第94話 やっぱお前嫌いだわ①
「な……!お、お前は……!?」
幹部の男は目を疑うかのようにかっ開いて目の前の存在を確認し、焦りの表情を見せる。
傭兵達もまた、驚きの声と焦燥を隠せずにはいられなかった。
ジョニー・ニーニルハインツ。
ウィルヒル王国最強ギルド、ニーニルハインツギルドの団長を務める男。
先のマッドギアとの聖機戦争にて彼と彼の持つギルドによりマッドギアに停戦協定を強制させ、終戦に持ち込み、魔人や魔族などの人魔対戦では人間側の勝利に大きく貢献した王国、及び人類最強の男。
そんな男が今は俺達にとっては味方、奴等にとっては敵として現れた。
「でも、でもどうして!?断空の箱舟で出られなかったはずなのに……」
セアノサスが疑問を口にする。
確かにそうだ。
アイツも、アイツのギルドの仲間もギルドハウスごと消えて無くなったはずなのに、どうしてここにいるんだ?
「仲間達が色々と行動してくれていたが上手くいかなかった。仕方ないから俺が全力で剣を振って次元を切り裂こうとした時、
「不思議な事もあるもんだなぁ。別にお前なんか来なくてもこんな奴等どうとでもできたんだけど」
俺がそう言うと、ジョニーは口角を僅かに上にして。明らかに俺を小馬鹿にしたような鼻の笑い方をした。
「立ってるのもようやくの役立たずが何を言っている。お前は昔から減らず口だけは一人前だったな」
「…何言ってるか分からねぇなぁオイ!?俺はいつでも絶好調だぜ!!」
俺は胸を張って両腕に筋肉コブを作り言い放つ。
しかしジョニーは俺に顔すら向けずシカトをこきやがった。
「聞いてんのかオイ!?」
「虚勢を張った男の姿は見るに耐えんな。しかも俺の悪事を働くなという忠告を破った愚か者は特にな」
……この野郎マジでムカつくことしか言わねぇな。
助けに来たと思ったら俺を詰っては詰るの繰り返しだ。
……?今、コイツなんて言った?
「え?」
「薬はもう売るなと言ったのにすぐに約束を破り、あまつさえ雑草と取引なんぞするとは、死刑すら生ぬるいようだ」
「ゑ?」
ヱ?
バレてる?
なんで、俺はあんなにも上手くやってたし、アイツが一回店に来た時もバレてなかったのに……いや、あの時もうバレてたのか?
俺死ぬの?コイツに今日殺されるの?
「お前の身体はほとんど死にかけてる。今は黙って良い子にしてろ。クリスマスのプレゼントを待つ男の子のようにな」
俺は危機感を感じて大量の滝のような汗を流していた時、ジョニーはただそれだけ言って、俺に休むよう促した。
結局コイツの掌の上で踊らされてただけだってのか。俺はそう考えるとなんだかムカついてきて、怒りゲージがムクムクと上昇してきた。
「テメ喧嘩売んのもその辺に──」
俺が奴に文句を言おうとした時、セアノサスが俺の左腕を掴んだ。
「……」
セアノサスにこれ以上はやめろという無言の表情で見つめられ、俺は右手で頭の側頭部を掻きながら舌打ちをして身を一歩後ろに引いた。
「テメェまだこの話終わってねぇからな。後でシバくから覚悟しとけ」
「最終的にいつもお前は俺に負けてるだろ。いいから大人しくしていろ」
こンのクソ野郎ッ!
マジでぶち殺してやりてぇ!
やっぱお前嫌いだわ!
