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きらきらと光る星を・クリスマスに・研究所で・封印から解き放ちました。

 「ふふふふ、あはははは」

 大声を堪えてのか細い笑い声は、女性らしく慎ましやかだったのに、すぐに抑えきれずに感情を爆発させて男女間の差異が無い下品で巨大な笑い声になった。

 「へへ、へへへ。もう、笑わせないでほしいんだけど」

 「勝手に貴女が笑ったんでしょう」

 「うふふ」

 ようやく軽やかでなめらかに宙を駆けるような笑い声になった。その笑い声が好きとか嫌いという感情はないが、少女は笑う少女のその声だけ褒めていいと思っている。

 「そうにしたって、今でしか好機がないんだから仕方のないことだわ」

 「そうねえそうねえ。でも、そういうのって怒られるわよ」

 「今更、怒るも何も・・・」

 笑っていない少女は、呆れたような顔をした。そして腹を少し震わせている少女を冷静な目で見やる。

 

「ねえ悪魔さん」

 「なによ、本食いさん」

 「私の子孫にもし私の本好きが遺伝しても、あなたはその子にちょっかいを掛けないでくださいまし」

 「出来ないわ!」

 悪魔と呼ばれた黒髪の少女は、高らかに宣言する。短髪は美しい烏羽色をして、瞳はぱっちりとして長いまつげに縁取られている漆黒のいろ、頬は磁器のように透き通り、薔薇色がその奥にほのかに色づいている。華奢な手足、すらりとした体型、約束された地位に名誉、この世のすべての憧れを煮詰めた少女であるが、本食いの少女にはその姿には同じ黒色の角と翼が生えている。悪魔である。伝聞にきくような典型的な悪魔のしるしである。悪魔の存在意義を問うには、本食いは自身が幼い少女であって世界の全てを知るには父や兄のようになれないと自負している。この国では、名家の子女は淑女たれ、知恵を最低限にしか持たず男を喜ばせ、いつまでも美しくあれ。その風習が絶えることのない国家において、本を愛するだけでは見聞が足りない。

 だが本食いは、目の前の悪魔の要求を少し叶えてやろうと思っている。それが危機をはらんでいようと、その危機すら冒険心に飲み込ませて大胆不敵な行動をしようと企てている。その大胆さを、悪魔は好ましく思っていた。

 「すてきなお嬢さん! 本食いさんの子孫が楽しみだわ。どんな子なのかしら」

 「頼むからやめてくださらない? おもちゃにするのは、私だけにして」

 「そうねえ、でもこの国がまだ変わらなかったら、わたしまた現れるわ。きっとよ。きっと現れるわ。そしてまた、他の人と手を組むわ」

 「そう。仕方ないわね。子孫に剛胆さが遺伝するのを願うばかりですわ。それで、決行なんですけれど」

 「今からよ! 面白いから貴女も見に来ると良いわ。それと私では触れない仕掛けが施されているでしょうから、貴女も付いてきて頂戴!」

 「そう仰ると思っていたのよ。きっと悪魔払いの研究だって、たくさんたくさん成されていたんでしょうね」

 「でもこの国は変わってしまったわ。宗教国家だからこそ予算を割いてわたくしたち、悪魔たちを遠ざけようとしていたのに、軍部が国の上層を支配してしまったから・・・そんな事だから、古びた研究施設が一つあるだけですわ。そこに向かいましょう?」

