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第72話 魔導越者②


 僕とヤーナンの勝負はそれぞれ互角で、僕と奴の勝負は拮抗していた。


 僕が魔法でヤーナンに手札を与えさせないようゴリ押しして、ヤーナンがそれを上手くいなしながら僕を消耗させようとしていた。


 僕達の戦いは淡々としたもので、さっきとは違い、一言も言葉を交わさなかった。


 せいぜい魔法を詠唱するか魔法攻撃が当たらず舌打ちをするか本当にそれくらいで、どちらが先に相手を殺すかを争う真剣勝負だった。


 土魔法で床をドロドロの沼に変えて、僕は奴がそれに足を取られるのを期待した。

 けどヤーナンは足元に魔法陣を作り、それを踏み台にして回避した。


 魔法陣がヤーナンを上空に押し飛ばし、空中に逃げたヤーナンに対し、チャンスと思った僕は炎魔法のファイアパンチのミニミニ版を複数個詠唱し、ヤーナンに向けて撃ち放った。


 ヤーナンは右手のマギブレーザーを使い、僕の小さなファイアパンチをキャッチアンドリリースとばかりに吸収し、そして倍返しで僕に撃ち返してきた。


 僕は水の魔法で障壁を作り、ファイアパンチを消火して攻撃を防いだ。


 僕は魔力は有り余ってるけど杖のストックはそろそろ尽きそうで、早めに決めたかったんだけど、それがいけなかった。


 僕は勝つことに焦って、奴の持つ切り札に気づかなかった。

 ヤーナンは僕の目の前に肉薄し、瓶を投げつけた。


 僕はそれを杖で払って床に叩き落した。

 けどそれは、魔法使いの杖が大好きな特殊生物、魔蟻の入った瓶だった。


 勢い良く振り払ったから当然瓶はパリンと甲高い音を立てて割れて、中から羽の生えた魔蟻が僕のローブの裏に備え付けていた杖をむしゃむしゃご馳走にありついた子供のように無邪気に食べた。

 蟻だけに。


 え、ピンチなのに何ふざけたこと言ってんだ殺すぞって?サビターみたいな事言わないでよ。


 確かにこの状況ならピンチだよね。

 現に僕は使える杖を全て失って、ヤーナンにはマギブレーザーで体中あちこち撃たれた。


 僕の身体はハチの巣みたいにどこを見ても穴が開いていて、身体を動かせない。


 まぁサビターなら大丈夫だけど、僕は違う。


 魔力が他人より多い以外は普通の人間で、身体に穴が開けば血が流れて死ぬし、心臓を破壊されれば普通に死ぬし、頭を潰されれば当然死ぬ。


「……なんだ?この感じ?」


 ヤーナンが何かの気配を感じ、立ち止まる。


 奴は感じ取っていた。


 それは、視覚でも聴覚でも触覚でも嗅覚でも味覚でもない、もっと根源的な感覚……


「…まさか……!?」


 ヤーナンは後ろを振り返り、僕の所在を確認する。


 だがそこに僕は居らず、在ったのは血溜まりだけだった。


「後ろだよん」


 僕は彼の耳元でボソリと言う。


 彼は身体を後ろにいる僕の方に動かし、指輪を光らせて何か呪文を発動させようとした、が、僕は奴を右の拳で殴って、壁際まで吹き飛ばした。


「がっ!?」


 ヤーナンは瓦礫に埋もれながらも直ぐにそれらをどかし、立ち上がって驚いた顔で僕を見た。


 でもあまりダメージは入っていないように見えた。


 殴られる瞬間の寸での所で防御魔法を発動し、威力を幾ばくか落としたのだろう。


「…どういうことだ。杖も全部壊して魔法は使えなくしたはずだ。しかもマギブレーザーでレンコンみたいに穴だらけにした!なのに……!?」


 ヤーナンは冷や汗を流しながら苦悶の表情で僕を睨む。


「…魔法使いの杖は魔法の出力を強化し、安定させるために使われる」


 僕は脈絡もなく、杖について語り始めた。

 分からないなら教えてあげないとね。


「魔法使いが杖を必要としているのは、杖無しで使えば強弱を制御出来ず、暴走するから。魔力が水なら、杖は水道や蛇口みたいなものだね」


 僕の言葉にヤーナンは僕を睨んだまま黙って聞いていた。時間稼ぎをしながら何か反撃のアイデアを考えているみたい。


「魔法使いの杖は呪文を詠唱する事でより正確に魔力を杖に伝達し、魔法を発動できる補助具のような物。杖が無ければ出力も正確さもコントロール力も失う。だから魔法使い共は皆馬鹿の一つ覚えみたいに杖に依存しやがる。だから俺は……」

