよ。ヤクザは映画や少女漫画では人々にウケる王道設定だぜ?」

「そんなもん? ヤクザの何がいいの?」

「いいか美加。人間っていうのは生まれながら9割ぐらいは悪い存在なんだよ」

「なにそれ、性悪説?」


 首を傾げながらも美加には心当たりがあった。近所の刺青のおっさんにも隠れファンが多いらしく、なかなか警察も介入できないという噂も聞いたことがあった。人間の心の9割が「悪」だとしたら、ヤクザに憧れる人がいるのもおかしく無い気がした。


 それに人類は進化しているはずなのに、相変わらずいじめ、殺人、泥棒、詐欺は消えない。嘘をついたり、嫉妬、傲慢といった負の感情も依然としてある。人間が9割悪い存在だとしたら、そう言ったものが消えない理由も納得してしまった。ヤクザに憧れたりする人の気持ちもなんとなく理解できてきた。元々人間の中にある悪いものがヤクザを魅了的に見せているのだろう。


「だったらあとの1割はなんなの?」


 ふと、その疑問が頭に浮かぶ。


「うるさい! さっさと俺の言う通りに書け!」


 天使はそばにあったペン立てを床にぶちまけた。美加の口元から小さな悲鳴が漏れた。美加の身体は恐怖で固まり、キーボード上の指先も震えていた。


「ご、ごめんよ。今のはちょっと間違えだよ」

「そ、そうなの」


 天使は謝ってきたが、美加の心は恐怖でいっぱいになる。やっぱりこの天使には逆らえないようだった。明らかに酷い事をした天使なのに、無理矢理良い部分を探して納得までしていた。別に天使の為ではなく、自分の成功や保身、あるいは孤独を誤魔化す為に。


 こうして天使に命令されながら「ヤクザの花嫁〜鬼と極める悪の道〜」を作ってライト文芸レーベルの新人賞に応募した。


 冴えない女子大生と鬼でヤクザの組長とのラブコメディだったが、大賞を受賞し、書籍化も決定した。


 選考員からのコメントはこう書かれていた。ライト文芸とヤクザを組み合わせる斬新さも際立っていたが、人間の邪悪さや弱い心の表現が秀逸だった。ヒロインは「人間の心は9割悪よ」と言っていたが、納得できる描写や展開だった、と。


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