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第76話 楽しいなら手で殴ろう②


 話は10年前に遡る。


『ふっ…!はっ…!』


 私は木製の人形に向かって拳打を打ち込んだ。

 最初はゆっくりと、だが徐々に速さを上げ、最終的には常人では目にとらえられない速度で打ち込んだ。


『楽しいなら手で殴ろう♪楽しいなら手で殴ろう♪楽しいなら顔面殴ろうよ♪ほら皆で手で殴ろう♪』


 最低な替え歌で私に近づいて来たのは私の魔法拳法の師匠だった。


『アリーシア、稽古は順調か?』

『師匠!』


 師匠が握り飯を持って私に話しかけてきた。

 当時私は10歳で、背は低く師匠が巨人に見えるほどだった。

 私と師匠は隣同士の木製の長椅子に座り、額から滲み出る汗を布で拭って竹筒に入った水を飲みながらにぎりめしにかぶりついた。


 私がまだ半人前の拳法家だった頃、師匠の家に住み込みで働いていた。

 私の師匠は楽心拳という流派の7代目でそれほど歴史があるわけではないけど、とても強い人だった。


 性格は私に良くしてくれるが、自己中で自堕落で適当、ちゃらんぽらんの世間から見たらダメ人間の部類に入る人だった。


 もしかしたらどこか少しだけサビターさんと似ているかもしれない。


 弟子は何故か私一人しかいなくて、いつも道場の中は閑古鳥が鳴いていた。


『拳法、好きになったか?』

「…ダメですね。やっばり殴ったり蹴ったりとか暴力的な事はやっぱり苦手です…』

『……そうか』


 師匠は寂しそうに笑うと、私の額にデコピンをしてきた。


『痛っ!?な、何するんですか!?』

『弟子の嘘を師匠が看破できないとでも思っているのか?本当の事話せよ』


 師匠は葉巻の先端を火で炙りながらゆっくり吸いながら喋った。


『拳法は、正直言って好きです。日々新しい技を覚えて自分が強くなった気がします。更に人間相手に試すとそれが更に自覚出来て気分が良くなります』

『なんだよ、良い事じゃねぇか。ならなんでそんな顔してるんだよ?』

『怖いんです。このまま私が強くなって、人を傷つける事に興奮を覚える事が。楽心拳はその内人も殺すでしょう?人を殺して快楽を得ることが、私は怖いんです』


 私の告白に、師匠はぷかぷかと葉巻の煙を浮かべながら何か考えているのか、ボーッとしていた。


『アリーシアよぉ、お前自分より強い敵と戦っている時は何を感じる?』

『え?えっと、それは……』


 突然の師匠の問いに私は言葉を詰まらせ返答に困った様子を見せた。


『例えば俺だ。俺と戦う時、お前は何を感じる?』

『それは…師匠は私より遥かに強いので、まず殺せるとは思ってません。なので遠慮なく習った技を試せます』

「だろ!?強い敵と戦ってる時、凄いワクワクしないか?自分の実力がどこまで通じるのか、それを考えたら楽しくなってこないか?』

『そ、それは……』

『いーんだよそれで』


 私が答えずらそうにしていると師匠は堂々として言い切った。


『確かに自分より弱い奴痛めつけて喜びを覚えるのは外道やクズの思考だが、ギリギリの戦いで喜びを見出す事は、何も悪い事じゃねぇ。むしろそーいう考えのやつは他の人間よりよっぽど清々しくて良い奴だと俺は思うぜ』


