第3話 天使
家に見知らぬ男が現れた。
普通の女だったら、「不法侵入!」「痴漢!」と叫ぶだろうか。
しかし、美加は売れ無いとはいえライトノベル作家だ。
こう言ったファンシーな状況も、よく作品で書いてたし、頭がおかしくなるぐらいラノイトノベルも読んでいた。
家に急に男が現れたという状況を、美加は普通に受け入れていた。
その男は、現実感の乏しいルックスだった事も、美加の常識や平常心を狂わせていた。
背が高く、おそらく180センチはあるだろう。しっかりとした体格だが、筋肉質でスッキリと痩せている。
それぐらいの体格の男は一般人でも珍しくはないだろう。
男の髪は、銀色だった。
v系バンドマンや日本人のコスプレイヤーのような不自然に染めた雰囲気は全くなく、地毛。光の加減によっては、薄いピンクや金色にも見える綺麗な髪だった。女のように腰まで伸ばしていたが、ここまで綺麗な髪なら短髪にしておくのはもったいない。
人種は日本人だと思われる。
日本語を操っていたし、紺色の着流し姿だったし、妙に板についていた。
ただ、目の色は琥珀のような色で髪と同様に現実味もない。
確かにイケメンといえよう。髪も目も現実味が全くない。人間にすら見えなかった。イケメンと単純に一言で言って良いのか悩むところだった。
「よぉ、美加」
馴れ馴れしく名前を呼ばれた。なぜ名前を知っているかは謎だったが、美加は警戒心をといていた。
美加はもともとイケメンに弱い。アイドルや声優、漫画のキャラの「推し」には派遣の給料を惜しみなく使った事もある。
目の前にいる現実味のないイケメンもポーッと見惚れていた。客観的に見ればアラサー女がイケメンに見惚れる姿は痛々しいが、本人には全くその自覚はなく、むしろこの状況を楽しんでいる面もあった。
「あなた、誰?」
「俺は天使だ。よろしくな」
天使と言われても美加は納得してしまった。もともとライトノベルでは天使が出てくる作品も少なくないし、イケメン好きの美加は全く警戒しなくなっていた。こういうファンシーな事も現実にありそうな気がしていた。あとで作品のネタにしようとも思う。
ここは事故物件だし、どこか別の世界と繋がっているのかも知れない。昔、ちょっとオカルト風のライトノベルを書いたとき、取材した事を思い出す。
悲惨な事件の現場には「門」が開き、霊界から悪霊や堕天使が行き来できるらしい。それが所謂幽霊と言われているもので、地上には死んだ人間の霊はいないらしい。悪霊や堕天使が、人の記憶を食べて幽霊らしきものを見せているという。
そう言った場所だけでなく、人が何かを捧げる祭壇や多くの人の祈りが集まる場所も「門」が開くらしい。カルト教会のそばで事故が多い理由もそう言った祈りが原因らしかった。まあ、都市伝説の本で調べた内容なので「信じるか信じないかは、あなた次第」だが。
「ねぇ、ねぇ。天使さん、何しに来たの?」
「お前はけっこー図々しいな」
「何で私の名前を知ってるの?」
「俺は天使だからだよ。大抵の事は何でもできるし、知ってるね」
天使は美加のそばにしゃがんで、しばらく一緒に話していた。
他愛のない話だった。
天気や新発売のお菓子の話など。それでも交友関係が狭い美加のとっては、楽しいひとときだった。最近はコロナのせいで数少ない友達とも飲みに行けない。余計に美加の口は軽くなってしまった。
自称・天使。
どう見ても怪しい男。通報すべきかも知れないが、自分の話に余計なツッコミや指摘を入れずに聞いてくれるだけで、ありがたくなった。少し前まで付き合っていた彼氏は、何かにつけて現実的な解決方法を提案してきた。愚痴をこぼしても叱られる事もあった。
一方、天使は何も言わない。ただ聞いてくれるだけ。それだけなのに、不思議な事に美加の心は安らかになった。
「私はラノベ作家なんだけどさ、新作も打ち切りなのよ。今のブームは異世界転生や悪役令嬢か、和風シンデレラじゃん? っていうか和風シンデレラなんてもともと少女ライトノベル作家が書いていたジャンルだったらのに、今はネット作家の独断場。こんな理不尽な事ないでしょ。私が入れるスキなんてないのよ」
ついつい愚痴も溢れていた。
「だったらいい事教えてあげようか?」
この時、初めて天使が口を挟んだ。そばで見る天使の横顔は、絵のようにとても綺麗だった。
「美加ちゃんも確実にアニメ化の人気作家になれる方法があるよ。どう? 聞いてみない?」
最初は冗談だとは思った。
そんな方法があるならみんなやってるだろう。
でも、天使という不思議な存在ならその方法を知ってるんじゃないかと思いはじめた。
どうせ自分は売れないライトノベル作家。天使のいう事にも耳を傾けても良い気がした。
「それってどんな方法?」
天使は目を細めて笑った。
綺麗な髪の毛が光に透け、彼の存在そのものが光そのもののように見えた。