第51話 正体
「うう……もっとイケメンの乳首触りたかったァ……」
泣きながらいじけて俺の後ろをついてくるのは、イケメン狂いの変な女、アリーシアであった。
結局俺達は全員で無理やり彼女をシックス・プリンス達から引き剥がして強制的に連れてきた。
「酒飲んだら暴れるしイケメン見たらセクハラするし、ここまでイカレた女だとは思わなかったぜ。今までよく隠し通せてきたな」
「だって目の前にあのシックス・プリンスがいるんですよ!?パティシエ系アイドルグループで歌もダンスも出来るあの!超有名なアイドル達ですよ!?あぁもっとお話ししたかった……」
「何がお話だよ。お前がやってたのはお触りだろうが。次あんなことやったらマジでビンタするぞ」
俺は未だぐずっているアリーシアを叱りつける。
しかし、俺の話をアリーシアはまるで聞いていなかった。それどころか「もっと匂いを嗅ぎたかった……」などと完全に俺を舐め腐ったかのような発言をしていた。
「さ、こちらにどうぞ」
アルバアムは屋敷の喧騒から離れた応接室のような、静かな部屋へと誘導された。
部屋へ入ると、天井には明るい電灯、床には赤いカーペット、座り心地の良さそうな高級ソファー、大量の本が並んでいる大きめの本棚、ツルツルとした木製の分厚い机などがあった。
「随分良い部屋だな」
「まぁ、ここはお客さんなども来るからそれなりに小綺麗にはしておかないとね」
そう言ってアルバアムはソファーに座る。俺達も座ろうと思い、横長のソファーに腰を落とす。
がしかし、
「……狭ェんだが」
俺はボソリと呟く。どうやら全員同じ一つのソファーに座ったようだ。収容スペースは大いにあったはずだが、5人全員が座ればさしもの横長ソファーもギチギチだった。
「…おい、誰かどけよ。邪魔だ」
「言い出しっぺの法則は知っておるか?」
「知らねぇよ。難しい言葉使ってんじゃねえぞ」
「アルカンカス、せまいよ。どいてよ」
タマリがアルカンカスに邪魔だと言う。
「俺も座りたいんだ。君がどいてくれ」
「アルカンカスがぼくたちの中でいちばん大きいんだからアルカンカスがどいたほうがいいでしょ」
タマリがハッキリ言うと、アルカンカスは口を噤んだ。この際タマリの言葉に乗っかってアルカンカスにはソファーからよけてもらおう。
「そうだぞアルカンカス。お前は無駄に身体が肥えてデカいんだからお前がどけよ」
「そうじゃそうじゃお主は男のくせに体がムチムチし過ぎなんじゃ。少しは痩せろ!」
「…そんなに言わなくてもいいじゃないか」
「イケメンの乳首〜〜〜……」
「うるせぇよさっきから!イケメンの乳首なんか触っても全然面白くねぇよこの乳首魔人が!」
俺はアリーシアとライラの肩がゴツゴツと当たり、窮屈で狭く、イライラが漏れてアリーシアに怒鳴った。
「で、でも…イケメンの乳首って綺麗なんですよ?顔だけじゃなくて乳首も綺麗だなんて素敵だと思いませんか?」
「お前の親は乳首なのか?だからそんなに乳首が好きなのか?ああ乳首乳首うるせぇな!頭がおかしくなりそうだ!」
なんでコイツはイケメンの乳首にそこまで執着するんだよ。男の乳首に娯楽を見出すイカれ女雇った俺が間違いだったのだろうか?
