第5話 占い
その翌日、派遣の仕事から帰り、ライトノベルの担当編集者からメールが届いている事に気づいた。
派遣の仕事と言っても上司は口が悪く、お局は性悪でメンタルをすり減らして仕事から帰ってきたところだった。
夕飯を作る気にもなれない。
近所の惣菜屋でハムカツを買った。昨日の事もあったせいか、何となくハムカツを食べたくなってしまった。袋からは食欲を刺激する良い匂いが漂っていた。タイミングよく揚げたてだった。皿に盛る気分にもなれず、食の上に一旦放置していたが。
とりあえずメイクを落とし、着替えてメールをチェックした。
「は?」
思わず変な声が出てしまった。
担当編集者から「既刊に重版がかかりました」とある。過去の作品はほとんど絶版重版未定状態だったが、昔書いた和風シンデレラものが昨今のブームの影響を受けて、在庫が動き、重版にまで至ったそうだ。
担当編集者は、「こんな事は奇跡ですよ!」と若干興奮状態で文を送っていた。新作が打ち切られた件については、相変わらずノーコメントだったが。
もしかて、天使が言っていた事は本当?
そんな気がした。
重版自体、6年ぶりぐらいだった。
さっそくSNSをひらき、重版の報告をすると、なぜか分からないが「いいね!」がいつもの10倍ぐらいついた。
好きな先輩作家からお祝いのコメントまでもらってしまった。
こんな事は今までに一度もない。
ためしに、食卓のハムカツの画像を撮り、SNSに再びアップした。天使が言うように「ハムカツを崇めよ」というコメントもつけた。
理由は全く不明だが、フォロワーが増え始めた。50人程度だったフォロワーが、突然500人ぐらいに数字が変わっていた。こんな事は一度もなかった。
やっぱり天使のいう事は本当?
半信半疑で信じてはいなかったが、こうしてこんな結果を目の当たりにすると、嘘はついていないように思った。
不思議な気分だが、良い結果になったのは事実だ。
美加は、ハムカツを綺麗にお皿に盛り直し食卓に置いた。
もうすっかり冷えていたが、何か神々しい物のようにも感じ、思わず手を合わせてみた。
「重版が決まりました。ありがとう!」
すると、不思議なことがおきた。
あたりが眩しい光に満たされ、あの天使が再び現れた
「よぉ、美加。俺の言った通りだろ?」
天使は、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「本当よ。重版がかかったのよ」
美加は興奮しながら、天使に伝えた。
「これからもアドバイスください。あなたの言う通りにします」
そう言って頭を下げた。その姿が、まるで何かに平伏しているように見えたが、美加にとっては自然な行動ただった。
「わかったよ。ま、ハムカツでも食べながら俺と話そうぜ」
天使は食卓の椅子に座り、美加と向き合った。
美加は相変わらず美しい天使の姿に見惚れながら、ハムカツを頬張った。もう冷めていたが、衣はサクサクでハムは肉厚。油の味が食欲を刺激し、夢でも見ているかのように美味しく感じた。
すっかり気分もよくなり、冷蔵庫から缶ビールを取り出し開ける。
「うーん、最高!」
ビールとハムカツの相性の良さに美加の気分は絶頂まで高まっていた。
なぜ急に重版が決まったのか。なぜフォロワーが増えたのか。なぜSNSのいいね!も増えたのか。
そう言った問題については深く考えないようにした。
とにかく今は気分が良くなり、目の前に成功が近づいてきた事に嬉しくて仕方がなかった。
「ねえ、私はもっと成功したいのよ」
酒で酔っているせいか、思わず美加の本音が溢れた。
「俺は美加のような素直なヤツは大好きさ」
「そう?」
本音をこぼして天使に否定されるのではないかとチラっと脳裏によぎったが、むしろ肯定してくれてほっとした。
「次は何をすればいい?」
美加は目を輝かせて天使に聞いた。
実際、重版がかかったという奇跡的な結果が出ている。美加は別に占いやジンクスなどを信じた事はないが、こうして実になった事実は信じる他なかった。
「よわかったよ。次は何をすべきか教えてやるよ」
「どんなの?」
「企画書書いてるだろう。次の新作は占い師を主役にしろ」
