第88話 不死身のサビター
不死身の男も、死ぬ時はあっけない物だ、とアルバアムはただ一言心の中で呟いた。
最新鋭のスーパーアーマーと電子デバイス破壊兵器を使っていたせいで仕留めるのには手こずったが、最終的には殺した。
「本当は君には死んでほしくは無かったけど、邪魔だったのも事実だし仕方ないか……」
アルバアムはそう呟くとサビターからもらったマスク型のヘルメットを被り、「かっこいいね」と呟きながら頭を失った彼に背を向け、その場から去ろうとした。
アルバアムには古き国家を破壊し、新たな国家を築く為にやらねばならない事が沢山あった。
復讐のために始めた国家転覆が現実のものとなりあまり実感を彼は感じなかったが、ここまで来た以上は本気で取り組まないといけないな、と彼は仕方なくと言った表情になる。
カサッ
何かが動く音がアルバアムの背後で鳴った。
アルバアムは耳だけを後ろに傾ける。
ありえない、とアルバアムは己が疑念を否定した。
生きているわけがない…が何か音が鳴ったのは確かだ、アルバアムはサビターの死体がある方へと首を向けた。
だが彼の予感とは裏腹に、サビターは動かぬ死体のままだった。
首の無い遺体が一つあるだけである。
アルバアムは彼の指先一つ動かぬ冷たく固くなっていく死体を一瞥しながら、再び前を向いた。
生きているわけがない。
セアノサスの時の未完成の物とは違い、アルバアムが彼に向けて撃った彼の能力を打ち消す弾丸は完成品であり、永久に彼の能力を封じる効果を持っていた。
サビター率いる四人のおかげでアルバアムの傭兵は結構な数を失ったが、まだ完全に失ったわけではない。
残りの全兵士を招集し、残りの侵入者達を排除すれば後はウィルヒル統治に向けて本格的に動くだけ、復讐も国盗りももはやほぼ達成したも同然だ、なのに、それなのに何故──
虚しい気分になるんだ、とアルバアムは己に疑念が向いた。
考えようとはしていなかった、考えたくもなかった気持ちを、サビターのせいで無理やり正面から向き合いそうになり、アルバアムは気分を害す。
だがアルバアムがそんなことを考えていた時、被っていたヘルメットからピッピッピッ…とアラート音のような物が鳴り始めた。
「…?何の音──……」
アルバアムがヘルメットに手を掛けた次の瞬間、ヘルメットから電磁波が放出され、アルバアムの視界が一瞬暗転した。
「クソッ……!」
アルバアムは急いでヘルメットを脱ぎ捨て、外へと放り投げる。
彼の視界のインターフェイスがバグを起こし、ノイズと雑音が走り、アルバアムは吐き気に近い不快感を催した。
手先が痙攣し、足元がぐらつく。
あの男、ヘルメットにまで細工を施していたのか!最初から最後まで小賢しい真似をする……!とアルバアムは苛立ちと嘲笑を込めて再び後ろにいるサビターの遺体に対し振り向いた。
「……?」
振り向いたその時、彼は一瞬疑問符を頭に浮かべた。
遺体が、無かった。
忽然と消えていた。
音も無く、最初から無かったかのように。
しかし血と脳漿は残っている事から、その存在自体無かったわけではない。
「消え…た……?一体どこに──」
アルバアムが消えたサビターの遺体を探そうとしたその時、
「オハヨ、オニイチャン♡」
「なっ…!?」
頭が完全に再生しておらず、口と右目しか戻っていなかったサビターがアルバアムの耳元で彼の声が吐息と共に聞こえた次の瞬間、アルバアムは凄まじい勢いで吹き飛んだ。
「うぐっ!?」
壁際まで飛ばされ、亀裂が入る程の衝撃にアルバアムの脳内のUIにノイズが走って乱れる。
「ゼロ距離で撃たれると流石にタダじゃ済まないらしいな」
サビターがクルクルとB.B.を指で回しながらカッコつけてそう言った。
アルバアムは何が起こったか理解が出来なかった。
身体にも異常を感じ、腹部に触れると人口肌が剥がれ、銀色の金属が剥き出しになった上、腹に大穴が開いていた。
「ば、バカな……!」
アルバアムは目を見開き驚愕しながら目の前の理解不能な存在を見ていた。
ありえない、こんなことがあり得るのか、と思考が混乱で覆い尽くされる。
アルバアムの前には不死性を失った、ただの人間に成り下がったはずの死体が、意気揚々と二本の脚で立ち、アルバアムを見下していた。
「何故死んでいない!?」
アルバアムは唾を飛ばしながら口を開く。
弾丸は確認した、装填した。
発砲し、命中し、その上頭を粉々になるまで吹き飛ばした。
