第63話 負け犬のスペシャリスト
「こほん、えーと、ちゃんと機能してるかなこれ」
セアノサスが困ったように言う。
だが困っているのは俺たちなんだよ、と俺は内心呟いた。
いきなり消えていきなり刺して俺を上からゴミ箱にぶち込んで、俺はこんなにも打ちのめされているというのになぜこの女は平気そうな顔をしているのか。
「てんめぇこのクソアマがぁ。よくもいけしゃあしゃあとここに来れたもんだなぁええ?」
俺はセアノサスの眼前にまで近づき、目線を合わせてガン見した。
「……」
しかしセアノサスは動じない。
というより俺を見ているようで見ていない。
こんなにも近いというのに、俺と目があっていないのだ。
「あっ、言い忘れてました。これ事前に録画しているのでこっちには何言ってるのか聞こえないのでご了承ください」
セアノサスは説明口調で丁寧に話す。しかしそんな彼女の言葉は今の俺の煮え繰り返った脳味噌では正常に処理しきれていなかった。
「てめなに与太こいてンだこら?俺を刺しやがって。お前に刺された所な、全然完治してねぇんだよ。しかも見ろタマリを!アイツまだ煙が目に入って泣いてるんだぞ!?」
俺は未だ煙を直に浴びて涙と鼻水を垂れ流し、アリーシアが水で洗い流して応急処置をなされているタマリに指で示し見せる。
「うわ〜ん目が痛いよ〜!」
タマリが手で目をぐりぐりこすりながら鼻水をすすり、一瞬セアノサスを無表情なままチラリと見る。
しかしセアノサスは反応を示さない。
「ああ〜!鼻の奥が燻製みたいな匂いがするよ〜!」
そんな彼女を見て再び泣き顔に戻り、泣きべそをかきながらゴロゴロとアリーシアの膝の上で暴れる。
「あーあ!タマリ泣いちゃった!泣いちゃったよ!どう責任取れんのこれ?」
「…多分貴方のことだからまだ理解できてないと思うけど、これ過去の映像だから。こっちには何も聞こえてないですからね」
俺は喧嘩腰でセアノサスに絡むが、彼女は呆れた様子で言う。
「ほ〜ん。俺達にここまでしといてそんな態度取るんだな!?」
「サビター、これ本当に聞こえてないらしいぞ」
アルカンカスはそう言ってセアノサスに近づき身体に触れた。
「オイオイ初対面の相手にいきなりセクハラか?随分堂々としてるなぁ」
俺はゲラゲラ笑いながら言った。
がしかし、アルカンカスの手はセアノサスの身体には触れられず、彼女の身体を奴の太い腕が貫通して身体が透けた。
「お、おいまさかコイツもう……死んだのか?だから身体透けて……」
俺は顔を青ざめさせ、冷や汗を垂らしながら言う。
俺の言葉を信じてしまったせいか、タマリやアリーシアが俺と同じような恐怖を抱いた表情になる。
「いや、これは彼女がさっきから行っている通りただの映像だ。実際には彼女はいないし、ましてや死んでもいない」
「そ、そうですか、よかった……」
「う、うん」
「お前ら本当にバカだな。俺の大根役者も舌を巻く演技に騙されやがって。お前らのその間抜けヅラ、めちゃくちゃ面白かったぞぐぇ!?」
俺は二人に指を指して嘲笑う。すると怒りを露わにしてブチギレた二人が俺をそれぞれ人差し指で俺の目を突き、囲んで袋叩きにした。
「こっちゃ大切な仲間が突然消えて心配してるってのにさっきからなんなんですか貴方は!良い加減温厚な私でも殴りますよ!?」
「くたばれサビター」
「目が痛い!痛いよー!」
「ふふ、さっきの僕と同じじゃん。ウケる」
俺は床に這いつくばり、蹴りを腹に受けながら呻く。
まだ俺は胸の傷が癒えていないのに容赦無く目潰ししたり蹴りを入れたり、こいつらはなんなんだ?絶対人間じゃねぇ。
「まずは、ごめんなさい。貴方達を裏切るような行為をしてしまった」
セアノサスはそう言って頭を下げた。
その表情は罪悪感に満ちた物で、目の奥には悲しみが見えた。
「私の名前はライラック・フォルストフではなく、セアノサス・ブルーハート。かつてそこにいるサビターさんと同じギルドにいた仲間です」
「「えっ?」」
セアノサスの言葉にアリーシアとタマリが驚いた表情になる。
「なるほど、何か隠し事がある方は勘づいていたが、まさかこうなるとはな」
アルカンカスが納得するように言う。
「私はサビターさんの記憶が無くなる病気を治療するために旅に出て、錬金術の修行をしていました」
「サビターさんやっぱり頭の病気だったんですね。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに。私達も多少の配慮はしますよ」
「サビターの頭の中は錆びたー」
「うるせぇよ」
二人はプゲラプゲラと阿保みたいな顔で俺をバカにしながら笑うその姿は俺に対して威厳もへったくれもまるでない。
「多分アリーシアさんとタマリくんがサビターさんをバカにしてるんでしょうけど、話を続けさせてもらいますね」
セアノサスはため息を吐きながら言う。
「雑草は街の人達を互いに争わせ殺し合いをさせています。ですがそもそも、なぜ貴方達が他の人達と違って意識を失って暴徒化してないのか。それは私が貴方達に飲ませたポーションに恐怖付与や錯乱状態を阻害する効果を持つ成分を含ませていたからです」
「そーいえば今気づいたぜ。確かに俺達イカレてねぇな」
「元々頭がイカレているからじゃないでしょうか」
「それ言ったらお前らもだろうが。いちいち喧嘩売りやがって。そんなに俺が嫌いか?」
「嫌いだったらわざわざ追いかけてゴミ箱から救出したりしないですよ」
アリーシアは黒い髪を指でくるくる巻き上げながら恥ずかしそうに言った。
こいつは俺以外の人間には素直でイイ女なのにどうして俺に対してだけは冷たく当たるのだろうか。
もしかしてコイツ俺の事が好きなのか?
