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第90話 家族なら喧嘩しろ


 時間は少し前に遡る。


 アリーシア、タマリ、アルカンカス達3人が何者かに遭遇したところから始まる。

 遭遇した謎の人物の正体は、アルバアムの娘、ビリオネとその執事のビフであった。

 しかし彼の頬は腫れ上がり、何故か殴られた痕があった。


「貴方、ビリオネですよね?こんなところで何を?」

「パパを、止めるために……」

「?それは一体どういう……」


 ビリオネが力ない小さな声で呟き、アリーシアは気になって彼女に近づこうとしたが、アルカンカスが彼女の手を掴んで引き止める。


「気をつけろアリーシア。コイツらもアルバアムの手の者かもしれない。国民に毒を盛るような奴だ、自分の娘すら使うつもりかもしれん」

「ち、違いますわ!確かに、パパはとてつもない悪事を働きましたけど、私を利用したなんて事はありませんわ!」


 ビリオネはアルカンカスの言葉を訂正するように反論する。


「それで、なんでここにいるの。こんなところにいたらあぶないよ」


 タマリが首を傾げながら言うと、ビリオネは伏せ目がちに俯くと口を震わせて「サビターが…」と言葉を紡ぐ。


「サビターが私に言ったんです。娘としてだらしない父親の目を覚ましてやれって」

「サビターさんが?……あ、そういえばあの人このビルに乗り込む前にちょっくら寄るとこあるからーって言ってどこかに出掛けてましたね。なるほど、彼は貴方の所に……」

「パパが真面目な顔で今日一日は家にいなさいって言って、私はその言いつけを守っていたんですの……」


 ビリオネが事の成り行きを話し始める。


『バナナジョー、パパは一体何をしているのかしら……』


 ビリオネが不安気な面持ちでビフに尋ねる。


『旦那様はいつも通り職務を遂行中でございます。今日は天候が荒れるらしく、屋敷にいる方が賢明でございますよ。それと私の名前はビフでございます』


 いつも通り名前を間違えられても涼しげな顔で答えるビフは未だ浮かない顔をしているビリオネを見て哀れみの視線を向けながら机の上にある空のカップを下げる。


『紅茶と菓子類のお代わりをお持ち致します。少々お待ちください』


 ビフは彼女を励まそうと微笑みながら食器とカップを持ってビリオネの部屋から出て行った。


『私は…どうすればいいのかしら……』


 ビリオネが憂鬱そうな顔で膝の上に置いてある両の拳を固く握り締める。


 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

 ビフが紅茶と菓子を持ってきたのだろうとビリオネは予測した。

 少々早い気もしたがビフは何十年も執事を続けている。

 お茶菓子を用意するのもおちゃのこさいさいなのだろうとビリオネはそう考えた。


『今開けますわ』


 ビリオネはビフが両手が塞がって扉を開けられないと思い、ドアノブに手を掛けて扉を開けた。


『どぅも、お嬢様ァ〜』

『え……』


 !?


 ビリオネは目を丸くし、顔を固まらせた。


 何故彼女がそのような反応をしたかと言うと、今目の前にいるのはビフではなく、金髪のリーゼントにサングラス、そして火のついた煙草を咥えたガラの悪そうな、執事とは到底呼べないような全く別の男だったからだ。


『え、あ、貴方誰ですの……?』

「あぁ?俺ですかい?俺の名はアルフレッド・セバスチャンクリスティンクリスティアーノ・ドナルドっつーもんですワ。執事の里で300年修行し、執事という仕事のために自分の人間性を捨てたエゴの塊でごぜーますよ』


 そういって謎の男は口を尖らせて煙草をプカ~と吹かし、紅茶とお菓子を食べて飲む。


『こ、答えになってませんわ!というかそれ私のですわよ!』

『何言ってんだオメ―。主の所有物は執事の物に決まってんだろが。常識だぞ?』

『な、なんなんですのこの男……!?』


 !?


 ビリオネは後退りしながら涙目で謎の男を睨みつける。


『誰かー!誰か助けてくださいまし!暴漢!暴漢が今目の前にいますわー!』


 ビリオネは叫んで助けを求める。


『ふ、ふん。これで貴方もおしまいですわよ。私の屋敷の執事は全員戦えるんですから。その中でもビフは元軍人、貴方みたいなチンピラに敵う相手ではありませんわよ!』


『おん?執事ってぇーのは、コイツらの事ですかい?』


 そう言って男が扉の外から取り出したのは、殴られて気絶しているビリオネの執事達だった。

 全員タコ殴りにされ呻き声を上げていた。


 !?