「お前が戦ってきたのは、そういう普通の魔法使いだったんだろうね。だから対策をいくつも考えて彼等を殺すことが出来た。でも、お前が今戦っているのは、そんな制限や制約から解放された、全く別の存在だ」


 そう言って僕は、身体の内に流れる魔力を外へと溢れさせる。


 無色透明で湯気のように漂っていた魔力は煌びやかな極彩色へど色を変え、燃え沸る焔のように大きくなる。


「ありえない……この量は、ちっぽけな人間の持てる魔力の量を遥かに超えている……!お前、魔導越者か!?」


 僕の可視化した魔力は瞬く間に膨れ上がり、天井にまで到達し、そして更に天井を超えてこのビル全体を包む勢いで大きくなっていく。


「そんな風に僕を呼ぶ人もいたね」

「普段からこんな魔力を撒き散らしていれば周りの人間も影響を受けるはずだ!どうやって今まできたというんだ!?」

「たくさん持ってた杖にそれぞれ分け与えて分散させてたんだ。でもお前が全部壊しちゃったから、別れていた魔力は再び一つになった。そして……」


 僕は右手の掌に魔力を集める。


 五つの元素魔法の五色の煌めきが僕の手に現れ、掌の上で小さな竜巻が生まれる。


「僕の悪評は知ってるよね。実験で学校を爆破したってやつ。あれ、失敗したわけじゃないんだ」


 僕は一人呟くようにポソリポソリと言う。


「成功した。僕は僕の望む魔法の到達点に辿り着いた。まぁ代償は払ったけど」

「…そうかよ」


 ヤーナンは苦虫を噛み潰したような顔で言う。


 僕の話を聞いているふりをして、何やら左手でマギブレーザーを調整している。


「魔法学校の先生が言ってたよ。魔導越者になる条件は激しい研鑽も勿論だけど、それ以外にどうしても外せないのが、特別な感情を自分で理解した時」


 僕はそう言って自分の手を見る。


 側から見れば僕の手は火が燃え移って火傷を合っているように見えるかもしれない。


  たけどそうではない。


 僕に纏わりつく炎はただの炎ではなく、僕の身体の一部だ。


 僕の身体には魔法が宿り、魔法と僕の身体は融合して一つとなっている。


「僕にはずっと夢があった。一言口にすれば皆が僕をバカにしてできっこないよと言ってたけれど、研究と修行の果てに、僕は成った」


 僕の身体には炎だけでなく水、雷、風、土系統の五つの元素魔法が流れている。


 炎の赤と橙の熱がゴウッと弾け、


 水の濁流が体の中と外を這いずり回り、


 黄色い光がバチバチと僕の目の奥、そして背中と肩を抱擁するように発光し、


 風の刃が地面と空気を切り裂き、


 地面からはタイルから土が盛り上がり、巨大な土塊となって僕の周りを漂っている。


 それはまるで嵐のようで、僕の身体を破壊し尽くそうと暴れ回っている。


 魔力を杖に通して元素魔法を発動させる時とは違い、身体の内に魔法を内包している今の僕の状態は常人からしたら死をも凌駕する痛みだけど、僕にとっては快感でしかない。


 何故なら僕は──……


「僕の特別な感情は魔法。魔法そのものだ。僕は赤子の頃から魔法に心惹かれていた。魔法そのものになりたかった。だからあの時、あの実験で僕は到達したんだ!魔法に成るっていう大いなる目的のためにね!」


 アハ、アハハハハハ!と僕は喜びと嬉しさで声が上擦るくらい高らかに笑う。


 僕の身体は魔法と溶け合い、人としての形を維持できなくなっていた。

 魔法の元素と混ざり合い、手の形が崩れては戻り、何度も再生と崩壊を繰り返し、身体が軽くなって、風と共に消えそうにさえ感じた。


 でも、この感覚が心地良い、僕にとっては快感さえ覚える程だった。


 僕はこんなにのも面白くてドキドキするのに、ヤーナンは引き攣った表情で僕を見ながら「化け物が」と言ってドン引きしていた。


「僕も久しぶりに全力を出すから手加減できない。まだ反撃の手段が残ってるなら、小細工無しで全力で来ることをオススメするよ」


 僕が笑顔でそう言うと、僕の身体は白く眩く発光した。


 僕の身体は五大元素魔法を内に秘め、それが視覚的に露わになった。五大元素のカラフルな色が混ざり、虹色に身体を発光させる。


 我ながら綺麗、美しいと心の中で自分で自分を褒めちぎった。


 ヤーナンは疲れ半分、呆れ半分でマギブレーザーを構える。


「本当ツいてないな。こんな怪物と戦わされるなんてよ。こんな仕事受けるんじゃなかった」


 ヤーナンは諦めたような声と顔でそんな事を言っていたが、目の奥は死んでおらず、むしろやる気満々で燃えていた。

 右手のマギブレーザーに左手を添えると、マギブレーザーは悲鳴とも呼べる機械音を発しながらエネルギーを溜める。


 これで本当に勝負が決まる。


 僕とヤーナンはお互いを見つめ合い、口角を上げて白い歯を見せてニヤリと笑いながら、


「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」


 五大元素魔法のエネルギー波と裏元素のエネルギー波、それぞれの全力をぶつけあった。

 