それなのに……!と彼は現実を飲み込めていなかった。
「ああ?マジで死にかけたぜ。しかも今日だけで二度な。全く、死にかけ記録更新だぜこの野郎」
そう言うとサビターの頭がぐじゅぐじゅと音を立てながら再生し、無事元通りに戻る。
しかし髪の色は戻らなかった。
金髪ではなく、黒髪の下ろした髪を見て、アルバアムは「染めてたのか」と呟く。
「ああ、お前が俺の頭を消したせいでまた一から染め直さなくちゃいけねぇ。手間増やしやがって」
サビターは自分の髪をガシガシと弄りながら舌打ちをした。
「まだ生きてるなんて。君は本当に…不死身なのか?」
「俺の能力を抑える弾丸で俺を撃ったくらいで俺が死ぬわけねぇだろこのでこっぱちが!しかも俺は既に頭を吹き飛ばされたことがあんだぞ!?そんくらいでくたばるかよ!アホ!」
サビターは銃を持った状態で器用に中指を立てた。
アルバアムを撃った銃はスカルクラッシャーではなく彼の愛銃、B.B.によるものだった。
アルバアムの腹には穴が開いており、バチバチと音を立てながら漏電していた。
「普通ならそれで死ぬし、私からしてみれば念入りに殺したつもりだったんだけどね……」
「残念だったな。これでも俺は20年以上死なずに冒険者やってんだ、あれくらいじゃ簡単には死なねぇよ?」
アルバアムの言葉にサビターは「つもりやはずなんて気持ちじゃ俺は殺せねぇ」と笑うと、再びタバコを取り出し、口に咥えながら火をつける。
「とは言え少しヤバかったから余裕ぶっこくのも良くなさそうだ。つーことで、不死身のサビターの本気、見せてやるよ」
そう言うと、サビターは髪をかき上げ、後ろへと追いやる。
タバコの煙を勢いよく吸い込み、あっという間に灰にすると、それを口からペッと吐き捨て、自身の身体から緑黄色のオーラのような物が発生させた。
オーラというより、蒸気や湯気に近い。
「一発だけじゃ物足りなかったかな?ならたらふく食わせてあげよう」
そう言うや否や、アルバアムは先程と同じく能力阻害弾を装弾数いっぱいまで引き金を振り絞りながら撃ち尽くす。
銃だけでなく、グレネードや火炎瓶なども使い徹底的に殺す為にあらゆる銃火器を使用した。
だが肝心のサビターはと言うと、「ぐえっ」「うおっ」「いでぇ」と言葉を溢しながらサビターはそれを躱すこともなく銃弾と爆弾と火を受け続けた。
弾丸の全てが彼の頭、肩、胸、腹、足と当たり、爆弾が彼の頭や手足を吹き飛ばし、火炎瓶が彼の肌を焼いた。
しかし、銃弾により開けられた空いた穴から血が溢れはするが、弾は即座に赤子が嫌いな野菜を吐き出すかのように排出され、空いた穴の傷は瞬く間に塞がり、修復された。
爆弾により吹き飛ばされた頭や手足はもこもこと泡が溢れるかのように手足が再生され、彼にまとわりつく火炎は消えるまで肌の再生を繰り返した。
「…まるでカートゥーンアニメのキャラクターみたいだな」
アルバアムは顔を引き攣らせながら冷や汗を流す。
あまりの出鱈目な回復速度を目の当たりにし、自分の人生経験が如何に未熟な物であるかを悟った。
この男はいままでに見たことがない程の化け物だ、とアルバアムは理解した。
「全身サイボーグでも汗が流れるのか。無駄にスゲ〜再現度だなオイ」
「…そりゃどーも。でも、私にも色々計画がある。やはり君にはここで死んでもらいたい」
「お前が俺を殺せるとでも思ってんのか?」
「さぁね。でも君が『不死身』という異名を持つように、『雑草』にもちゃんとした意味がある」
アルバアムの含みのある言葉にサビターは「なんだ?除草剤を撒かれたら死ぬのか?」と小馬鹿にしながら言う。
「違うね。何度踏み躙られても死なないって事だ」
アルバアムが言い放った瞬間、彼はコクリューマーク34をサビターに負け、引き金を引いた。
耳をつんざく派手な銃声が響き渡る。
赤と橙色の火花と共に放たれたコクリューマーク34の散弾がサビターの足を狙う。
弾丸はサビターの左足に命中し、彼の足はぐちゃぐちゃになるが、瞬きをする次の瞬間には元通りに再生した。
ならばと、アルバアムは右手の甲の中指と薬指の間から高周波ブレードを展開し、アルバアムを上から下へ真っ二つに斬り裂こうと振り下ろす。
「三枚下ろしにしてあげよう!」
アルバアムの言葉と共にサビターの身体は血の飛沫を上げて綺麗にスパッと斬り殺され──る事はなかった。