『ひ、ヒィィィィィィィィィ!?わ、私の執事達が……!?』

『俺の執事真拳で全員ノックダウンしてやった。コイツ等まるでダメだ。人の壊し方を何も知らねぇ』

『執事に人の壊し方なんて必要ないでしょうが!』


 ビリオネが叫んで否定すると、『うおおおおおおお!』と野太い男の声が響いた。


『ビリオネ様ァァァァァァァァァァァァ!!』


 声の主は、顔がぼこぼこに腫れ上がった彼女のお付きの執事、ビフであった。


『グリンデルワルド!助けに来てくれたんですわね!』

『この不埒者が!お嬢様に近づくなァァァァァァァァァァァァ!!』


 ビフは謎の男の元へと走り込み、握り締めた拳で彼に殴り掛かった。


 が、男はポケットに手を突っ込んだままヒョイとビフの拳を躱して彼の襟首を掴み、パパパパパン!と往復ビンタをして気絶させた。


『ショーーーーーーーーーーーン!!』


 ビリオネがわなわなと身体を震わせながら叫び『よくもアンデルセンを……!』と、ギリリと歯を食いしばって睨みつけると『ん?』と言って彼女はあることに気づく。


『こんな時にもテメェの執事の名前呼び間違えてんのかよ。ある意味感心するぜ』

『え、なんでそれを……というか貴方どこかで見覚えが……まさか、サビター?』


 ビリオネの問いに、謎の男は『あーあバレちまった』とサングラスとスーツを乱雑に脱ぎ捨てた。

 その正体はかつてビリオネに屈辱と味わわせ凌辱した男、スウィートディーラーのサビターだった。


 突然の彼の登場に、ビリオネは頭の上に疑問符を浮かべる。


『何故貴方が……というかどうやって入ってきて……』

『んなこたどーでもいいだろ』

『よくありませんわよ!ウチのセキュリティ問題に関わる事案ですわ!』

『それよりよ、お前これからどーすんだ?』


 サビターが煙草をスパスパ吸いまくり、燃えて短くなった煙草を床に捨てて靴でグリグリと潰して火を消しながら問いかける。


『どうするってなんのことかしら?』

『オメーの親父だよ。今アイツめちゃくちゃな事やってんぞ。お前本当は知ってたんじゃねーのか?』


 サビターの核心を着く言葉に、ビリオネはビクリと一瞬身を震わせながらも、平静を保つため気丈に振る舞う。


『さ、さぁ?なんのことかしら?私にはさっぱりですわ?』

『ほーそうかい。じゃこれなーんだ?』


 サビターはそう言って長方形型の端末画面を彼女に見せた。

 画面に映っていたのは、ウィルヒルの国内で起きていた暴動や火災、見るのも億劫になる惨状だった。


『……』

『お前の親父がこんなバカな事しでかしてんのにお前黙って待ってるだけか?このバカ親父とか人でなしだとか、ガツンと言ってやれや娘なんだからよ』

『…私には、父を責める資格なんてありませんわ』


 ビリオネが振り絞るように呟く。


『私は母を強盗に殺されましたの。私を匿って犯人に抵抗して、惨たらしく殺されました。私が居なければ母は死ぬ事はなく、パパもこのような凶行に走る事はなかった。私が、居なければ……』


 言葉をポツリポツリと紡ぐうちに、ビリオネの目から涙が流れた。

 小さな筋を作り、その涙は彼女の拳に滴り落ちた。


『私のせいでパパは母を失ったの。私があの時、家にいたから。だから、パパは表面上は私に優しく接していても、本当は私の事を憎んでる……!』


 ビリオネは泣きながら自分の抱えていた暗い感情を吐露した。

 彼女の後悔と絶望の言葉に、サビターは


『ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜アホらし』


 肺の空気を全て吐き出す勢いで長く大きなため息を吐き出しながら、彼はビリオネに対しがっかりするような顔で言い放った。


『な、何がアホらしいんですの!?私は、真剣に言って──……!』

『テメェの父親に自分の事どう考えてるか聞きもしねぇで何言ってんだガキが。お前ら親子だろ?だったらぶつかり合ってお互い腹割って晒し合えよ。お前らみたいなウジウジした奴見るとよ、むかついてしょうがねんだ』

