第73話 また会おう、タマリ・マリソンズ
ヤーナンが敗北宣言した事で、僕は魔法ビームの放出を止めた。
ちょうどタイミングがよかったのか、ヤーナンの刺青の防御呪文が全て消え、半裸の状態で素肌のみが残る姿でうずくまっていた。
「ぷくく、なんて情けない姿。さっきまでイキってた男とは思えないねぷくく」
僕は手を口で押さえて小馬鹿にしながら笑ったけど、ヤーナンは暗い顔をして天井を見つめていた。
どうやら僕の煽りはまるで耳には届いていないみたいで心ここにあらず、といった様子だった。
「やっぱ勝てなかったか……」
さっきと同じ言葉をヤーナンは口にした。
彼は大の字で地面に仰向けに倒れたままだった。
多分今の彼の様子だといくら煽りまくってても一向に相手にしないだろうと理解し、僕も真面目な顔になって彼の傍に近寄る。
今の彼は本当に打ちのめされた様子で、うつろな目をしていた。
僕は彼にいくつか言いたい事聞きたいことがあった。
「お前、魔法使いじゃないでしょ」
「……やっぱ分かってたか」
僕の言葉にヤーナンはハッとして顔を上げ、胡座をかいて地面に座り、自らを嘲るような笑みを零す。
「魔力はあった風に見えたけど、出てくる元はお前の身体からじゃなくて指輪とかマギブレーザーからだった。今のお前からは一切の魔力の気配を感じない。なんで嘘なんかついてたの?」
「ただ見栄を張ってただけさ。まぁ戦略的な理由もあるが、一番の理由は…俺のただの虚栄心だよ」
「虚栄心?」
「俺の出身地はアールウェーンだ。しかもかなり良い家柄のな。それは嘘じゃない。だが俺は生まれつき魔力がなかった。だから存在を無かった事にされて捨てられた」
ヤーナンは自分の略歴を語り始める。
「俺は俺を見限った魔法使いも故郷も全部憎くて、魔法使いを殺せる武器と道具作りに人生を費やした」
僕はポップコーンとジュース片手に聞きたかったけど、今はそういうふざけた事をする雰囲気ではなそうなので僕は地面に体育座りをして真面目に耳を傾けた。
ヤーナンは恨み嫉み僻みを前面に出してしかめっ面で語ってたけど、その顔が一瞬悲し気な表情になったのを僕は見逃さなかった。
「でも、恨みや復讐が俺を突き動かしてたけど、俺は諦められなかったんだよ。どうしても魔法使いになりたかった。魔法の凄さ、素晴らしさは目の前で散々見てきてたから分かってた。だから俺は、自分を魔法使い名乗ってた。魔法使いを殺す魔法使い、マジシャンズアサシンとしてな」
「……」
「結局俺は自分が嫌いだった人種の奴等に負けてしかも命惜しさに命乞いまでする始末。情けないことこの上ない。俺の人生は失敗そのものだった」
ヤーナンはそう言って自分自身を嘲笑う。
確かにその姿は情け無くて惨めそのものだ。
自分が忌み嫌ってた存在に憎しみを抱きつつも憧れ、自分が殺されそうになったら情けなく命乞いをして頭を地面に擦り付ける。
うん、惨めったらないね。
「ふーん、で、次はどうするの?」
「は?」
「次はどうやって魔法使いを殺すの?」
「どうやって殺すって……俺はもう失敗したんだ。俺の信条も何もかも無くなったんだ、次なんてない。俺はこのまま孤独に……」
「なんで?お前のマギブレーザーと指輪と魔道具凄かったのに」
僕がそう言うと、ヤーナンは「え?」と俯いていた顔を僕に向けた。
「僕に本気出させた奴お前だけだよ?そのマギブレーザーも指輪も道具も凄かった。まだまだ改良できるでしょ?なんでそこで止めるの?」
「だ、だって俺は、お前に負けて死ぬのが怖くて命乞いをした負け犬野郎だ、そんな奴がまた何かやったって、また徒労に終わるだけ──」
