第55話 久しぶりに友達と会うと人は何から話せばいいか分からないものだ
ジョニーの口からセアノサスという言葉が出て、幹部達は顔から驚きの感情を露わにする。
幹部達は出入りは激しく、セアノサスは幹部ではなかったが、優秀な回復術士として活躍していた事は、メンバー全員が覚えていた。
「セアノサスって、10年くらい前に失踪したあの嬢ちゃんか!?なんで今その子の名前が出てくるんだよ!?」
「サイラルクの弟子になったとは聞いた時は訳がわからなかったけど、なんであの子が……」
「待ってよ皆。そもそもセアノサスが消えてから10年以上は経つ。当時は10代の女の子だった。なら20代後半になってないとおかしい。でもこの映像に映っているのは明らかに子供だよ。しかも顔も違うし」
ギズモが冷静に分析しながら皆に落ち着くように言う。映像に映っているライラック・フォルストフという少女はセアノサスとは面影が重ならない。年齢も顔も身体的にも、何もかも違うのである。
「セアノサスはサイラルクから高度な錬金術を学んだ。この姿は錬金術を使って変装しているのだろう。俺もまだ詳しい事は聞けていない。だが彼女がこちらに『雑草』の情報を流している事は確かだ」
映像はライラック・フォルストフから緑色の髪の男に切り替わった。
「セアノサスの情報と、イアリスの潜入任務の裏取りによれば、この男、アルバアム・セスペド……通称『雑草』がこのウィルヒル王国のドラッグビジネスを裏から仕切っている」
「アルバアム・セスペド……たしか結構前から貧民街向けの慈善事業なんかもやってるイケイケのグラス産業の社長じゃあなかったかい?しかも娘のビリオネ・セスペドはこの国一番のスイーツショップを営業してる親娘揃って腕の立つ商売人じゃないか」
「オイオイマジかよ、俺その会社のプロテイン毎日飲んでんだぞ?もう買えねぇよ!」
「私もヴァリエールのお菓子好きだったのに、なんだか買いに行きづらくなってきたわぁ……」
「僕はジャーキーが好きだったな……」
ヘリエスタやナックル、ギズモが思い出すように話す。幹部達はそれぞれ驚いたり残念がったりした。
アルバアム・セスペドという男はウィルヒル王国の商いの一角を担い、国内で知らぬ者は居ない程であった。しかしそれは、表だけでなく裏の世界にも言える。
「私がこの男の経歴を説明をするわ。アルバアム・セスペド。43歳。ウィルヒル王国シェルバル区出身。俗に言う貧民街よ。12年前に妻のジェーン・セスペドと死別。死因は貧民街の住人に腹部を刃物で刺されたことによる失血死。そして彼はその後、グラス産業を立ち上げて一大商会へと押し上げた。現在は他国とも商売を続けているわ」
「そして裏の顔は違法ポーションで金儲けしてるクズと来た」
ウィローがナイフを上に投げ、重力で落ちてきたそれを再び上に投げながら弄びながら言う。
「ソイツは真っ先に殺す。サビターへの制裁はその後だな」
「いや、サビターは標的から外す。今回はアルバアムを捕まえるんだ。殺すのではなく──」
ジョニーの言葉にウィローが「待て待て」と言って言葉を遮った。
「団長、アンタちょっとアイツに甘すぎねぇか?アイツを追放処分にした時もそうだったぜ。ブタ箱にぶち込んでおけばいいのに、アンタは退職金もたんまり渡してお咎めなしにしやがった。それで部下に示しがつくのかよ?」
「サビターは先のマッドギアとの大戦で停戦協定を結ばせるほど貢献した男だ。それに、今の奴の頭の状態を知っているだろう?特効薬が見つかれば奴は以前のような善き人間に戻る。今回のアルバアム確保はそのためでも──」
「そーいう職権乱用がダメだっつってんだ!アイツはクスリを売ったんだぞ!?アンタの忠告に背いて二回もな!あんなロクデナシは即刻制裁を与えるべきだ!それに、このことが下のギルドメンバーに知れたらタタじゃ……!」