サビターの身体は斬られた端から再生し、下へ完全に振り下ろした頃には斬られた事などなかったかのように元通りになっていた。
プールや海の中で手で水を叩いて割ろうとしても直ぐに元に戻るのと同じように、サビターの身体に傷一つつけることは叶わなかった。
「言ったろ。俺のマジ見せてやるって」
そう言ってサビターはB.B.をアルバアム目掛けて撃ち放った。
今までの光線の弾とは違う鋼の弾丸に、アルバアムは防弾仕様の金属の身体のバランスを崩すほどの威力と衝撃に防戦一方となる。
「お前の身体固すぎるからよォ、特別製の弾使ってやる。一発100万グラットするんだぜ?飴玉みてぇにちゃんとしゃぶりつくしてたくさん味わってくれや!」
そう言ってサビターは弾頭が赤く、金色の粒がキラキラ輝く弾丸を一瞬見せると、すぐにそれを装填する。
何発もアルバアムに向けて発砲し、撃ち尽くしたらすぐさま空になった弾倉を再装填し、また空になるまで何度も打ち続けた。
「どーしたぁ?ちじこまっちゃってよォ。赤ちゃんの真似でもしてんのか?あっ!さてはさっきのヘルメットのプレゼントが効いたか!あげた甲斐があったなぁ!」
サビターがアルバアムに「ばぶばぶ!」と言って煽るが、アルバアムはそれどころではなかった。
先程からEMP爆弾を連続で喰らってしまったせいで身体の自由が利かなかった。
思うように身体が動かせず、身体の中にある改造したインプラントの機能もまともに使えず、アルバアムはもはやただの畑に突き刺さったカカシと化していた。
そのうえ自身の鋼鉄の肉体でも貫通しかねない弾丸の雨を喰らっていたのだから、アルバアムは絶体絶命だった。
「クソ……!」
「クソ、クソだよな?為す術がねぇってのはクソって言いたくなる程クソッたれだろ?俺はそれを毎日味わってるからお前にもおすそ分けしてやるよ!富の再分配ならぬクソの再分配だ!相手の自由意志は関係ねぇけどなぁ!」
そう言うとサビターは銃を撃ちながら駆け出し、アルバアムへ近づく。
そして目前まで近づくと、アルバアムの顔面にジャンピングニーを炸裂させた。
「ぶっ……!」
まだ破壊されていなかったアトラクナキアの装甲と共に放たれたサビターの飛び膝蹴りを受けると、アルバアムは地面に仰向けに倒れ、パチパチと視界が白黒に反転する。
アルバアムは意識もかなり曖昧で、それでも素早く立ち上がろうとするが、サビターはすかさずアルバアムにB.B.の銃口を彼の顔に向けた。
「機械の身体なんか持ってると、こういう事もあるから気を付けなくっちゃなぁ!?あ、もう遅いか!」
「う…あ……」
サビターはそう言って声にならない声を呻きながら出しているアルバアムを前まで近づき、
「どうだー不死身のサビター様の本気は?気に入ってくれたか?」
サビターはアルバアムの顔を上から満足げなスッキリしたような顔で覗きながら彼に問う。
「こんなの…もはやズルじゃないか……頭を潰しても死なない。身体を穴だらけにしても死なない。真っ二つに切り裂いても死なない。勝てる訳、ないよ……」
アルバアムは顔を顰めながら呟いた。
銃も刃物も爆弾も火も効かない。
毒物も酸もおそらく無駄だろう。
彼を殺しうる可能性があるとすればこの星が消えてなくなる時だろうか、それでも彼は生きているだろうけど、とアルバアムは鼻で笑った。
「なんだ?もう降参か?まぁお前はよくやったよ。ナイスファイトだ。俺に本気を出させたんだからな。ほら、分かったらとっととアイツを返せ」
サビターの言葉に、アルバアムは「ふふふ」と笑う。
「なに笑ってんだ?思い出し笑いか?それ人前でやると気味悪がられるだけだぞ?」
「いや、サビター、やはり君は記憶力が悪いなと思っただけだよ!ははは!」
「おおそうかおかしいか。もっと笑えるように額に穴開けて口増やしてやろうか?」
サビターの銃口がアルバアムの眉間にコツンと当たる。
しかしアルバアムはそれを気にせず尚も続ける。
「言っただろ、サビター。君が不死身と呼ばれているように、雑草と言う名前にもまた意味があるって」
アルバアムがそう言うと、彼の目の色が少しずつ変化していた。
青い瞳が赤黒く染まっていく。
「雑草は、何度踏まれてもまた曲がらない。葉をまっすぐ立てて花を咲かせる。君が『不死身』を教えてくれたように、わたしも君に『雑草』を教えてあげるよ」
アルバアムの言葉と共に、彼の機械の身体が紅色の雷が放たれ、サビターは「あびばばばばば」と感電しながら吹き飛ばされた。




