第49話 バースデーケーキにしてはイカツ過ぎる
イケメンパティシエ達こと、シックス・プリンスは各々の役割を全うするべく、素早い動きで準備を進め始めた。
皆バラバラで動いているのに、まるで一つの生き物のような統制が取れていた。
「凄いな、連携が完璧だ……!」
パーティー会場の客の一人が驚きの声を上げる。既に会場内の客達全員がシックス・プリンスの動きに釘付けで、一挙手一投足を見守っている。
「きゃあああああああ!カイン様!バルスト様!ジェイ様!マーク様!バンダム様!エイブ様!全員素敵こっち向いて!」
「なんてイケメンなの!?汗をかいてる姿も美しいわ!汗を!汗を買い取りたいのですけどいくらで売ってます!?」
「ああ……イケメンの匂いがこちらまで香ってくるわ!最高……!」
一方女の黄色い声援も凄まじい。ただ何かを作るだけではなく、イケメン特有の顔の良さを魅せたり、下準備でさえも派手なパフォーマンスにし、女達全員が虜になっている。
「イ、イケメン最高ォ……フフフ、来てよかった……」
もはや変態女の戯言にしか聞こえないし、その声の中には俺が黒髪で長髪、メガネをかけた見知った女もその中に居たが、もはや限界をとどめていない。
イケメンに狂った女の成れの果てである。いやだからイケメンの匂いってなんだよ。
「カイン!ウサギはどう!?」
「はい!ビリオネ様!今完成しました!」
中央のステージの上に、いつの間にかドレスからコック服へと衣装チェンジしたビリオネが仕切っていた。
「今日ってアイツの誕生日だよな?なんで自分のケーキ自分で作ってんだ?」
何故かビリオネは彼女自身も調理に参加し、お菓子の像を自分で組み立てていた。
自分の誕生日パーティーで自分の誕生日ケーキ(もはや建築)を自分で作るという、訳のわからない事をビリオネはやっていたが、確かにあのイケメンプリンスの作業風景は目を見張るものがある。よし俺も実況してみよう。
えー、イケメンが、あっ、赤髪の大人びたイケメンが、えっと、銀色のボウルに卵?を入れた後白い粉?なんか、ほら、生地作るやつ……を入れてその後は砂糖を入れ…あ、塩かあれ?
そんで茶髪のイケメン、いやあれ茶?黒?どっちだ?がドロドロした液体の、あ、飴か?いやチョコ?をコネコネ混ぜて──…
「サビター……貴方実況が下手ね」
俺が一体何をしているのか分からないまま下手な解説をしていると、イアリスが俺に茶々を入れてきた。
「えっ!?お前能力オフにしろっつったろ!?なに盗み聞きしてんだよ!?」
このアマ覗くなって言ったのになに勝手に覗いてんだコラァ!
「な、なんだぁっ!?あの手捌きはぁっ!?」
俺の隣の客が驚嘆の声を上げる。なんか、え?チョコをテーブルにぶち撒けて何してんだ?
あれはテンパリングね。ああやってチョコを大理石のテーブル台に流して両手に持ったパレットで混ぜながら温度を下げるの。そうするとチョコは滑らかな味わいになって、色艶が美しくなるの。
「は?え?なんだこの声?どこからだ?」
あら、あそこの茶髪のイケメン、飴細工を作っているのね。指先が丁寧。ピンク色の飴にナイフで切れ込みを入れているわね。あれは…花かしら?本物と遜色ない程にリアルだわ。
「ああ、頭に直接声が響くんだが……!?」
翼、花、動物……ふむ、なるほど。彼等はピエスモンテを作ろうとしているのね。ピエスモンテとは、プラモのようにたくさんのパーツを作って、組み立てるようにして作る大型装飾菓子の事よ。
プロが作れば彫刻品のような美しさになるから、食べるのがもったいなくなるわうるせぇぇぇぇぇぇ!!!