「ウィロー」
ジョニーの保守的な態度にしびれを切らし、ウィローは声を少し荒げてジョニーに物申したが、ジョニーは無表情のままウィローの目を見据えた。魔力を放出してすらいないのに、彼の身体は警告音を発した。視線だけで金縛りに遭ったかのような感覚をウィローは覚えた。
「俺より奴との付き合いが短いお前が奴を語るな」
ジョニーの鋭い抜き身のナイフのような目でそう言い、彼に気負されたウィローは俯いて「すみません、団長」と敬語口調で謝辞を述べた。
「確かにサビター達五人はポーションを売った。しかし不思議な事に、そのポーションは闇市場に流通していない。ドルソイやイアリスが調べたが、そのようなポーションは一つも確認はされなかった」
「あぁ?映像を見た感じ結構な量を売買してたろ?なのに市民に売ってないのか?」
「ああ。そこでイアリスにアルバアムの会社及び屋敷に潜って調査してもらった。イアリス、改めて調査報告を頼む」
ジョニーはそう言ってイアリスにバトンを渡した。彼女は「分かったわ」と言ってジョニーの代わりに話し始める。
「まず、私はグラス産業のお偉いさんに取り入ったわ。勿論私のやり方は知ってるわよね?」
「その豊満なおっぱいでしょ?僕。よく知ってるよ人間の雄は乳と臀部に弱いんだ」
「違うわギズモ。その男は膕が大好物だったのよ」
「えっ?なんだって?ヒカガミ?なんでそんな所に興奮するの?」
「ふふ、貴方ももう少し人間を学べば分かるわ」
「いやそんな人間知りたくもないよ」
ギズモは舌を出して「オエッ」と嫌悪感を示す。膕とは人間の膝裏の部位である。人間とはよく分からない。何故そんな所に性的興奮を見出すのだ、ギズモは理解に苦しんだ。
「話が脱線したわね。私はグラス産業の経営幹部の男を篭絡し、機密データを漁っていたの。その中には、ある極秘計画があった」
イアリスはそこで言葉を止める。何か言葉にするのに少し抵抗があるような表情で、それを見たヘリエスタが「なに?なんなの?」とイアリスの言葉を急かして待った。
「計画名はプロジェクト・ヒール。目的はウィルヒル王国の浄化、そして支配……」
「支配って…まさか、国家転覆を企んでるってぇのか!?」
「でもぉ、どうやって国家転覆しようなんて考えてるの?そんな簡単なものじゃないでしょう?」
「プロジェクト・ヒールには【女神の毒牙】を使用すると書かれていた」
「女神の毒牙ってのは?」
ナックルは首を傾げながらイアリスに聞いた。
「サビターの身体に入ってる【女神の血液】の副作用は知ってるわよね」
幹部全員に聞くように全体を見渡してイアリスは言った。幹部達は各々頷く。
「サビターの身体には傷ついてもウイルスに感染してもそれらを全て癒す常時回復能力が備わっている。でもそれは不完全な物だった。副作用として記憶の消失という脳障害を伴うの」
「ああ、アイツたまにおかしい所あったもんな。知ってるはずの情報を覚えていなかった時あったし」
「サビターがおかしいのは記憶に限った話じゃないわぁ毒沼の中にある龍を討伐する任務の時にいくら不死身だからって爆弾身体に巻き付けて毒沼に突っ込んで心中する勢いで倒した時なんか、私彼のバラバラ死体見た時なんか吐いちゃったもの〜」
キルラは思い出す様に語り、いざ口に出して話すとその時の光景を思い出したのか、「うぷ」と嫌悪感を示して吐きそうになった。
「そして【女神の毒牙】は回復能力はそれなりにあるけど、その脳障害とは別に他者に対する憎悪、恐怖、錯乱と言った物を付与してしまう。そしてそれはある一定の周波数を発すると発動し、それを摂取した人間は発狂して人を襲ってしまうの」
