第54話 意外な名前
「イアリス、帰って来たか」
「ええ、団長」
ニーニルハインツ本部ギルドハウス内のそのまたさらに奥にある会議室にて、団長であるジョニーと幹部が全員集まり、円卓に座して会議を開いていた。
麗しい美貌と心を読み取る能力を持つ『透視』のイアリス、
拳のみであらゆる障害を砕く筋骨隆々のワイルドな見た目の『剛腕』のナックル。
隠密と暗殺を得意とする全身黒ずくめの服を着た鋭い目を持つ男、『影』のドルソイ。
最上級回復魔法を習得した、とてつもない包容力を持つ母性の化身のような赤髪の女性『聖女』のキルラ。
人間と同等以上の知能を持ち、椅子の上に背筋を伸ばしながら利口に座っている大型犬、『番犬』のギズモ。
蒼いコートの中に恐るべき量のナイフを隠し持つ投擲武器を得意とする『必中』のウィロー。
顔や手は痩せ細り、うつらうつらと眠そうにしているの齢200を超える老練の魔法使い『魔導』のフログウェール。
女性でありながらナックルと負けず劣らずの筋肉質な戦の神の血を引くデミゴッド、『半神』のヘリエスタ。
計9人が揃い、イアリスの報告を待つように彼女に注目する。
「普段は全然集まらない幹部が雁首揃えて呼び出されたってことはデカい獲物を釣り上げたってことだよな?」
「確かに……私達がこうして集まるのって久しぶりよね。ナックル、久々に腕相撲しない?」
「おお!何なら今やっちまおうぜ!」
ナックルが自慢の太い腕にコブを作りながら言う。
「何故俺達幹部が集まりにくいか教えてやろう。それはお前の筋肉アピールがウザいからだ」
ぼそりと『影』のドルソイが呟いた。彼の言葉にナックルは頬をぴくりと痙攣させながらにこやかな顔でドルソイを見る。
「えっわりぃ、ストローみたいな喉から声出してたせいかな、何言ったか聞こえなかったぜ。もう一回言ってくれや」
「ああすまない。肉に鼓膜が圧迫されて聞こえなかったか。ダイエットでもしたらどうだ?」
「ドルソイ、あまり人を馬鹿にするものじゃないぞ。その性格、少しは直すべきだ」
「お前はもう少し食生活を見直したらどうだ?そんなデカいと男が自身を無くしてお前に言い寄らなくなるぞ」
「……へぇ、中々言うじゃない」
ヘリエスタとドルソイとナックルは穏やかな顔で微笑みながらお互いを見合った後、椅子をけばしてドルソイへと向かった。距離は数十センチほどで向かい合っている。
「テメェこの全身黒づくめの陰気クソ野郎が……」
「私達に喧嘩をうるのはコンプレックスの小さい身長のせいかな?牛乳飲みなよ、牛乳」
「オイ、オイ。あまり寄るな。プロテインの匂いがこっちにまで移るだろ」
先程まで何事もなかった3人が、今は殺意マシマシでお互いを睨み合い罵倒し合う。
会議室には緊張が走り、もはや一触即発、すぐにでも殺し合いが起こってもおかしくない雰囲気だ。しかしその場にいる幹部達は二人を諫めようとする気配はない。なぜなら───
「会いたかったぞコノヤロー!相変わらず軽口が多い奴だな!」
「ドルソイはツンデレだからねぇ!本当は会えて嬉しい事なんて丸分かりだよ!」
「ふっ、お前らは相変わらずパーソナルスペースを知らないようだな。まぁいいがな」
さっきまでの血の気の多さはどこへやら、二人はお互いハグをして久々の再会を喜んだ。
「あのさ、どうせ仲は良いのにどうして会うたびにわざと険悪な雰囲気にするの?なんでなの?」
『番犬』のギズモは首に巻き付けてある機械から声を出して2人に文句を言う。
「仲が良くて結構な事じゃない。素敵な関係だわ〜」
「そうだ、身内が殺し合う場面なんて遭遇したくねぇだろ」
「人間の考えている事は分からないなぁ」
キルラの言葉に同意するウィロー、そしてそんな彼等に混乱しつつギズモは後ろ足で耳を掻く。フログウェールはイビキをかきながら気持ちよさそうに寝ていた。
幹部達は独特の雰囲気を持ちつつも、それぞれがお互いを尊敬し合っていた。
彼等、ニーニルハインツの幹部の入れ替わりは激しい。幹部のメンバー達は時折10人以上になる事もあるが、大体は任務で戦死するか、後遺症を負って引退せざるを得ない者や、家族という大切な存在が生まれ、残して死ねなくなった者達が引退などをして数が増減するのが彼等ニーニルハインツギルドの慣例だった。