命令口調だった。
少しムッとしたものだが、これで成功出来るとなると文句は言えず、奥歯を噛み締めて我慢した。
「何で占い師?」
占い師といえば、細木数子が有名だ。最近亡くなったというニュースを聞いたが、年末年始になると本屋にたくさんの占いの本が置いてある。美加がよく読むファッション誌には鏡リュウジ、石井ゆかり、keikoという占い師がよく載っていたのを思い出したが、それが女性向けライトノベルとどう関係があるのかわからない。
ファッション誌に書いてある占いの情報は、当たり障りのないものばかりで、当たった試しがない。血液型、12星座に分かれていたが、その性格なんてどんな人にも当てはまる傾向に思えてしまう。美加はA型の蟹座だったが、どの血液型もどの星座の性格も自分のことのように感じる。友達からは大雑把で明るい人と言われる事も多いが、日によっては几帳面の時もあれば、落ち込んで繊細な日もある。
自分で思う自分の性格は、きちんと把握するのは難しい事だと思う。大抵は自分の性格はプラス面しか見えていないし、悪い部分を指摘しれくれる人は大人になると滅多にいなくなる。大抵は自分の良い部分しか認識出来なくなり、本当の性格などわかるわけもない。
最近書店には、繊細な人をやたら問題視したり、発達障害の人をやたら特別に取り上げいる本も目立つが、医者や大学教授などの権威がある人が勝手にレッテル貼ってるだけで、誰にでも当てはまる要素ではないかとも思う。繊細だったり発達障害の特徴が問題となれば、不寛容な社会の方がよっぽど問題がある。なぜかそんな事を思い出した。
「人間というのは、『自分が神になりたい』という願望を内に秘めているんだよ」
天使は珍しく、吐き捨てるように言う。
「そんなもん?」
美加はあまりピンとこない。
「そうだよ。『新世界の神になる!』っていう漫画も流行っているだろう?」
「そういえば」
こころ当たりがある。
確かにそんな漫画が流行っていたし、異世界に転生して邪神になったりするライトノベルは人気設定だった。
「そのために占いは最適なツールさ。不思議な力で未来を言い当てたりね。まさに占い師は神さ」
美加は天使の言葉に深く頷いた。確かに自分にも心当たりはあった。読者に「先生は神作書く」「先生は神」などと言われると、気分は良いものだった。人間には神になりたい願望がありと言うのもあながち嘘とは思えなむくなってきた。
「決めたわ、次の企画は占い師を主人公にする。さっそく取材しなきゃ」
「いや、俺が知恵を与えるから取材がしなくていい。さっそくパソコンに向かおうぜ」
天使にそそのかされ、二人でパソコンに向かった。
天使から知恵をもらいながら、占い師が主人公の新作の企画を書いた。
正直なところ、美加が手を加えて書いた部分はほとんどなく、パクリみたいな状況だった。
「これでいいの? っていうか私の名前で企画出しちゃっていいわけ?」
なぜ天使がこんなアイデアをくれたかは疑問だったが、まだ企画が通るかはわからない。半信半疑といったところではあったが、とりあえず従ってみることにした。
「いいのさ。ぜひ、俺のアイデアを利用してくれよ」
「本当にいいの?」
「ああ、俺は美加に成功して欲しいのさ」
琥珀色の目を少し潤ませて天使が言う。美加はやっぱり天使が嘘をついているようには見えなかった。
新作の企画は、「船橋アストロジー」というタイトルだった。美加の地元である千葉県船橋市を舞台に、片目を損傷した占い師が人々の悩みを解決していくハートウォーミングなストリー。
客観的に考えると売れ線でもないし、企画が通るとは予想していなかった。あまり期待し過ぎるのも後が怖い気もしていた。
ところが、この企画はあっさりと編集会議の通り、トントン拍子で出版予定が決まってしまった。しかも人気イラストレーターに決まり、帯の推薦文には人気インフルエンサーのコメントまで載ると言う好待遇だった。
「マジで?」
美加は信じられない。
「ちょっと、バアル。どう言う事?」
「呼んだか、美加?」
天使を呼ぶとすぐに部屋に現れるようになった。そして企画書だけでなく、小説執筆も天使と一緒にするようになっていた。