 虹色の光と赤黒い光の塊がぶつかり、お互いを削り尽くそうと光を飲み込み合っていた。


 ヤーナンのマギブレーザーは僕の全力の出力に対して同等の威力を誇っていた。


 僕はまだ裏元素が一体どういう物質なのか、どこからエネルギーを取り込んでいるのか、全てを知っているわけじゃないけど、僕の膨大な魔力の一撃にここまで喰らい付いて来れるのは素直にすごいと思った。


 でも、勝つのは僕だ。


 お尻の穴を引き締めて、腰を据えて力を入れて、僕は水に濡れたタオルを限界まで引き絞るイメージを抱きながら、ありったけの魔力を魔法に乗せた。


「うあああああああああ!!!」


 僕は声を枯らしそうになるほど叫ぶ。


 虹色のエネルギー光線は二倍の大きさに膨れ上がり、ヤーナンの赤黒い光線を飲み込み、そのままヤーナンへと真っ直ぐ向かって行く。


「ああ、くそ……やっぱり勝てねぇか……」


 ヤーナンは自虐気味に笑い、下を俯く。


 マギブレーザーを下ろし、自ら僕の光線に当たるかのように身を捧げた。


「ぐあああああああああッ!!!」


 光線が遂にヤーナン本人に直撃し、5種の魔法を同時に受けたヤーナンは悲鳴を上げた。


 普通の人間だったら秒で蒸発するはずだけど、奴はまだ人の形を保ってる。

 よく見ると彼の身体に入っている刺青に何か細工がされている。


 さっき着てたローブだけじゃなくて、刺青にも魔法耐性のある防御呪文を施しているとは、中々に狡い事をする奴だね。


 しかも僕の力を認めて潔く魔法を喰らった割には防衛手段を持ってて小賢しい。

 全然生き延びる気満々じゃん。

 正直イラッとした。


 光線の波に当たっているヤーナンはとにかくめちゃくちゃ叫んでいたけど、僕は一度全力を出した以上、途中で撃ち止めるなんて選択肢はなかった。

 オナラやうんちを途中で止めるなんて普通誰だってしないでしょ?


「や、やめてくれ……!わ、悪かった!俺の負け…だ!これ以上は耐えきれない、し、死ぬ……」

「うーん、じゃあ魔法使い様最高!万歳!って言ってくれたら止めてあげてもいいよ」


 僕の提案にヤーナンは「ハァ!?」とまゆを吊り上げて声を荒げる。


「だ、誰が言うか!本心でもない事なんか言うわけないだろ!」

「ふーん、じゃ、消し炭になってさよならバイバイ」


 そう言って僕は魔法の出力を上げて強化した。

 

 何やら身体に耐魔法の呪文を施してるからまだ無事みたいだけど、時間の問題だろう。


 よく観察して見ると、彼の刺青が少しずつ薄くなり、消えていくのが見えた。

 おそらく刺青が完全に消えるとそれ以上身を守る事が出来ず、まともに僕の魔法を喰らって消える。


 僕が魔法を出し続ければ直ぐにでもヤーナンは消し炭になるだろう。


「ぎゃああああああああ!や、やめろ!やめてくれェェェェェェェェ!」

「じゃあなんて言うの?」

「ううう~~~ああああ~~~~クソッがァ!」


 僕が確認するように聞くと、ヤーナンは唸るように叫ぶ。


 そして。


「わかった!わかった!言う!言ううううううよ!ま、魔法使い……最高!ま、魔法使い万歳!」

「えっごめーんぼくのまほーのおとがおっきくてきこえなーい。もーいっかいいって。あと『タマリ様天才!』って言って」

「き、聞こえてんだろ!?」

「あっそういう態度取るんだ。じゃあ死んでちょ」

「魔法使い最高!!魔法使い万歳!!!タマリ様天才!!!!」


 ヤーナンは喉から血が出てそうな程に大声で叫んだ。


 僕は奴の手札を完全に粉砕し、心を折った。


 この勝負、僕の勝ちだ。






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