「違いますけど」
「何も言ってねぇよ!」
アリーシアはまるで俺の心を覗いたかのように否定した。
「サビターさんを治すのに必要な物を、雑草が持っています。私はそれを手に入れ、治療薬を作って貴方に届けたその後、ジョニー団長達を呼び戻して彼等を一掃してもらうつもりです。ですがもしかしたら……」
セアノサスは沈黙し、俯く。
何か言おうとしたが、すぐにそれを口の中へと戻し込んだ。
そしてすぐに顔を上げ、前を見据える。
「安心してください。必ず薬を作って貴方の元に届けますから」
セアノサスは微笑みながらそう言った。
下手をしたら自分が殺されるかもしれないのにまるで他人事のように、上の空のように言っていた。
「もしこの映像を見ていたら、絶対に私を助けようなんて考えないでください。私なら大丈夫です。上手く奴等を欺いて貴方達の元に戻ってきますから。それに私、結構強いんですよ?」
セアノサスはそう言って服の袖をまくって腕を見せる。細いが密度のある筋肉量だった。
「あっ、もう時間がないや。それじゃあ皆さん、今度また帰ってきたら騙してたことを改めて謝罪させてください。それじゃあね!」
セアノサスの姿はそこで消えた。まるで煙に巻くようにゆらゆらと消えていった。
「明らかに嘘だな」
アルカンカスが腕を組みながら目をつむって言う。
「ええ、作り笑いが多かったです。虚勢を張ってました」
「ぜったいにピンチだよ」
アリーシアとタマリも頷いて言う。
雑草…アイツはイカれてるが危機管理能力は一流だ。今まで正体を掴ませず、10年以上もこんな大層な計画を練り、実行に移したのだ。
しかも常に人を疑ってかかってる奴の事だ、セアノサスの事も心から信用しているわけじゃない。必ず何か張っている。
「さてここで問題なんだが、うちの大将はこれからどうするのだろうか」
アルカンカスが俺に顔を向けて言う。
アリーシアもタマリも、俺の顔に釘付けだ。
これから俺が何を言うか待っている、というより期待している。
俺がこれから言うことを。
「…俺は負け犬だ」
「「「は?」」」
3人は素っ頓狂な声を出した。
何を突然言っているんだこいつは、とでも言いたげな呆れた目をしている。
俺がこんなことを言うとは思わなかったのだろう。 なんとも間抜けな顔をしていた。
「俺は不死身だって調子に乗って頭に爆弾受けて死にかけて、しかも俺の頭を治すために後輩が体張って無茶やってんのに、そんなこと知らずに薬売ってギルドから追い出された。しかもお前らみたいなアホタレ特戦隊みたいな奴等雇ってケーキ屋なんか経営してやがる」
「私達の事バカにしてます?」
アリーシアはそう言いつつ俺を睨む。
「少なくとも金欲しさに薬売ってる負け犬共なのは間違いないだろ」
「じゃあそう言う貴方はなんですか!?負け犬界のピットブルですか!?」
「ああそうだよ!俺は全部失った!ギルドの地位も仲間の信頼も!おまけに俺の不死身のアイデンティティも失いかけた!」
俺がそう言うとアリーシアは黙り、タマリは俯き、アルカンカスは鼻でため息を吐く。
「俺は言わば負け犬のスペシャリストさ。後のことも碌に考えずその場凌ぎの快楽の為に金を使って、薬を売って戦争でムカつくから人も殺して、俺以上のクズ野郎がいるなら連れてこいよ。まとめてノックダウンしてやるからよ」
俺は捲し立てるように言った。必死に喋る俺のそのあまりの勢いに3人は圧倒されて口を挟まない。
「ああそうさ、俺達は薬売りの人殺し、テロリスト、犯罪者。これ以上犯罪歴数えたらオードブルになりそうなくらいのクズ達だ」
「言い過ぎだろ」
タマリが鼻をほじりながら死んだ目で言う。
「だがな……」
俺は一呼吸置く。
これだけは言っておかなければならないと感じた。
「そんな俺達でも仲間だけは絶対見捨てねぇ。見捨てちゃならねぇ。さっきは腑抜けた事言っちまったが、ここでアイツ見捨てたら本当のクズになっちまう。だから、あのお節介な俺達の仲間を連れ戻すぞ。文句ある奴いるか?」
「「「ない(です)(よ)」」」
アリーシアとタマリとアルカンカスは即答した。
コイツ等がそう言うだろうとはわかっていた。
だからあえて聞いた。本人達の口から直接聞きたかった。
コイツ等は基本的に馬鹿だ。
俺も含めてだが。
それでも俺達は元々口に出さずとも、共通の信条だけは持っているらしい。
「じゃあ行くか」
そう言って俺達はお互いを見やる。
見合うと俺達はまず最初に、イタズラ小僧のように怪しい顔で笑った。