「たった大きな失敗したから自分の可能性を捨てるなんて、もったいないよ。僕は学校を爆破して死人も怪我人も出したけど、まだまだやりたい事試してみたい事だらけだよ」
僕の言葉にヤーナンは黙った。
「それに僕の魔法はまだ未完成だよ。魔導越者?になったのだって最近だし、まだまだ分からない事ばかりで成長の余地がもっとあって強くなれる。それは僕に限らず、ヤーナン、お前もそうだよ。なのに、諦める?なんでそんな選択肢が出てくるの?」
「…うるさい」
「憎い魔法使いを殺したいって言ってたあの情熱はただの出まかせ?だとしたら肩透かしもいいとこだね。そんな半端な気持ちでいるくらいならそのマギブレーザー僕にちょーだいよ。僕がもっと有意義に改良して──」
「うるせえんだよッ!!」
僕がつらつらと言葉を並べると、ヤーナンは立ち上がって僕を睨んだ。
「俺の事なんも知らないクセに言いたい放題言いやがって。お前に俺の何が分かんだ、アァ!?」
「いや、お前の事なんてなんも知らないよ。魔力がない辛さも無力さも惨めさも、最初から魔力を持ってた僕からしたらお前の気持ちなんて微塵も理解できない。でも、お前の強さは分かるよ」
「何を──」
「お前のマギブレーザーのどの属性にも当てはまらない未知のエネルギー。その力と指輪に閉じ込めた魔法のそれぞれの使い方と工夫、そして何より魔法使いがこれをされたらいやだなと思う魔道具の戦略的思考、その凄さ、執念はお前を何も知らない僕でも分かる」
「……」
ヤーナンは僕の言葉に噛みつかず再び黙り込む。
僕が何を言いたいは少なくとも理解はしているみたい。
彼は自分に劣等感があるせいで、自分を過小評価しているみたいだけど、僕からしたら才能の原石が壊されていく様子を見ているみたいで、見過ごすことはできなかった。
だから僕は普段ならしない説得をする。
何故ならコイツには僕を殺せるくらい成長して欲しいから。
「せっかく拾った命なんだから、もっと有意義に使いなよ。どんな負け方をしようと、結局は生きて寝首を掻けばそれで勝ちなんだからさ、僕みたいな天才魔法使いを殺せるくらい、もっと強くなって僕を驚かしてよ。それに、研究を続けてればいつか魔力を宿せるかもしれないし、喚いたり嘆くのは、死んだ後にすればいい」
「……!お前は、本当にどうかしてるな。お前みたいな魔法使い、見たことがない」
「そりゃどーも。だって僕は天才魔法使いだからさ」
ヤーナンは僕の目を見据えると、直ぐに視線をズラして僕に背を向ける。
「この借りは必ず返す。俺は執念深い男だからな。必ずお前を殺してやる。せいぜいお前も自分の腕を磨いて震えて待ってるんだな」
「あれ?もう行っちゃうの?お前の使ってる道具、もっと見たり語り合いたかったりしたかったんだけど」
「もうさっきの戦いで十分教えてやったろ。ここから先は有料会員向けだ。ガキは成人するまで待ってな」
ヤーナンはそう言うといつの間にか手に持ってた緑色の袋を地面に投げつけると緑色の煙がモクモクろ焚き始め、彼の姿形が曖昧になった。
「また会おう、タマリ・マリソンズ。次に会う時は、お前を殺す時だ」
それだけの言葉を遺すと、ヤーナンは煙と一緒にあっという間に姿を消した。
「僕も首を長くして待ってるよ……あっ、首を長くする魔法を作ってみよう。モルモットはサビターだね」
僕は僕に匹敵する魔法使いが潰れなかった事と新たな魔法を思いついたこのしじょーの喜びを胸に抱き、少し休憩してからサビター達を追いかけよう、僕はそう決め込むと、まずは受付近くにあるかごに入った来場者用のキャンディーを拾って舐め始めた。