 師匠は『それに』と付け加えて続けた。


『強いってのは良いことばかりだ。大体なんか面倒なことに巻き込まれても力でどうにかできることが多いしな』

『脳筋の思考じゃないですか……』

『それにお前に友達や家族ができた時助けたり守ったりすることができるだろ?』


 師匠の言葉に私はあまりピンと来なかった。


『うーん、そうですかね?』

『あーそっかお前友達も家族もいないもんな』

『デリカシーというものはないんですか貴方は?』

『デリ、カシ……?デリヘル…?』

『なんですかそのわざとらしい間違え方は!?下品極まりないですよ!』


 私は不快極まりない惚け方に辟易すると、師匠はわり、だのごめ、とか中途半端な平謝りをするだけだった。


『まぁお前も大事なダチや家族が出来た時分かるさ。力ってのはいくらあっても困らないからな』

『そうですか』

『ただな、強え奴と戦う時のあの高揚感はたまらねぇぞ〜?』

『そういうもんだ。いいか、戦う事に喜びや楽しさを見出す罪でも悪でもねぇ。ギリギリを楽しめるし、拳を交わすと相手の事をより深く理解できたりするからな』

『え?本当ですかそれ?嘘くさいですよ』

『嘘じゃねぇよ!本当だ!拳を通じて相手と意思疎通を図ってだな……』


 師匠は何か熱く語っているようだったが、私はもう聞く耳を持っていなかったので目と耳を形だけ向けて聞いて見るフリをしていた。


『お前シカトしてんだろ。ハァったく……いいか、要するに俺が言いたいのは、戦う事を楽しいと思うのは変じゃねぇ』


 だが師匠は洞察力は一人前なのか、私の行為にすぐ気づき、頭をボリボリと掻きながら繰り返し何度も私に念入りに言う。

 珍しく真面目な表情と声色なせいか、これはこちらもちゃんとした態度で聞かなければいけないと思い、師匠の方に身体を向けた。


『お前はこれからももっと修行して強くなって、強敵と戦って強くなれ。そして大切な人や愛しい人を守れるくらいにな』


 そう言って師匠は椅子から立ち上がり、『休憩終了!』と言って私の両脇を掴んでついでに私も立たせた。


『楽しいなら相手の骨折ろう♪楽しいなら相手の骨折ろう♪楽しいなら相手の骨折ろう♪ほら楽しいなら骨折ろう♪』

『その歌不快なんで今すぐ口閉じてもらえませんか?』


 あれから10年、あの時は師匠の言っている言葉が理解できなかったけど、今なら分かりますよ。


「ほらほら!これとかどうですか!?」


 自分と同等の力を持つ相手と命のやり取りをするのがこんなにも楽しいという事をッ!!


「グッ……!」


 私は硬く握った拳をチェンにぶつけ続けた。

 チェンは先程まで余裕のある表情をしていたのに、私がやる気を出したせいで冷や汗かきながら防戦一方だった。


「この動き、楽心拳の型じゃないな!しかもどの流派には当てはまらない。まさかお前も……」

「何ごちゃごちゃ言ってるんですか!?喋ってないで早く来てください!さぁ!早く!」


 私は気分が高揚し、とても人には見せられないような顔をしていたと思う。

 現にサビターさんやアルカンカスさんが「うわ…」とか「えぇ…」とかドン引いた顔でこちらを見ていた。


 チェンは床を蹴って飛翔し、照明を味方に付けて私の視界を狭めた。


「でぃやああああ!」


 野鳥の如き声量で叫びながら強烈な蹴りを放ち、私は両の前腕を重ねて防御の構えを取り、チェンの蹴りを受け止めた。


「ぐうッ!」


 チェンの空からの飛び蹴りは魔力で強化されていたこともあってガードをしていた私にかなりのダメージが入って来た。

 これは受け止める。魔法拳法は拳打や指先に魔力を集中させ秘孔を突くことで能力を発揮させる。

 掠るだけでも危険なため、素手の攻撃は絶対に避けなければならない。


 でも逆に言えば、それ以外の攻撃は防御すればいい。


 こちらもただやられるわけではない。

 私は防御の構えを解き、チェンの足を掴んで地面に叩き落とした。


「……ッ!」


 チェンはすぐさまバネのように飛んで立ち上がり、私に攻撃を仕掛ける。


 さっきまでは私からの攻撃を待っていた彼だが、先程までの身体と精神の余裕が無いせいか、決着を急いているようだった。


「随分と焦ってるみたいじゃない。もうバテたのかしら?」

「お前こえおさっきまでのお上品な言葉遣いはどうした?随分砕けた物言いじゃないか。そんな事考える余裕もないか?」


 お互い悪態をついて小馬鹿にしながら息も絶え絶えな状態で笑い合う。

 しかし──


「ごふッ!」


 私は喉から血がこみ上げ、外に吐き出した。

 身体を支える脚の力が抜けて私は地面に倒れ伏す。


「アリーシア!」


 サビターさんが私を心配そうに見つめて叫ぶ。

 なんとか大丈夫と言いたいところだったけど、言葉を口にすることすら困難な程私の身体は追い詰められていた。


「魔法拳法は基本的には拳打や指先に魔力を流し込み秘孔に打ち込む事で効果を発揮する。だが

蹴りでも秘孔を突ける魔法拳法は存在する。今の俺の蹴りは防御を取ったとはいえ、一撃喰らった今のお前の身体は指先き突動かす事さえ困難。勝負あり、だな」


 チェンの言う通り、私の身体は私の意思に反してまともに動かせない。


 不覚だった。

 チェンはほぼ全ての流派を修めた拳法家、蹴りでも秘孔を突ける流派を私は知らなかった。


 私は今、人生で滅多にない死に近い瞬間に立ち会っている。

 私の持ち得る技術を総動員しても勝つのが難しい相手がいる。


 楽しい。


 思い通りに勝負が運ばない、生きるか死ぬかの真剣勝負、絶体絶命の窮地……あぁ、こんなにも素晴らしい機会に立ち会っている。

 なんと私は幸運な人間なんだろう。


 戦うって、最高だ。



 




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