しかしここは奴に任せておこうと、俺は渋々だが、本当に渋々だがそう決めた。
今の俺は身体が本調子じゃないのは事実だったからだ。
身体中のあちこちに激痛が走っていた。
無理をした反動か、身体が危険信号を発していた。
俺は後ろへと下がり壁を背にして預けて地面に座った。
「おいアルバアム、あと下僕共。俺と同じように下がっていた方がいいぜ」
「今聞き捨てならないことが聞こえたんですが。下僕じゃありませんよ」
「いいから来いって。じゃないとお前ら全員巻き添え喰らってあの世行きだぜ」
俺は「早く早く!」と催促して仲間達を手招きした。
アイツの剣は普通じゃない。
とにかく普通の剣じゃない。
剣自体も特別な素材で作られてるが、何よりヤバいのはジョニー自身だ。
アイツの底の知れなさは、俺が一番知っている。
誰よりも知っている。
「ニーニルハインツギルドの団長が、こんな所で油を売っていていいのかね?君達は他にするべき事があるんじゃないか?」
幹部の男がニヤけたツラでジョニーに試すように言った。
ここから外に一歩でれば街は暴徒と化した市民が暴れ回っている最中だろう。
そんな状況を放っておいていいのかと揺さぶろうとしているんだろう。
だが、それが通用する程コイツはボンクラじゃない。
「…?何故俺がここを離れる必要がある?」
「は?いや、お前は不本意ながら操られている何の罪もない市民共を放置するというのか?それに、我々の率いる傭兵達がまだお前らの主である王を狙っているのを知ってて言っているのか?」
「それは問題ない。市民達なら無事保護し、国王陛下を狙う不埒者なら既に排除した」
「はぇ……?」
男は目を丸くして口をくるみ割り人形のようにぽかんと開けた。
「俺の部下が既にこの国の安全を確保した。だからお前がそれを憂う必要はどこにもない。安心して縄につくといい」
「何を、何を言って……!」
「ムノーネさん!やられました!奴等、暴走した市民も俺らの仲間も全員まとめて拘束して、無力化しやがりました!これマジでヤバイっすよ!」
「そんな…そんな事があるか!我々グラス産業が潤沢な資金を使って計画し、お前らを雇ったんだぞ!?こんな、こんな一瞬で瓦解するような事があってたまるか!何かの間違いだ!」
「間違い……?」
ジョニーが声を僅かに低くし、呟く。
奴のその一言だけで、周囲に圧倒的なプレッシャーが俺達全員に重くのしかかり縛り付けた。
「貴様等……誰に喧嘩を売ったか分かっていないようだな。俺達はニーニルハインツギルドだぞ。貴様等如きに下せる相手ではないと知れ」
凛とした態度に圧倒される傭兵達とムノーネ。
アリーシアやタマリ、セアノサスやアルバアムとビリオネもまた、ゴクリと唾を飲み込んだり、冷や汗を流したりしていた。
「俺達を次元の彼方へと飛ばしたのは見事な案だったが、どれだけ策を弄そうが、たった一人のピエロが原因で一気に策は無為に物に代わる。貴様等は運が無かったようだな」
「全くだぜ!ざまぁねぇなハゲデブ野郎!なんだか知んねーがジョニーが戻って来た時点でテメェら既に詰んでんだよバーカ!ヒャハハ!ヒャハ!」
俺がジョニーの後ろで煽ってやると、ムノーネは苦虫を嚙み潰したような表情で俺を睨んだ。
後ろにいたアルバアムは「馬鹿と鋏は使いよう…かな」と意味の分からない事を呟いていたが、どうでもいいので気にしないことにしよう。
「俺は……」
ジョニーが傭兵とグラス産業の幹部の男共に顔を向け、ぽつりと語り始めた。
ムノーネとその傭兵達はざわりと戦慄し、背筋を凍らせる。
「俺は博愛主義者で、本来なら不要な戦いはしたくない。貴様等には無抵抗で縄に付いてもらいたいんだが…生憎縄の数には限りがあってな、自主的に牢に入ってくれ」
ジョニーがそう言うと、傭兵共はお互いを見合うと、こぞって大笑いし始めた。
「「「「「「「「「ギャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」」」」」」」」」
傭兵達は涎を垂らしたり涙を流したりそれぞれ思い思いの笑い方でジョニーをバカにするように笑った。
「天下のニーニルハインツギルドの団長がそんな腑抜けた言葉を抜かすなんてびっくりだぜ!」
「こんなヤワなカマ野郎俺がぶっ殺してやるよ!」
「女みてぇな金髪しやがって!」
傭兵達の罵詈雑言がジョニーの元に一斉に向かってきたが、肝心の奴と来たら涼しい顔してどこ吹く風だ。
全く何もダメージを受けていない。
「俺の給料全部ぶち込んだこの超高速発射が可能なガトリングガンで穴だらけにしてやるよ!死ねやジョニー!」
そう言って大柄な傭兵が成人男性と同じような大きさのガトリング砲を持ち出し、ジョニーに向けて引き金を押した。
先程のライフルよりも数百倍は早い弾速、音速よりも早い速度で大量の弾丸がジョニーに向かって飛んでいく。
普通なら躱すことも防御することも不可能な速さと物量の弾丸だった。
音は近くで聞いていたら鼓膜が破れてしまうのではないかと思えるほど大きく、一発一発が破壊力のある弾丸。
ジョニーはそれを即座に鞘から剣を抜き出し弾丸を全て弾いた。
「え」
ガトリング砲で撃っていた男は純真無垢な子供のような表情でジョニーを見た。
それも一つずつ丁寧に剣で掬い、床に並べて一段ずつ上に乗せ、タワーを作っていた。
「弾丸でタワーを作るのは初めてだが、意外とやってみればできるものだな」
見事なバランス感覚で並べられた弾丸の塔は、それはそれは素晴らしいバランス感覚で作られた物だった。崩壊した天井にまで届き、空にまで到達しそうなほどに精巧に作られた鉛玉の塔。
それを見たガトリング砲で撃っていた男は、ペタンと女の子座りをして「ふええ」と涎を垂らしてキラキラした目で塔を見ていた。