 「わたくし、見つかったら大目玉ね。それとも、お家を追い出されてしまうかも・・・」

 「悪魔の力でしたら、貴女ごときを守るのは容易でしてよ。信じなさい。わたくしを。悪魔を、ね」


 彼女が生来受けてきた教育では、脳髄にまで悪魔に堕落するなと染み込んでいて、脊髄反射で悪魔避けるべしと体が動く。その洗脳に近い教育を、本食いさんは一歩引いた目で見ていた。勉学は良く出来て、運動もよく出来た。だが本好きだけが彼女の欠点だ、本に彼女の愛嬌は吸われてしまったのだと陰口を叩かれるのは常だった。子女ばかりの学園に入学するまでは、上流階級の男どもによくそう囁かれた。だが彼らの悪口を吹き込んだのは、本食いさんを気に入らない上流階級の女達だった。この国では女は大した力を持たないというが、裏では男を操るぐらいの力は持っている。歴史にも妖女悪女がたぶらかして国家同士の戦争までに持ち込んだ例もある。だが女がもし男と同じだけの存在となった時、その際に女は何を思って自由の中を動くのだろう。本食いさんの読んだ本の中には、その答えは今のところ見当たらない。だからこそ、その籠の中の鳥である身分を嘆いて、変えるつもりが無いのだから悪魔などに付け入られるのだろうか。

 「さあ飛んでいくわ。目を閉じないでね、きっと美しい光景になるわ」

 悪魔に手を引かれ、本食いさんの体はふわりと浮いた。悪魔はこれまでに何度かこのような奇蹟を見せた事がある。そのたびに本食いさんは怯えるどころか、より高揚して身震いが脳天からつま先まで駆け抜けて、かっかかっかと頬を燃やすのだ。


 「光る星が中にあるの。それが大事な物なのよ」

 「よく分からないわね・・・星をどうして、人間が閉じこめるの?悪魔を避けるように」

 「分かっていないのね。悪魔は本来美しいものなのよ。だからその力を込めたものは、きらきら美しいものなの」

 「それは分かるけれど、でも。星は神様のものじゃなくって?」

 「おお!神のだなんて!それが神の傲慢さと人間の怠慢さなんだわ。この空を埋める星だって、みんな神様のだと思ってるでしょう? 神はね、月と太陽しか作っていないのよ。星はみんな悪魔が作ったの。真っ暗すぎて可哀想だから、悪魔が砕いて作ったのよ」

 「そんな」

 「さあさあ着いたわよ。もう聖夜だものね。きっと寂しい場所で、聖夜のためにみんな帰ったに違いないわ」

 興奮しているのは悪魔の方だと本食いさんは思った。いつも彼女は饒舌であるも、今日は何時にもまして饒舌だ。悪魔の働きと神の働きを語るとき、大抵悪魔は興奮気味になる。それが聞いて欲しくて溜まらない子供のようにも見えて、本食いさんは少し微笑ましく思ってしまっていた。


 「なあに」

 「いいえ。なんだか貴女が年下の子供に見えて、愛らしいなと思ってしまって」

 「まあ、憎たらしい子ね。敬意を払えない子は、ここで手を離してしまうわよ」

 「やめてください。お詫びしますから」

 「ふうん。まあいいですわ。見てちょうだい、明かりが付いてません。きっと好機ですわ」

 「好機ですわね」

 先ほど本食いさんが口にした言葉を悪魔が繰り返すので、本食いさんは笑ってしまった。悪魔も彼女と顔を見合わせて笑う。

 「行きましょう」

 「ええ。ここまで来たのですから、どこまでも」

 本食いさんの芯の通った声音に、悪魔は彼女を友人としてどこまでも愛している事に気付いた。彼女をいつまでもこの窮屈な世の中でつかの間に楽しませてあげたい、それが友人としての勤めだろう。見たことも無い景色を見に、二人は歩き出すのだ。


 研究所は見慣れない材質で出来ていて頑丈に見えた。学園生活では見たことのない光景である。本食いさんは興味深げにきょろきょろと見回すが、その手は悪魔の手をしっかりと握っていた。離れると途端に姿が現れて、ほかの人間に見えてしまうと事前に説明されていたためだ。

 「不思議な建物ですわ。息が詰まってしまいそう」

 「木とは違う材質ですからね。もうすぐです」

 研究所は月光で薄ぼんやりとしていたので、足下は暗闇だった。転ばぬように慎重に本食いさんは歩きたかったが、悪魔は勝手が分かるのかずんずんと進んでいく。そのせいか体が少しずつ離れてしまった。悪魔が振り返って早くと催促するのに、本食いさんは首を縦に振る。この国のノーのサインだ。