『簡単に言ってくれますわね…!私達の関係がどんなものかも知らずに……』

『そりゃ知らねーよ。そもそも俺には親なんていなかったからな』


 サビターの言葉にビリオネは『え』と驚いた顔で言葉を口にする。


『俺は生まれた時から親がいねぇ。常に腹は減ってたし味方なんか一人もいなくて周りは全員敵だらけでギリギリな生活だった。だからよ、お前はスゲェ恵まれてんだぜ?父親も母親もいて、誰かに守ってもらって生かされてるってのはよ』

『……』

『お前の母ちゃんだってそうだ。お前守って死んだなんて、良い母親じゃねぇか。その母ちゃんをすっと忘れずにこんなバカやってるお前の親父もよ。母ちゃんはもうこの世にはいねぇけど、お前の親父とはまだ話し合えるチャンスがあんだぜ。お互いの気持ちを確かめ合うチャンスがな』


 サビターは銀のプレートの上にある茶菓子を食べ尽くし、カップの中の紅茶をおかわりして一気に飲み干すと、ビリオネに背を向ける。


『ちゃんとお前の思いぶつけてみろ。ウジウジ悩むのはその後でいいじゃねぇか。んじゃな。俺今からお前の親父殴りに行ってくるからよ、お前も来いよ』


 そう言ってサビターはビリオネの部屋から踵を返して去って行った。


 嵐のように現れてそよ風のように帰って行った彼をよそに、ビリオネは立ち尽くす。


 突然現れて自分達の執事達をボコ殴りにし、お茶菓子を我が物のように喰らい尽くしながら説教をかました男を目の当たりにした彼女は、それだけでどっと疲れたような感覚に襲われた。