「今日我々がこうして顔を合わされた事は本当に嬉しく思う。しかし、時は一刻を争う。さっそくで申し訳ないが本題に入らせてもらう。構わないか?」
ジョニー団長の言葉に、浮き足立っていた幹部達は口をつぐみ始めた。畏怖からの沈黙ではなく、尊敬や敬愛から生まれるものであった。
「最近、ハーレムがこの国で流行っていたのは知っているな?」
ハーレム。それはこの国、ウィルヒル王国で蔓延していた違法ドラッグの事である。ニーニルハインツギルドはこの違法ドラッグの取り締まり及び摘発、最終的な目標は元締めや黒幕を引き摺り出して捕まえることにあった。
「ああ、クスリ売ってるクソヤロー共をぶっ倒す計画だろ。何か進展があったんだな?」
ウィローが右手の指でナイフをくるくると回して遊びながら言った。
「イアリスとドルソイが潜入調査をした結果、黒幕の正体に行き着いた」
ジョニーの言葉にイアリスとドルソイ以外の幹部が顔を輝かせる。
「それ本当かよドルソイ!お前大活躍じゃねぇか!胴上げしてやろうか!?」
「よせやい。あまり褒めると俺は調子になってしまうぞ」
「やっとこの国の薬物問題が解決するのね。良かった……イアリス、頑張ったのね」
ナックルとキルラがドルソイとイアリスを褒め称える。
「悪い奴らをぶちのめすチャンスだ!」
「いいね、やってやろうぜギズモ。それで団長、ターゲットは誰だ?」
ギズモとウィローがギラついた危険な笑みを浮かべながら言った。それぞれいろんな反応を示し、ジョニーの言葉の続きを待った。
「一つずつ説明する。まずはこれを見てくれ」
ジョニーの言葉の後に、部屋が暗くなった。そこにはフードを被った魔法使いが魔法で円卓の中央にドーム上の光の粒子を放出し、その中にある男の顔が映される。
「こいつはタレクという男だ。この男がハーレムの売人兼製造者だということが調査によって分かった」
「なるほど、ソイツをぶん殴りに行けばいいわけだ」
ナックルがジョニーに確認するように言うと、ジョニーは首を横に振った。
「いや、この男はすでに死んでいる」
「え?マジか」
「貧民街で死体として発見された。遺体の損傷が酷く、判別するのに時間がかかったが、本人で間違いない」
「悪い奴が悪い奴に殺されて万事解決……って言いたいけど違うんだよね?」
ギズモが確認するように聞くと、ジョニーは「ああ」と答える。
「この男が死んでハーレムの供給は止まった。だが新たな売人が出現した。それがこの5人だ」
ドーム上の光はタレクからある場面へと切り替わった。その中には複数の売人達と、とある5人の人物が並んでいるところを切り取られた瞬間を映していた。
「なんだコイツら。なんで猿とパンツ一丁のおっさんがいるんだ?」
ウィローは困惑しながら見つめる。他の幹部達も頭に疑問符を浮かべながら見ていた。
「音声や動画も撮ってある。再生してくれ」
ジョニーが部下の魔法使いにそう言うと、魔法使いは「はっ」と言って呪文を唱えた。すると光の中の5人と取引相手の声が聞こえ、動き始めた。
『すみません、何故今回は少女ではなく猿を連れてきたのですか?』
『あー、社会実験だよ。雌猿にポーションの取引を覚えさせるんだ。気性が荒くてわがままだけどもしかしたら性格が多少は良くなるかも──』
『うきゃああ!!』
『ぐあ!痛ェ!痛ェよライ…ライリー!バナナ!バナナやるから大人しくしろ!』
『ぎゃあっ!顔を引っ掻くな!殺すぞテメェ!』
映像の中は猿に襲われる男の姿があった。何故か猿は男に執拗に爪を立てて引っ掻こうとしていた。そしてその光景をゲラゲラと仲間の3人がおもしろおかしそうに笑って見ていた。仲が良さそうには見えない。
「…なるほど、コイツらはド級のバカだな。俺でもわかるぜ」
ナックルは鼻を鳴らしながら笑って言った。その反応を見て何故かジョニーも同じように笑って応える。
「ふっ、確かにバカではあるな。重要な取引をしているのに喧嘩するとは。余程胆力のあるバカなのだろうな」
「なんで団長はそんなに嬉しそうなの?」
ギズモは疑問を口にしたがジョニーはそれには答えず、映像の再生を魔法使いに促した。
『あんぽんたん!あんぽんたん!お尻の子供はレンタルビデオ!』
『はいお薬の時間だよ〜飲もうねヤクチュウ〜』