「それがなんなんだ?一体何の関係がある?」
ウィローがじれったそうにイアリスに問う。イアリスは彼に対してため息を吐く。
「もしそれがこの国で流通している食料品に入っていたら?」
イアリスのその言葉に、幹部達の間に衝撃が走り、会議室内がヒリついた。想像よりも規模が大きく、被害も甚大になることはすぐに想像出来たことだろう。
「オイオイオイじゃあ俺やばいんじゃねぇの?」
「もしかしたら私も~!?」
「僕もグラス産業のドッグフードとかおやつ食べてた気がする……」
ナックルやキルラ、ギズモが慌てた様子で焦りを見せる。グラス産業はウィルヒルでは歴史こそ浅いものの、驚異的な速さで成長し、もはや国を代表する大企業だ。国内ではそのグラス産業の食料品が国内及び国外でも流通し、国内ではほとんどの人間が食料飲料を口にしている。もし計画が最終段階に入っていたのなら、ウィルヒル王国は大きな音を立てて瓦解することになる。
「他人が化け物に見える幻覚作用のあるポーションを人々が飲み食いする物に混ぜ、殺し合わせる。貧民街を中心とした都市から始めるつもりよ」
「貧民街。まさか奴の目的は……」
ウィローの言葉にイアリスは頷きながら「ええ」と言って肯定する。
「おそらく復讐ね。自分の妻を殺した街を住人を殺し合わせるのが目的なんでしょう。でもまだ計画は試験段階よ。今なら実行前に奴等を叩ける」
イアリスは焦り慌てる幹部達に落ち着くよう声をかける。あくまで計画はまだ運用段階には至っていない。まだ時間はあるとイアリスは冷静な態度を取った。
「私が調べた限り、まだ実行段階には入っていない。すぐにでも奴等を捕まえるべきよ」
「ええ、彼女の言う通り。悪人は見敵必殺よ」
ヘリエスタもイアリスに同調し頷く。彼女等の言葉に異論を唱える者は誰もいない。幹部一同は目を鋭くさせる。皆同じ心意気だった。この国に蔓延る悪の温床を絶ち、この国に生きる人々の平和と安全を守る。その決意を胸に、幹部達は団長を見る。皆彼の口から命令を待っていた。
「お前達の得意な事をやって悪党を捕まえろ。この国で悪さをするとどうなるか、思い知らせてやれ」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
ジョニーの言葉を皮切りに幹部達は席から勢いよく立ち上がり続々と会議室から出て行った。既に幹部達は自分のやるべきことを理解し、行動に移し始めた。しかし、フログウェールだけは残ったままだ。まるでこの時のために待っていたかのような佇まいだった。
「どうした、フログウェール。何故まだここにいる?もしかしてまだ寝てるのか?」
ジョニーはフログウェールに近づき、肩に手を置いて揺さぶった。
「ジョナサン、お前俺達にまだ言っていないことがあるだろう」
眼を瞑ったまま椅子に座るフログウェールはぼそりと喋った。ジョニーはフログウェールの言葉に背を向けながら「なんのことだ」と聞き返した。
「セアノサスだ。10年も前に姿を消した元団員が何故今更姿を現した。彼女の目的はなんだ?」
「なんだ、そんなことか。安心しろフログウェール。彼女はこの国のために危険を冒してまで『雑草』の組織に潜入しているんだ。彼女は俺達の味方だ」
「この国のために危険を冒しているのなら、何故ギルドを抜け、俺達を切り捨てた?それはこの国よりも大切な人を助けたかったからではないか?何か別の目的があるんだろう?」
フログウェールはゆっくりとした口調だが、言葉一つ一つは突きつけるような力を持ち、ジョニーは観念したのか、それともタイミングが合っただけか、フログウェールに向き直る。
「ある日、彼女から接触があった」
ジョニーはセアノサスと再会した出来事を話し始めた。