 だが不思議と不快感は感じなかった。


 それどころか、背中を後押しされたようにビリオネは感じ、迷いを払拭出来た彼女は今までの不安気な顔からは一転、覚悟と自信が混じった明るさのある表情へと変わった。


『ビフ』

『は……はっ!?えっ!?』


 ビリオネの自分の名前を呼ぶ声に応えたビフだが、自分の本来の名前を呼ばれたことに取り乱し、信じられないものを見るかのような目でビリオネを見た。


『外出の準備をなさい。これからパパの会社に行くわよ』

『は、はぁ……しかし、何用で……?』

『そんなの、決まってるじゃない。パパに会いに行くのよ』


 ビフの言葉にビリオネは笑みを浮かべながら自信を持ってそう答えた。



 そして時間はアリーシアやタマリ、アルカンカスのいる所まで進み、ビリオネとビフがセアノサスが監禁されている部屋に彼等を連れて来た。



「私は今まで見て見ぬ振りをしてきた代償を払うために、まずは貴方達の仲間を解放いたしますわ」


 ビリオネはそう言って彼等をセアノサスが監禁されている部屋へと案内し、開錠用のカードキーを使って扉を開けた。


「部屋の場所も鍵の場所も知ってるなんて凄いですね……このビルとても大きくて広いのに」

「昔からパパのビルにはよく遊びにきてましたわ。だからこのビルの構造は把握しておりますの。パパも元々ここの会社を継がせるつもりだったみたいですけどね」


 ビリオネがどこか他人事のように語ったその次の瞬間、監禁されていた部屋の中から何かが飛び出し、ビリオネを床に這いつくばらせた。


「いたっ……!」


 ビリオネが痛みで悲鳴を上げると、彼女にマウントを取っていた何者かが拳を振り上げ、彼女に振り下ろそうとした。


「まずは1匹!」

「ヒィ!?だ、誰か止めてくださる!?」


 ビリオネが顔を真っ青にさせながら顔を引き攣らせて目を瞑る。

 アリーシアがビリオネに跨る何者かの拳を止め、羽交締めにする。


「くっこの、離せ!」

「ちょっと!落ち着いてくださいよ!貴方セアノサスさんですよね!?」


 その正体はセアノサスだった。

 彼女は血走った目で錯乱しながらビリオネを殴ろうと暴れていたが、アリーシアの声を聞いて驚いた顔を見せると共に、落ち着き始めた。


「え?ア、アリーシア?それにタマリとアルカンカスも……ど、どうしてここに?」


 セアノサスは「え!?え!?」と声に出しながら驚愕の表情で周りを見渡す。


「いやいや、どうしてって…貴方を助けに来たからに決まってるじゃ無いですか」

「いやいやはこっちのセリフですよ!?私メッセージ送りましたよね!?来るなって!大丈夫だからって!何で来たんですか!?」

「あんなの送られて『そっかぁじゃあがんばってね』なんてなるわけないでしょうが」

「本当は私一人でなんとか出来たの!貴方達の助けなんか必要ない!さっさと早く帰っ──」


 パァン!と頬を叩かれた音が鳴り響く。

 セアノサスはアリーシアにビンタされ、彼女の左頬がじんわりと薄い赤色に染まる。


「人をバカにするのもいい加減にしてくださいよ!」


 アリーシアはそう言って怒りを全面に押し出した表情になった。

 それは彼女だけでなく、タマリやアルカンカスも同様で皆不満や怒りに満ちた顔をしていた。


「何も言わずひた隠しにして、一人で勝手に行動して挙句捕まっているのはギャグか何かですか?貴方一人で出来ることなんて限られてるんですよ。私達に心配かけて、ここまで来させたのは他の誰でもない貴方なんです!少しは反省の色くらい見せたらどうですか!?」


 圧倒的な剣幕で言葉を並べ立てるアリーシアに、セアノサスは終始圧倒されていた。

 彼女はよくサビターに怒って怒鳴ってはいたが、それとは違う純粋な怒りがアリーシアを突き動かしていた。


「私達…同じ店の同じ店員でもあるけど、それ以前に仲間じゃないですか。いえ…私は貴方の事、家族だと思ってるんです……」

「私は…そんなこと思って…!」


 セアノサスが目を伏せながら否定の言葉を並べようとした時、アリーシアの顔をチラリと見ると、彼女が涙を流している事に気がついた。


 大粒の涙が、アリーシアの頬を伝っていた。

 彼女の顔は涙で溢れてぐしゃぐしゃになっていた。


「私達、付き合いも過ごした時間も短いけど……それでも確かな絆を感じていたんです。それはここにいる皆さんも同じです。だからここにいるんです。ですから、そんな寂しい事、言わないでくださいよ…!」

「俺も、一言良いか?」


 アルカンカスがアリーシアの肩を添えるように軽く叩き、彼女の隣に立った。


「俺は自暴自棄になって旅をしていた時、最低な態度を取って店を荒らした俺を、飯をご馳走しただけでなく暖かく受け入れた。あの時何を考えていたが知らんが、俺はそんな事関係なく感謝していたんだ」

「僕も、こんなせいかくしてるから僕のこと嫌いになる人たくさんいるのに、師匠は僕を仲間にしてくれた。だから僕は、僕達は師匠を助けに来た。それくらいふつーでしょ?」


 タマリもアルカンカスと共に感謝の言葉と助けに来た理由を伝えた。


「何も私達は慈善家じゃあありません。誰でも助けるわけじゃないし、理由がないと動きません。私達が今ここにいるのは、私達を助けてくれた貴方を、今度は私達が助けたいから来た、それだけなんですよ。だから……」

「戻って(ください)(きて)(こい)」


 3人の声が重なりながらそれぞれ同じ思いでセアノサスに伝える。

 彼等の言葉に、セアノサスは涙を堪えようと息を大きく吸って堪えようとした。

 だが最終的には涙がポロポロ溢れ、彼女は彼等の元に駆け寄り、抱擁して大声で涙を流しながら声を上げた。


「皆…!ごめん!ごめん……!私やっぱり皆と居たいよ……!」


「無駄ですよ。私達の前で強がっても。絶対に泣かせてやる!って気持ちで来たんですから」

「師匠ってあんがい泣き虫なんだね。おぼえとこっと」

「タマリ、やめておけ今は。それは帰ってからでもいい」


 3人はセアノサスを囲って抱き締める。

 大声でわんわんと泣くセアノサスを、3人は気の済むまで抱き締めていた。





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