顔をさらに引っ掻かれた男が半裸の男の口を掴み、無理やり薬を喉に流し込ませた。半裸の男は抵抗するものの次第に力無くダランとして動かなくなる。
『はっ!やっと正気に戻れた!ふやあ〜〜〜美味しい〜〜〜もう一杯もう一回もう一回〜』
そこには気が触れていた半裸の中年男に謎の小瓶に入った液体を飲ませ、正気に戻った男が小瓶のお代わりを求めていた。
「マジでなんなんだコイツ等。見てると具合悪くなってきたんだが」
「ねえこの人間達は何をしているの?」
「この変な人達は何者なの……?」
ウィローとギズモとキルラは困惑しながら映像を見ていた。ジョニーとイアリス、そしてドルソイ以外の三人は皆ポカンとした顔で眺めていた。猿に顔をひっかかれた男が頭がおかしい半裸の中年男に謎の薬を盛っている光景を見せられているのだ。頭の中がこんがらがっても仕方がないだろう。
「この五人組はタレクの後釜となった新たな違法ポーションの製造人だ。顔が映っているが、マッドギアの技術を使って変装をしている。しかしドルソイが密偵をしたおかげで真の顔が割れた。こいつらの正体は……」
円卓中央の映像がパッと切り替わり、そこに映し出されていたのは、変装していた五人の本当の姿。その中心人物を見てジョニー、イアリス、ドルソイ、そして未だ眠ったままのフログウェール以外の幹部達は目を見開き、口をあんぐりと開けて驚いた。
「「「「「サビター!?」」」」」
写っていたのは、呆けた顔で小指で鼻をほじってアホ面を晒しているかつての彼等の仲間、ニーニルハインツ元幹部、『不死身』のサビターだった。
「なんでサビターが写ってるのかしら?というか凄くブサイクな顔ねぇ~アンゴラガエルと同じくらいブサイクだわ〜」
「サビター…何をしてんだか……そもそも顔どうなってるんだ?」
「アイツ更生したっつってなかったか!?俺の拳が足りなかったのか!?てか顔キメェなオイ!」
「ZZZ……」
「こんなアホ面見た事ねぇな!アイツこんな顔変だったか?」
「人間って時間の経過でこんなに顔キモくなるの?」
それぞれ特有の反応をしながらサビターの顔を見て驚く幹部達。大半が彼のタイミング悪く盗撮された顔に対して言っていたが、ジョニーはそんな事はお構いなしに話を進めようとした。
「団長、その……まさかなんだが、サビターが……」
ナックルが言いづらそうにジョニーに聞くと、ジョニーは首を縦に振って「そうだ」と答えた。
「サビターがタレクに代わる違法ポーションの売人だ」
「なにやってんだよ!散々俺達に詰められたのにまたやってんのかアイツ!」
「アイツバカだと思ってたけどここまでくるとヤバいだろもはや」
「これは本格的に牢屋で反省してもらわないとこまるわよね〜……」
ナックルが頭を抱え、ウィローは呆れてキルラはほとほと困り果てたような表情を浮かべる。
「団長、じゃあ私達はサビターをシメてここに連れてこれば良いの?」
ギズモが唸りながらジョニーに聞いた。今にも誰かに噛みつきそうな顔に、キルラが頭を撫でて「よしよし落ち着いて」と宥める。
「いや、サビターは一旦無視でいい。アイツは関係ない」
「はぁ?でもアイツをぶちのめして摘発すれば違法ポーションは没収、そして街に回る事は無くなるんじゃないんじゃあないの?」
ヘリエスタが疑問を口にする。周りも同調の意思を見せる。
「……周りくどいぞジョナサン。もったいぶってゆっくり話すのは感心しない」
ボソリと小さなしゃがれた声で喋ったのは、今の今まで眠っていたフログヴェールだった。フログウェールはジョニーをジョナサンと呼び、咎めるように言うと、ジョニーは「すまない」と謝った。
「サビターを捕まえても意味はないんだ。俺達が捕まえるべきなのはもっと上の大物。この国の違法薬物を統べる存在だ。我々はとある協力者の情報提供によってその大物の正体に辿り着いた」
「協力者?誰なんですか〜?」
「…俺達なら知っている人物だ」
円卓中央の光の粒子がサビターから別の人物に切り替わる。そこに映っていたのは、ピンク色の短髪の少女だった。
「彼女はライラック・フォルストフ。サビターの下で違法ポーションを作っていた製造人だ。だがそれは偽名。本当の名前は──……」
ジョニーは一瞬言い淀み口を結んだが、次の瞬間には迷いを振り払い、意を決して口を開く。
「彼女の名前はセアノサス・ブルーハート。俺たちのかつての仲間だ」