「あらごめんなさい。貴方の語りがあまりにもお粗末な出来だったから、私が代わりに解説しちゃったわ」
俺は脳内に流れてくる声を怒声で掻き消す。もちろん、頭の中でだ。いきなり、人前で叫んだら頭おかしい奴に思われるからな。
「だからやめろつってんだろが!頭の中に声流されると気持ち悪くて仕方ねぇんだよ!あれか?さっきの嘘カス情報の腹いせにやったのか?昔から嫌な事あったらそうやって俺に嫌がらせする癖治せって言ったよな!?オイ!?」
俺は完全に怒り、青筋をビキビキと立てながらイアリスに詰め寄る。イアリスは「さぁ?なんのことかしら?」と言って俺に舌を見せてあっかんべーと挑発する。
「さ、そんなことよりも、向こうを見たら?何やら凄いものを作り始めたわよ?」
イアリスはシックス・プリンス達の方へお手紙を顎で示す。俺はイラつきながらも彼女の向く方に顔を向けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「な、あ、あれは……ビリオネ!?」
ホール中央及びキッチンの中央にはビリオネが立っていた。等身大のサイズで、どこか神秘的な雰囲気を感じた。
しかしそれは本物のビリオネではなく、チョコと飴細工によって作られた精巧な像だった。
「す、すごい……あのビリオネ嬢まんまじゃないか……!」
「それだけじゃない!チョコと飴が混ざり合って美しい光沢を出している!幻想的で…まるで妖精みたいだ……!」
「そしてそれをもっと見栄えが良くなるように、背には翼、そして足元には花と動物のチョコと飴細工があしらわれている!」
「凄くムラムラします」
会場中の客達は全員驚嘆と歓喜の声を上げていた。最後の一人に至っては性欲異常者だったが。
「皆様、お待たせいたしました。こちらは我がヴァリエールの麗しき女神、ビリオネ様を模ったピエスモンテでございます」
イケメン代表の一人がマイクを口元に近づけながら説明を始めた。
「ガラス細工のように美しい素肌を飴細工で、背にはホワイトチョコで作った純白の翼、そして足元には植物や小動物を設置し、誰からも愛される少女性を表現しました」
イケメンはビリオネを褒め称えながら、完成した菓子の像の説明をする。
アイツが?誰からも愛される少女?嘘つくならもうちょいマシな嘘をつけよ。
めちゃくちゃ誇張された偽りの像を見ても俺はただよく食材でこんな大がかりな物を作れたなという感想しか出てこない。
「これはもはやアートだ……!」
「天女だ……!」
「もはや彫刻だよね」
あまりの完成度の高さに観客全員が賞賛の嵐を起こす。
ビリオネは聴衆の称賛の声を聞きながら身悶えしていた。上半身と下半身を抑えるように弄り、何かが達しそうになるのを我慢しようとしていた。何やってんだアイツ。
「さ、さて、どうかしら。私の弟子達が作ったお誕生日ケーキは?」
ビリオネが口元に手を当てながら勝利を確信したような表情で目を細めて笑う。
「ふふ、シックス・プリンスは私が直々に選び抜いた顔も技術も超一流のエリート達、そして私に絶対の信頼と尊敬を置いている彼等、そしてこの私が作ったこの芸術作品は、もはや至宝ですわ……!」
自分のお菓子の像を見て蕩けた表情で見惚れているビリオネ。
その姿を見て俺は何も言えないほどドン引きしていたが、だがそれでもこの像にいちゃもんをつける程俺も捻くれたバカではない。
「…すげぇんだなお前の店。それに部下も。バースデーケーキにしてはイカツ過ぎだが、ここまでされちゃ認めないわけにはいかねぇな」
「へ?」
俺が珍しく褒め言葉を言うと、ビリオネは目を点にして呆然とした表情になる。
「俺は菓子や甘物など、ただ生きるために必要な物だとばかり考えていた。が、まさかそれらをこのように昇華することができるとは……」
「ほへ?」
アルカンカスが顎に手を当てながら真剣な表情でビリオネ像を観察する。
「こんなお菓子、ぼく今までみたことない。ビリオネ、いやビリオネさん。あなたってすごいひとなんだね」
「ほひゃ?」
タマリが目を輝かせながら興奮気味に言う。
「うむ。流石にワシもこれほどの物は錬金術では作れぬ。お主、良い弟子を育てたな」
「ほへっははひ?」
ライラが微笑みながらビリオネの目を見て素直に褒める。
段々とビリオネの頬が紅潮し、点だった目が羞恥に染まって顔を両手で隠す。
「お?どうしたビリオネ?顔を隠して。まさか泣いておるのか。確かにイケメンが自分のためにケーキを作ってくれるのはとてもとても良い気持ちじゃがの」
ライラが顔を隠しているビリオネの周りをうろちょろしながら喋るまくる。
「その子やっとリベンジが出来て感動して泣いてるのと、あっさりと認められた事に驚いて恥ずかしくて顔を見せられないだけよ」
イアリスがビリオネが言いたくなかった事をあっさりと喋り、ビリオネは更に蹲り、ダンゴムシのようにくるまってしまった。
