第52話 人間誰しも裏の顔はあるものだ。
「『雑草』……?アンタが?マジで?」
アルバアムの正体に俺は口をあんぐりと開けて驚いた。
「嘘ォ〜……」
「わぁお」
アリーシアもタマリも目を見開いた状態で驚いていた。何故かアルカンカスとライラだけが平静を維持していた。
「君達の事は最初から知っていた。普段は自分の本当の姿を明かしたりはしないんだが、君達は特別だ。上質な商品を提供してくれているのに顔も見せずにいては信用問題に関わる。そうだろう?」
「そりゃありがたいけどよ、俺達を知ってたなら知ってたって始めの段階から言ってくれよ」
「言おうかと思っていたさ。でも君達、変装を楽しんでただろ?水を差すのも悪いと思ってね」
アルバアムは笑いながら言った。ノリノリで変装しながら取引をしていたことを思い出し、俺は若干の羞恥心を味わった。
「でもなんでライラさんが造ったポーションをお酒に変えたんですか?」
アリーシアが俺のグラスを奪い取って中に入っている酒を飲みながらアルバアムに聞いて……あ?
「お前何俺の酒飲んでんだよ?」
「いつまでも私に意地悪してお酒をくれないからですよ」
「お前が酒飲んで大暴れするからだろうが!?」
俺は正当な理由をアリーシアに述べたが、アイツは俺の言う事など気にせず一気にグイッと飲み干した。
「くぅ~~~!美味ァ~~~い!」
あーあ飲んじゃったよアリーシアのヤツ。また酔って誰かにダル絡みして物壊すんだろうなぁ。俺はそう思ったが、ほろ酔い状態にはなったものの大暴れする様子はない。大人しいままだ。
「……?」
俺とライラとタマリ、そしてアルカンカスが首を傾げながらアリーシアを見つめる。見続けても、帰ってくるのは同じく首を傾げたアリーシアだけだった。
「凄いでしょうそれ。お酒が苦手な人でも、気が大きくなっちゃう人でも、ポーションの回復能力でアルコールの量をコントロールしていくらでも飲めるようなお酒を造ったんです」
「だから彼女はこんなに大人しいのか」
「また乳首がどーたら語りだすかと思ってひやひやしたぜ」
「別に私はいつでも語れますけど」
「おう頼むからやめてくれや」
アリーシアは美味そうに酒を飲む。俺がそれを取り返そうとしたがムキになって背を逸らせてグラスを取られまいとしていた。
「前にも言ったが、貴方達が作ったポーションは格別だ。改めて効果を検証してみたら、戦闘に於いては命に関わる怪我も治し、重い病も快復する。さらには嗜好品として様々な転換も可能。本当に素晴らしい」
アルバアムは俺達のポーションをべた褒めしながら言う。そんなに褒められても作ったのは俺じゃなくてライラとタマリなのだが、せっかくだから俺も乗っかっておこう。
「だろお!?いやぁやっぱアンタ分かってんじゃねぇか!まぁ俺は直接作ってねぇけど、材料は俺とアリーシアとアルカンカスが採って来たんだ」
「確かにこのポーションは皆さんの協力が無ければ実現しなかった。特にそれに一役買っているのはライラさん、貴方です。そこで私は貴方達に提案がある」
そう言うとアルバアムは小切手にペンをスラスラと走らせながら何かを書いていた。
書き終わり、小切手をくるりと向きを変えて俺達に見せる。そこに書いてあったのは1、10、100、1000、10000…そんな数よりももっと多い数字が書いてあった。
「100億グラッド、君達に渡そう」
「「「100億ゥ!?!?」」」
俺とアリーシアとタマリは舌を巻いて驚いた。100億だなんて今まで見たことない額だった。せいぜい1億とか2億とか、そのくらいだった気がする。いや、それでも十分大金なんだけどな?
