第65話 そこにいろよ、クソ野郎①
グラス産業の最上階にて、セアノサスとアルバアムは黒い椅子に座りながら、お互いを黙ったまま見つめあっていた。
「……なにか」
先に口を開いたのはセアノサスだった。彼女は低い声と冷たい目でアルバアムに話しかける。
「いや、君は今何を考えているのかと思ってね」
「そうですか」
「サビターさんと居た時はあんなにも感情が溢れ出ていたのに、今はまるで海の底の氷を見ているみたいに冷たい雰囲気だから、ギャップを感じていたんだ」
「はぁ」
セアノサスはぶっきらぼうに返事をし、まともに話そうとはしなかった。
「なぁ、聞かせてくれないか。最愛の人を刺すというのはどんな気分だった?」
アルバアムは微笑みながら物騒な事を聞いた。
彼の言葉に対してセアノサスの瞳は更に細くなり鋭くなる。
「そんな怒る事ないじゃないか。話題作りにはもってこいだろう?」
「だとしたら最低な話題ですね」
「まぁそう怒らないでくれたまえ。どうやら話すのは嫌みたいだ、なら私の話をしよう」
アルバアムは微笑みを絶やさないまま穏やかな表情で語り始める。
「私には最愛の人をナイフで刺すなんて経験はないが、最愛の人なら私にもいた。ジェーンという名前でね、彼女は笑顔が素敵で優しい女性だった。貧しい暮らしではあったが、彼女とビリオネがいれば私はそれだけで幸せだったよ」
「……」
アルバアムは思い出すようにしみじみと語る。
顎髭を手で撫でながら昔を懐かしんで語るその姿は、バイオテロを起こし、国王に反乱を起こしたテロリストには到底見えないとセアノサスは一瞬だけ感じた。
「ある日私が仕事から帰ると、家が荒らされていた。どうやら強盗が入ったらしく、中は酷い有様だった。犯人もバカな男だ、貧民街に住む家に金目の物などあるわけないのに」
「何が起こったかは知っていますよ。実際は都心部の銀行で強盗をしていた男が偶然偶々貴方の家に押し入り、抵抗した貴方の妻が刺殺されたんでしょう。悲劇でしたね」
「それは表向きの情報だろう?詳細は知らないはずだ。ジェーンは強盗が入って来た時、一緒にいた娘のビリオネを棚の中に隠し、彼女を守ったんだ。彼女も隠れるか、逃げればよかったのに、娘を守る為に刃物を持って強盗に立ち向かったんだ」
「その結果彼女は逆にナイフを奪われて腹を刺され、失血による出血性ショックで死んだ。ジェーンは貧民街で生まれたせいか、自分本位で利己的な性格だった。自分以外は全て敵、もしくは利用する道具、そう考えて生きてきたはずなのに、彼女が死ぬ前にした事は、娘を守るために自分の大切な命を使ったんだ。母親というものは、そういう事が出来る生き物なのかもしれないね」
「……」
「家族の為に命を張るのは父親であり夫である僕の仕事なのに、彼女は僕の代わりにその責務を担ったんだ」
アルバアムは悲劇の過去を淡々と穏やかに語り、その姿にセアノサスは同情、それと同時に不気味さを感じていた。
自分の大切な人間が無残に殺された過去を口にしているのに、微塵も精神にブレがなかった。
「僕が家に戻った時、実はジェーンにはまだ息があった。ビリオネは倒れてる彼女の元で両膝を突いて呆然としながらも出血部分を手で抑えていた。僕は横たわって荒い息をしている彼女に必死に声を掛け続けたよ。大丈夫、大丈夫だなんて誰の為にもならないウソの言葉を呪文みたいに唱え続けた」
「回復術士は呼ばなかったんですか?」
「勿論呼んださ。でも彼等曰く魔法はタダで使うものじゃないらしい。貧民街の人間を助けようなんて人達は誰も居なくて、どこも門前払いだった」
「彼女はか細い声で何度も死にたくない死にたくないってうわ言のように呟いていた。僕はまた何度も大丈夫大丈夫って馬鹿みたいに言い続けたよ。もしかしたら彼女にじゃなくて僕自身に向けて言っていたのかも」
アルバアムは自分に起きた悲劇の過去を話しているはずだが、その様子はどこか他人事のように語っている様子は、セアノサスに違和感をもたらした。
だが、今は彼に同情を抱いて絆されるわけにはいかない。
彼女には絶対に手に入れなければいけない物がある。
「世間話もそろそろにして、報酬を貰いたいのですが」
「ああ!そうだったそうだった。聖者の花だったね。今差し上げよう」
そう言ってアルバアムは壁に顔を近づけ、網膜認証で壁が開き、中から白く冷たい煙が中から漏れ出すように、逃げ出すように溢れ出る。
銀色の片手サイズの小さな容器をアルバアムは両手で大切そうに抱え、セアノサスに渡す。
透明なガラス越しには真ん中の柱頭が白く鈍く光を発し、花弁は紅く強く発光する通常では目にすることの無い一輪の花があった。
セアノサスは本で見た物と全く同じ物である事から、本物である事を理解し、顔が一瞬綻んだ。
これさえあれば、サビターを治療することができる、彼女はそう確信した。