「ハッハッハッ、本当に面白い人達だ。仲が良くて大変喜ばしい」
アルバアムは心底おかしそうに笑う。
確かに笑われてもそれは仕方のないことだ。今俺達はしょうもないバカをやっているのだからな。もし俺がアルバアムの立場だったら呆れて物も言えん。
「見苦しい所を見せて申し訳ありません……」
「なんでオメーが被害者ヅラしてんだよ」
アリーシアが申し訳なさそうにアルバアムに言った。どのツラ下げてお前が言うんだ、とも思ったがどうやら正気に戻ったらしい。だったら早く戻っておけよ、と俺は思った。
「おっ、やっと元に戻ったな。それでこそ俺達のアリーシアだ」
「えぇ、ここにはイケメンがいませんから……」
「お前バカにしてる?」
「い、いえそんなことは……」
アリーシアがナチュラルに俺をバカにしている一方で、アルバアムは机の上にある酒の入ったボトルを右手に持ってグラスに注いだ。
「おっ、わざわざ悪いな」
「いやいや、元はと言えばこちらから誘ったのだからこれくらいは当然だよ」
アルバアムはそう言って俺たち全員分の酒を注いだ。液体自体は薄い緑色でカクテルのような物だった。
「やっとぼくも飲める……!」
「タマリはまだお子様だからまだダメですよ」
「そんなぁ~……!」
アリーシアがタマリからグラスを取り上げる。両手に酒の入ったグラスを持ちながらアリーシアは「代わりに私が飲みましょう」と言って二人分飲もうとした。
「お前も悪酔いするからダメだ。我慢しろ」
「そんなぁ〜……!」
タマリと全く同じ反応でアリーシアは残念がる。二人は大げさにため息をついて一気にテンションが落ちた。
酒が飲めないくらいでなぜこんなに落ち込む必要があるのだろうか。俺は中毒じゃないから全然気にならないがなぁ……
「もう一杯いいか?」
「ええ、どうぞ」
俺は再びアルバアムにグラスに酒を注いでもらった。本当なら執事のアイツ(確かステーキとかいう名前だったかな)に酒を注いでもらうはずだったが、今はパーティー会場でビリオネのお守りをしているからここにはいない。それにしてもこの酒美味いなぁ。
「わり、もう一杯」
「はいはい」
「お主、もてなされる側とはいえ遠慮が無さすぎではないか……?」
ライラが怪訝な目で俺を見る。普通こう言う場ではおかわりなどはしないのが普通だがこの酒、思ったよりも美味いのだ。だがどこかで飲んだような、知っている味でもあるのだ。
「いや思ったよりも美味くて」
「ずるいですよサビターさんばっかり!どんだけ美味しいんですか!?」
「ぼくも飲みたい」
俺が飲んでいるところを目の前で見て羨ましく思ったのか、アリーシアとタマリが俺に掴み掛かって酒を寄越せと亡者のように迫り来る。
「はは、美味しいでしょう。なぜならそれは貴方達の商品を使って作られたのですから」
「は?そりゃいったいどうゆう……?」
アルバアムは不可解な言葉を口にする。『貴方達の商品を使った』……?一体どういうことだ?
そこで俺はあることに気づく。俺達の商品と言われれば二つしかない。一つは菓子だ。俺達は表向きは菓子を作ってそれを客に売って生計を立てている。しかしそれはあくまで表向き。仮の姿に過ぎない。
そして二つ目は……
「……」
アルカンカスの目が鋭くアルバアムを捕らえる。アルカンカスだけではない。俺達全員アルバアムの言葉を察したのか、今までのふざけていた空気は消え、静けさだけが残った。アリーシアでさえ眼光をギラリと光らせている。
「…アンタ、何者だ?」
俺がアルバアムに問うと、彼はソファーから立ち上がり、俺達に背を向ける。
「以前言ったでしょうサビターさん。我が雇用主に会わせると」
部屋の中で、俺は聞き覚えのある声を聞いた。取引にいつもいたあの眼鏡の声だ。
しかしどこにも姿は見当たらない。俺達はキョロキョロと辺りを探るが、奴の姿はどこにもない。
「ここですよ、ここ」
そして俺達は愕然とした。
声の音の正体はすぐそばにいたからだ。
そんな、一体どういう事だ?なんで、アルバアムの声から眼鏡の声が聞こえるんだ?
「私は既に君達を知っている。表の顔も裏の顔もね」
アルバアムはポツリポツリと少しずつ語っていく。
「私は職業柄信用を第一としていてね。直に君達を見ておきたかった。そして、君達は私の信頼に足る働きをしてくれた」
「じゃあ、アンタが……」
俺がもったいぶって言うと、アルバアムはニコリと微笑みながら、
「そうだ。私が君達の取引相手、『雑草』だ」
アルバアムは、いや『雑草』は俺達の目の前に現れた。




