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第6話 生贄

「嬉しい! バアル、聞いてよ。『船橋アストロジー』が重版かかったよ」


 美加は嬉しい知らせを早く天使に伝えたいので、すぐに呼んだ。


 部屋が光に満たされると、すぐに天使が現れた。


「本当にあなたの言う通りね。『船橋アストロジー』は評判がすごくいいみたい。片目を損傷した主人公の表紙イラストも綺麗よねぇ。目に手を当てる指先もピラミッドみたいに見えるわ」


 執筆作業は、天使にあれこれ言われるがままのものだったので、とてもつまらなかったが、こうして結果がでていると、やっぱり天使の言う事は本当かも知れない。


 しかもデビューしたレーベルの編集者が新しく少女向けライトノベルのレーベルを立ち上げたというので、企画を出して欲しいと誘われていた。忙しい編集者で、デビューした頃のように二人三脚で一から企画を作る事はないようで、持ち込み企画を提案された。


 ネット出身の人気作家にも声をかけているようで、小説の作り方も変化しつつあるようだった。やはり一から編集者と二人三脚で作る形は、時間や資金面でも余裕が無いとできないらしい。


「って事なんだけど、少女向けに何かいい企画ないかな」


 本当は平安後宮ものを思いついていたが、天使に言われるがままの成功した方が良いと思っていた。自分で企画を出してボツの嵐を喰らうよりも、天使に任せて売れ線を狙ってみたかった。


「よし、じゃあ俺の言う通りに企画書を書け」


 命令区口調で言われるのが、やっぱり腹立たしいが、成功する方がいい。ぐっと我慢をして、天使が言う通りにキーボードを叩く。


「明治時代に龍神の生贄になった少女が幸せな結婚する話……? こんなのウケるの?」


 自分で企画書を書きながらも、変な設定だと思った。自分で生贄を養要求した龍神が、その対象を溺愛し始めるのは筋が通っていないではないか。被害者が加害者に好意を抱く様になるストックホルム症候群にも見えた。ヒロイン側が龍神を過剰に畏れ崇めているのが不自然だ。まるで自己保身の為に無理矢理恋愛感情を持っているようにも見える。健全な男女関係には全く見えない。やっぱりストックホルム症候群にしか見えない。


 素直にそう言うと、天使は明らかに機嫌を悪くし始めた。イケメンの怒った顔は、ブサイクが怒った時よりも怖く感じた。ブサイクが不機嫌でも「だろうな」と納得だが、イケメンが不機嫌だと自分にも原因がある気がする。


「今の時代は和風シンデレラだよ」

「それはわかってるけど、こんな設定で受けるかしら」

「受けるよ。いつだって女性はベタなものが好きだからね」


 そう言われてしまうと納得してしまう。手垢まみれのシンデレラストーリーもいつも人気だった。景気が良い時代はキャリアウーマンが主役の話も人気だと編集者から聞いたことがあるが、やはり今はコロナで景気が落ち込んでいる。


 女性も保守的なシンデレラストーリーに向かうのも無理はない。美加はあまり良い家庭環境ではなかったので、結婚願望はゼロに等しいわけなので、シンデレラストーリーはちょっと苦手だった。「ヒロインも仕事しろ!」と思うタイプだったが。


「じゃあ、とりあえずこの企画出してみるよ」

「美加、いい子じゃないか」


 天使はそう言って、美加の頭を撫でた。少女漫画ではよくあるような状況で、思わず美加の頬は赤くなった。やっぱ女性はベタなものが好きというのは、本当かもしれない。


 こうして生贄になった少女と龍神が恋愛するという企画書を書いて出した。タイトルは「龍神様の花嫁〜没落華族令嬢が孤独な龍神様の捧げ物になりました〜」だった。天使と一緒に企画書を書きながら、こんな設定が売れるかどうか半信半疑だった。


 ツッコミどころも多いし、ヒロインは無駄にプライドが高い設定で、あまり可愛げもない。本当はヒロインにも欠点を作り、読者に受け入れて貰おうと考えたりしたが、そう言うと天使は不機嫌になり、美加は自分の意見をいう事ができなくなってしまった。


 最初は天使とは対等で、友達のような感じだったが、明らかの上下関係が出来つつあった。天使が上司で美加が部下と言った感じだった。このままいくと毒親と子供、束縛系DV彼氏と依存的な彼女といった感じになりそうな悪寒はしたが、気のせいだと思う事にした。


 こうして指図されるのは、ストレスも感じた。心の底では、辞めたい気持ちも芽生えていたが「船橋アストロジー」に再び重版がかかり、続編制作も決定。「龍神様の花嫁〜没落華族令嬢が孤独な龍神様の捧げ物になりました〜」の企画も通ってしまい、後に引けなくなっていた。


 天使が部屋から帰ったあと、増えていく銀行通帳の金額を確認しながら呟く。


「これはヤバい……?」


 自分の心の一部がどこかに無くなった感覚も感じていた。


 でも、もう企画が動いている。後戻りする事はできなかった。

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