「これは前金です。取引が確定すればさらに100億。計200億グラッドをお支払いしましょう」
「ちょっと待て待て待て!そりゃ願ってもない取引だが、その金に見合うポーションを作るのにはありったけの材料と時間がいるぞ?」
「いえ、欲しいのはポーションではありません」
アルバアムはそう言うと、ライラに人差し指を向けた。
「私が欲しいのは彼女だ。彼女の類稀なる錬金術士としての才能が欲しい。彼女ならば私の組織の元でもっと活躍が出来る」
「ライラが欲しいって?」
俺がそう聞くとアルバアムはコクリと頷く。
まさかの自分を指名されたライラは驚きも興奮もせず、ただ無表情なままだった。
普通は100億でお前が欲しいなんて言われたら、驚きと興奮と混乱で慌てふためくだろうし、ライラなら尊大な態度を取って「これからはワシの時代じゃなぁ!ガハハ!」なんて調子に乗るはずだ。
しかし、彼女はそんな反応は一切しなかった。そもそもこういう展開になるのが分かっているかのような態度だった。俺には何故コイツがこんな顔をしているのか、それが分からなかった。
この部屋に入って少し経った時からそうだ。ライラの様子がおかしかった。いつもの彼女じゃない。長年一緒にいたわけじゃないが、なにかおかしい、そんな気がした。
「つまり…ライラさんを私達スウィート・ディーラーから引き抜く、ということですか?」
「まぁそういうことにはなる。でも悪い話じゃないだろう?君達は想像にも及ばない大金を手に入れて人生をやり直す事が出来る。特にアリーシアさん、タマリくん。君達にとってはそのために金を稼いでいたんじゃないかい?」
アルバアムにそう言われた2人は何も言い返せなかった。確かにコイツらは元々大金が必要で俺の店に来た。目的は今も変わっていないはずだ。しかし、アリーシアとタマリの背景まで知っているとは、コイツはどこまで俺たちの事情を把握しているんだ?
「それで、どうだろう。ライラさん、君には最高のポストを用意しよう。設備も材料も最高級なものを揃え、資金もいくら使っても構わない。部下も優秀な者を付ける。そして何より君の願いも叶うだろう」
アルバアムのつらつらと並べられた言葉に、ライラはギュッとスカートの裾を握る。俯いていて表情は窺えないが、どんな顔をしているかはなんとなく分かった。
「ワシは…ワシは……私は──……」
「確かにそうだな。俺達は金に問題大有りで悪さばっかして借金して、世間の皆様に白い目で見られるのが日常のろくでなし共だ。金欲しさに薬まで作っちまう犯罪者さ」
「サビター……?」
俺はライラがアルバアムに何かを言い終える前に、割って入って邪魔をした。
「そんなに卑下する必要はない。金は誰しも必要だ。昔私も死に物狂いで集めたものだ。それで今がある。恥じる必要は──」
「でもな、そんな俺達にもポリシーがある」
俺はそう言ってライラを抱き寄せた。
「コイツは物じゃねぇ。俺の仲間だ。金欲しさに仲間売っちまうくらいなら金なんざいらねぇよ」
「アウトローなりの矜持……というやつかな?」
「そんな高尚なもんじゃねぇよ。俺のこだわりだ」
俺がそう言うとアルバアムは「そうか」と言って笑った。何に対して笑ったのか俺には分からなかったが、そんなことは俺にとってはどうでもいい。
「せっかく招いてもらったのに悪いけどよ、アンタの取引には乗れない。安心しろ、お前の正体は誰にも言わねぇ。俺はプロだからな」
俺はそう言うとソファーから立ち上がり、扉の前へと歩む。
「お前ら、帰るぞ」
「え?ああハイ!」
「かえろっか」
「ふっ……」
俺の言葉にアリーシアは一瞬遅れて返事をし、タマリは相変わらずマイペースに答え、アルカンカスは満足そうに笑って鼻で笑った。
だがライラだけはソファーに座ったままだった。
「…ライラ、帰るぞ」
「…そうじゃな。帰ろう」
ライラはクスリと笑うと、ソファーから勢いよく降りて俺の元に歩き出す。その表情はスッキリとした顔だった。嬉しそうな顔をしていた。
「ライラさん、私はいつでも待ってますよ」
アルバアムがライラに向けて言い放つ。ライラはその言葉に、唇を強く噛み締めながら、一瞬目の光が暗くなった。
「サビターさん、たまにはかっこいい事言うんですねぇ」
アリーシアがからかうように俺の顔を覗きながらニヤニヤして言ってきた。
「うるせぇよ。俺がいつも酒飲んでふざけてる奴だと思ったら大間違いだぜ」
「ぼくはつねにさけのみのろくでなしだと思ってたよ」
「私もそう思ってました!」
「お前らの仲間になって日が浅いが俺もだ」
アリーシアとタマリとアルカンカスが口を揃えて俺をバカにする。このクソ野郎共が……!