 「怖いですわ。転ばないかしら」

 「闇の中は私たち悪魔の領分ですの。ですから転びませんわ」

 悪魔がきっぱりと言い切ったので、仕方なく本食いさんは大胆に歩き出すことにした。へっぴり腰だった体だが、悪魔の横に立って歩き出すと何も足に触れて来ない。闇の中には蛇や石、おそろしい異形の手が自分の足を狙っている気がしたのに、昼間となんら変わらない歩調で進むと、その不安や幻影は全て消え去って、ただの真っ暗な昼間であると思うようになった。悪魔に連れられ、階段を上がって最上階と思われる場所へ。一度も転ばずに済んだので、もう本食いさんは階段でも大胆に一つとばしで進んでいく。

 「気が急いておいでですね。そんなに急がなくてもよろしいじゃありませんか」

 「でも、闇を進めるのが楽しいので。昼間よりも痛快なこころもちが致します。だって何も私の足に触らないんですもの」

 「ですからそれは、悪魔の力ですわ。さあこの階にきっとあるはずです」

 階段を上りきった彼女らは、しんとした空間を見渡す。いくつかの部屋があるようだが、悪魔には彼女にしか見えない物を頼りに、ずんずんと一番近くにある部屋の扉を開けた。


 「まあ」

 本食いさんは感嘆する。部屋の中にはガラス張りの巨大な箱のようなものが設えられていて、その中にまばゆい星のようなものが、床から浮いて煌めいていた。

 「これが星ですの?」

 「そうです。これを封印しているのよ、人間は」

 悪魔が少しアンニュイじみて呟くので、本食いさんはあえて取り合わず、その箱の仕掛けを探っていた。

 「でもどうすればいいのかしら」

 「このボタンを、押して頂戴」

 「分かっているのに、どうしてご自分でなさらないの?」

 「このボタンには悪魔除けが施されているのよ」

 本食いさんはボタンを注視した。何の変哲もない、ボタンように見える。だが悪魔が言うことを疑うには、ここまで奇蹟を見過ぎているので本食いさんは疑わない。ボタンを良家の子女らしいほっそりとした指で押した。

 「そうそれでいいの」

 悪魔がにんまりと笑うのが分かる。だがその笑みは、箱から飛び出してきた星の目映さで真っ白になってしまった。光が目に突き刺すのではという恐怖に、遅いかもしれないが目をぎゅっと瞑る。だがそれ以上に光が瞼越しに刺さってくることはなかった。

 「終わりましてよ」

 「・・・わたくし、とんでもない事をしていませんわよね?」

 「どうかしら。悪魔の言うことを信じるのは愚かだと、貴女は習ってきたはずですわよ」

 悪魔は本食いさんのわずかな不安を払拭しなかった。ただにんまりと笑っている。星は、もう箱の中には無かった。もしここで大人が戻ってきたとしたら、このボタンに触れた自分が罪の対象になるのではないか。だからこそ、悪魔は自分にボタンを押させたのではないかと本食いさんは不安になってくる。だが握っている手が、自分とも相手ともつかない汗で湿っているのに気付いて、悪魔の顔も高揚しているのが見えると何故か安心した。

 「貴女も共犯ですからね」

 「そうね。そうですわ。共犯ですもの」

 うれしそうに悪魔が繰り返す。まるでこの冒険譚は、一夜の間に見た夢や幻覚であると思われるかもしれない。だがこの紙に書き記したのは私の身に起こった本当である。願わくば誰かの役に立つのではと、この紙を学園の中に隠しておきました。その紙を見つけたという事は、きっと貴女の隣には悪魔がいるのでしょう。親愛なる後輩へ、きっとこの紙は、いつか貴女の助けになりましょう。

 古ぼけた紙をぎゅっと握りながら、本好きの少女はごくりと唾を呑む。この紙を見つけてきた天使のような寮長、だが中身は悪魔は、中身に興味がないのか首を左右に振って、本好きの少女の顔をのぞき込もうとしていた。

 「ごらんあそばせ。私、きっといろんな事を貴女に教えることが出来てよ」

 本好きの少女に、本食いさんのような剛胆さは無い。大きな溜息を吐いて、その紙を大事に自分の胸元に抱えた。

  

原点:一行作家

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