「おいイアリス。人の考えてる事をペラペラ喋るのはお前の悪い癖だぜ。いい加減やめとけよ」
「あら、サビターの癖に珍しく良いことを言うじゃない。でもね、本心を言わないと伝わらない事もあるものよ」
「今それ関係ある?」
イアリスは自身の行いを正当化する。堂々とした立ち振る舞いをし、自分の意見を一切譲るつもりはなさそうだった。嫌な女だな。
がしかし、そのおかげでビリオネが顔を隠して蹲っていた理由も分かった。イアリスの言う事もまぁ、分からなくもないか。
「か、勝手に私の本心を盗み見るなんて卑怯なお人ですわね。貴方、お名前は?」
「イアリスよ。貴方は……ふぅん、当てが外れたわね」
「え?なんのことですの?」
イアリスは勝手に自分で納得すると、ビリオネ像に顔を向けて
「あれ、どうやって食べるの?」
と言った。話を逸らしたようにも思えたが、誕生日ケーキは食べるためにあるものだ。だがビリオネ達が作ったのはもはやケーキとは呼べない。人の形をした彫像だ。
「ふふふ。このピエスモンテ、いえ……『女神の誕生』はこれで完成したわけではありませんわ」
「名前ださいね」
タマリがボソリと呟くがビリオネには聞こえなかったのか、ビリオネは全くピンピンしている。
「お嬢様、これを……」
「これこれ、これですわ……!」
ビリオネはイケメン王子に何かを手渡された。ビリオネの手に握られていたのはハンマーだ。
「ん?何をするんじゃ?」
ライラは首を傾げてビリオネに尋ねる。ビリオネはくるりとライラの方へ振り向き、
「この作品は、こうすることで完成しますの」
そう言ってビリオネはお菓子のビリオネ像をハンマーで思い切り殴りつけた。何故か彼女は息が荒く、顔を赤くさせながら身体を小刻みに震わせていた。
「えっ!?お前何してんだよ!?」
俺は驚いてつい大声を出してしまう。ビリオネの行動に普段は仏頂面をしているアルカンカスも目を見開きながら驚いていた。
「皆さ〜ん!砕いたビリオネ様をお配り致しますので並んでお待ちくださ〜い!」
イケメン軍団達が大きめな声で言いながら続々とビリオネ(お菓子)を砕いてはそれを客に配っていく。
「お菓子は飾るためではなく、食べるためにあるもの。私を模った私の分身は粉々になり、皆さんの口へと運ばれて、私と皆さんは一つになりますの……これこそ私の誕生日パーティーですわ……!」
ビリオネはそう言いながらパーティー客達が自分の姿をしていた飴細工やチョコの欠片を食べている様子を見て、身体を身震いさせながら肩を上下させながら熱い吐息を漏らし、ビクリと痙攣させていた。なんだコイツ。
「サビター……此奴自分の姿をしたお菓子を自分で壊して、しかもそれを他人に食わせて絶頂しておるぞ。相当な変態じゃな」
あのライラが南岸性を疑うような目でビリオネを見ながら俺に耳打ちしてきた。コイツにドン引きされるとかビリオネお前……
しかし、そもそも誕生日ケーキってのは他人が自分のために作ってもらったケーキを食べる物だろ。なんでコイツは自分で作って自分で食べず、しかも他人に与えているんだ?
「んん?ビリオネ、お主は食べないのか?このままではあっという間になくなってしまうぞ?」
ライラも同じことを考えていたのか、ビリオネに疑問を呈示する。
ビリオネはただ他の客が砕いたお菓子を食べている様子を見ているだけだった。その目はとても楽しげな様子だった。
「……?お菓子って皆で食べると美味しい物でしょう?ほら、皆さんも食べてください。丹精込めて作ったんですから」
ビリオネは当然とばかりに言って皆が食べている所を眺めていた。
「…私…食べるのも好きですけれど、他の方々が美味しそうに食べている所を見る方がもっと好きなんですの」
会場内の客達が美味そうにビリオネ(お菓子)だった物を食べる様子を楽しそうに眺めながら、ビリオネは言う。
「お菓子って、食べると笑顔になるでしょう?どんなに仏頂面な人でもそれを溶かすような甘さがあれば、必然的に頬が緩んで、笑顔になる。そんなお菓子を作りたくて、私はヴァリエールを作りましたの」
ビリオネは笑顔でそう言った。
「良い志ね」
イアリスが微笑みながらビリオネに言う。散々人のきったない心を見てきたイアリスが言うんだ、おそらくビリオネの言っている事は本心なのだろう。
「私の娘は良い子だろう?」
イアリスの背後から男の声が聞こえた。低く渋みのある男の声だった。
「…!貴方は……」
イアリスが驚き、男から距離をほんの少し取って振り向く。
「あ、パパ!」
ビリオネが弾けるような笑顔を男に向ける。
「「パパァ……?」」
俺とライラの声が重なり、ビリオネを見る。ビリオネはハッと気づいたかのように顔を上げると、両手で口を噤んだ。
「どうも、ビリオネのパパのアルバアム・セスペド。この屋敷の主です」
赤と金が目立つ紳士服を着た緑色の髪の男、アルバアムはそう言って俺達の目の前に現れた。