そうして俺達はアルバアムのいた談話室から出て行った。パーティー会場に戻る。
そこにはビリオネがゲストと楽しそうに会話をしながらケーキを食べていた。
「あっサビター!」
ビリオネは俺に気づくとゲストに一礼しながら何かを言うと、俺の元に小走りで来た。
「ようビリオネ」
「パパとお話は終わりましたの?じゃあこれを食べてくださる?とっても上手く出来ましたの」
そう言ってビリオネはカップケーキを俺達全員に渡してきた。
「お前また作ったのか?自分の誕生日パーティーなのによ。普通は作ってもらう側じゃねぇーの?」
「私は作ってもらうより作る方が楽しいからこれでいいんですの。さ、早く食べてくださいまし!」
俺はビリオネに押され、仕方なく受け取って食べる。やはりと言っていいのか、彼女の作ったカップケーキは美味かった。
「ケーキに合う紅茶もコーヒーもありますわ!さぁどうぞ!」
「じゃ遠慮なく貰うとするかのう」
「いただきまうす」
「頂きます」
「俺もありがたく頂戴しよう」
「ケーキだけじゃ飽きると思いますから塩気のある料理は用意してありますわ!」
俺達は帰るつもりだったが、ビリオネに手厚くもてなされたせいでそれを無下にもできず、結局ケーキ以外の色々な料理を食べて飲んで楽しんだ。
そして、パーティーはお開きの時間を迎える。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます!今後ともヴァリエールをよろしくお願い申し上げますわ〜!」
そう言ってビリオネはゲスト達にお礼を述べる。ゲスト達もにこやかな顔をビリオネに向ける。
「私からもお礼を言っていいかな」
ビリオネの背後からアルバアムが出てきた。彼はグラスにナイフを当て、キンキンと音を鳴らしながら注目を集めた。
「今日は娘の誕生日パーティーに来てくれてありがとう。まさか、こんなにも大勢の人達が来てくれるとは思わなかった」
アルバアムは感心しながら言う。
「私は、ここまでの地位を築くのにかなりの時間と労力を懸けた。ビリオネには多大な苦労を強いてしまった。妻が不幸に遭ってこの世を去ってから、打ちのめされた時期もあった。けれどここまで頑張ってこれたのは……ビリオネ、君がいたからだ」
アルバアムは娘のビリオネの目をまっすぐ見据えながら語る。その目に嘘偽りは一切感じられず、本当に彼女の事を想いながら言っていることが分かる。
「改めてビリオネ、生まれてきてくれてありがとう。君は私の宝であり誇りだ。君のためなら、私はなんでもする。それだけは忘れないで欲しい」
「パパ……」
ビリオネは父親の言葉に感動したのか、皆の目の前であるにも関わらずアルバアムに抱きつき、嬉しそうに笑った。
「こらこらビリオネ……皆の前だぞ?……それじゃあ皆さん、パーティーはこれでおしまいにしましょう。今日は来てくれて本当にありがとう。今後とも娘と、娘の店をよろしく!」
そう言ってアルバアムはビリオネと手を繋ぎながらその場を後にし、屋敷のどこかへ戻っていく。
「良い父親じゃねぇか。まぁ裏じゃえげつねぇことやってるけど」
「人間誰しも裏の顔はあるものだ」
アルカンカスはただそう呟く。コイツは経歴が謎なだけに説得力が妙にあった。
「よし、今度こそ帰ろう」
誕生日パーティーは終わり、ゲスト達もぞろぞろとまばらに屋敷を出始めた。
俺達も玄関へと向かっていたが、俺はそういえばイアリスの事を思い出した。
アイツはどこに行ったのだろう、もう既にパーティーから出て行ったのだろうか。
そして、一体なんの目的でビリオネの誕生日パーティーに来たのだろうか。
「……いねぇな。まぁいいか」
イアリスがまだ残ってるかどうか軽く探してみたが、どこにもいなかった。おそらく途中で帰ったのだろう。
なんで来たかは気になっていたが、特段気にする必要はないだろう。
俺達は途中まで帰路は同じだったので一緒に横に並んで歩き、1人、また1人分かれて家路へと向かって行った。
そして、遂に俺とライラだけが残った。
ライラは黙ったまま俺と並んで歩いていた。もうすぐスウィート・ディーラーまで辿り着く。
もう既にライラの住んでいる家は通り過ぎている。しかし彼女は全く離れる様子がない。なにか、様子がおかしい。
「ライラ、どうした?」
俺が珍しく気遣うような声でライラに話しかける。
「なぁサビター。今夜は、帰りたくない」
「……?どういうことだ?」
「今夜は一緒にいていいか?」
ライラは潤んだ瞳で俺を見つめてきた。頬や耳が紅潮し、俺をまっすぐ見つめている。これは、そういう雰囲気だ。
俺は彼女の真剣な表情にふざけた態度を見せるほど空気が読めない人間じゃない。俺は男を見せるため、ライラの願いを聞き入れた。
「あ、ああ。いいぜ」
月が力強く発光し、夜の空を照らしている。夜はまだ始まったばかりだ。




