第41話 絆が深まるミートパイ
店内を片付け続けている間に数時間が経過した。
正確な時間は測っていないが、朝から片付けを始めて気がついたらもう日が暮れかけていた。
それくらい俺達は作業をしていたのだ。
そして片付けの成果はどうかというと、とりあえず元通りにはなった。
5人も居たのもあるが、作業は瓦礫を片付けたり、新しい家具を用意したりする力仕事、そして埃や木屑、塵に塗れた床や壁、窓などを拭いて回ったり割れた窓や照明を交換する係などを決め、分担してスムーズに進み、なんとか店は元通りになった。
「ハァ〜〜〜疲れた〜〜〜」
「完全ではないですけど、何とか形だけはほぼ元通りにはなりましたね……」
俺が大きく息を吐いて椅子に座ると、アリーシアがコップに入れた冷えた水をくれた。
俺はそれをもらうと勢いよく口の中に含み、すぐさま喉元に流し込む。
こういう時に飲む水が1番美味い。
「もうなにもしたくない……」
タマリは床に転がりながら魂が今にも口から抜けていきそうな力尽きた顔をしていた。
「しかしたった1日で、しかも5人だけで元通りに片付けたのは凄い事だ。余程チームワークが良かったと見える」
アルカンカスが関心するように言った。
元はと言えばお前が原因だけどな、なんて言おうとしたがいつまでも過ぎたことをチクチク言うのはダサい男のする事だと考え、口には出さずに心に留めておいた。
「主等、腹が減っただろう。飯の時間にするぞ!」
キッチンに篭っていたライラがバタン!と大きな音を立てながらドアを開け、両手にミトンを付けて大きな皿を運んできた。
「お、良い匂いだな、何作ったんだ?」
俺は鼻をひくひくさせながらライラに尋ねる。
腹が減っていたからか、感覚もいつもより鋭敏になっている。
自然と口の中の涎が洪水のように増え始め、何だか知らんが早く食べたい、とそう思わずにはいられなかった。
「腹が減った時は肉!肉と言えばミートパイ!今日はあのクソキモバード、ピージャの肉を使ったミートパイじゃ!」
そう言ってライラはバン!とまた大きい音を立てながら少し焦げ目が付いた黄金色の物体が乗った大きな皿をテーブルに置いた。
「デケェんだけど。全員で食えるのかこれ?」
「腹減りが5人も居るんじゃぞ。むしろ足りないくらいではないか?」
「ん?5人って、俺も含まれているのか?」
アルカンカスが疑問符を付けて尋ねる。
「そうじゃが」
「おいおい、流石にお人好しが過ぎやしないか?俺は君達の店で無銭飲食をした上半壊させた男だぞ。流石にこれ以上は厄介になるわけには……」
「何を言っておる。お主もうワシ等の仲間じゃろ」
「…!」
ライラがさも当然とばかりに言い放ち、アルカンカスは面食らったような表情になる。
「正確に言えば俺の奴隷、な」
「素直じゃありませんねサビターさんは。代わりに私が翻訳してあげます。貴方は私達の同僚、つまり仲間です。ならば同じ釜の飯を食うのも突然というわけです」
「そーそー。サビターはやっぱりあたまがわるい」
「さっきからお前喧嘩売ってんなぁ。買うぞコラ。表出ろや」
俺がタマリにガンをつけるとアリーシアがサッ、とタマリに駆け寄り、抱き抱える。
「くっ……!このクソガキャァ……!」
タマリはアリーシアを味方に引き寄せ、完全に虎の威を借る狐と化していた。
どうしてもアイツをボコしたかったらアリーシアがいない時にやるしかない。
「お前、夜道には気をつけろよ?」
「私が一緒に帰ります」
タマリ専門のセキュリティガードと化したアリーシアがタマリをきつく抱きしめた。
「チクショウが!?」
俺は忌々しいクソガキを睨みつけるが、よくよく見てみると、そのクソガキは青い顔をしていた。
「ア、アリー……おっぱ…息ができ…な……」
「え?……え!?タマリ!?大丈夫!?」
「ヒャッハー!コイツデカ乳に鼻も口も塞がれて呼吸困難になりやがったぜ!こんな間抜けな死に方ったらねぇぜ!ギャハハ!」
タマリは意識が薄れ、アリーシアの胸の中でガックリと項垂れた。
策士策に溺れるとはまさにこの事だ。しかも乳に溺れるなんていう間抜けにも程がある策だが。
俺はミートパイを切り分けて自分の皿に運び、フォークで突っつき口に運ぶ。
サクサクしたパイ生地と共に熱い肉汁が口の中で弾け飛び、心身ともに疲れ、胃袋すっからかんだった元気0%の俺の身体に隅々まで染み渡る。
「ウメェ!やっぱり腹減ったら肉だろ肉!」
「しかもこのお肉、スパイシーですね!」
アリーシアがパイと肉の塊を両頬を膨らませながら器用に喋る。
たしかに彼女の言う通り、ただ肉を焼いただけでは出てこない香味料のような味がする。
「香りは食欲を増幅させる尖兵じゃ。そしてワシは錬金術士、常日頃から動植物を漁っておる。そんなワシがその中でも香りが良い物をいくつか入れて混ぜてみた。結果は聞かなくても分かるぞ。実に分かるぞ」
ライラは満足げな顔をして頷きながら俺達が頬張る様子を嬉しそうに見つめる。
そして未だ一人手をつけていない新人に、ライラはフォークでぶすりと刺したミートパイをその新人の口元に突きつける。
「ほら、とっとと食うんじゃ。ワシの作った物は冷めても美味いが、あったかい時が一番美味い。ほれ」
「俺は……」
まだ渋るように言うアルカンカスに、萎え切らない態度に我慢の限界が訪れたのか、ライラは奴の口に少し無理やりミートパイを突っ込んだ。
「腹減ってる時は変な意地を張るな。お主はワシ等の仲間、仲間なら同じ食事を囲うのは当然の事じゃ。さっさと受け入れるが良い」
ライラはそう言ってアルカンカスを引っ張り、俺達と同じテーブル椅子へと座らせた。
「…美味いな」
「当たり前じゃ。ワシが作ったんだからのう」
「少しは謙虚に生きろよ。どんだけ腕が良くても性格が傲慢だと傷がつくぜ?」
「天才が自分は天才ですと自己紹介する事を何故避ける必要がある?お主は黙ってワシが作ったものを食べれば良いんじゃ!」
そう言ってライラは俺にも特大ミートパイの塊を口に突っ込ませた。
だが俺は空腹だ、だから数回噛んですぐ喉に流し込んだ。
「サビターさん、ちゃんと噛んで食べないと栄養になりませんよ?もう少し咀嚼回数を増やすことをお勧めします」
「お前はそれ以上栄養つける必要ねーもんな。これ以上成長したら牛か豚かゴリラになっちまうだろ」
「そうじゃの。サビターの言う事にも一理ある。アリーシア、お主食事制限しろ」
ライラが俺の言葉に迎合する。
奴は明らかにアリーシアの胸とケツを睨みつけながら開けたような目で言っていた。
余程コンプレックスがあると見える。
「な、何を言っているんですか!?これくらい普通!そう普通です!いや、少し大きいだけかもしませんが、普通なんです!そう思いますよね、タマリ?」
「アリーはいろいろでかすぎるとは思う」
タマリからの援護射撃を期待していたアリーシアが、まさかのタマリの裏切りに目を丸くして固まる。
お前の身体は色々とデカ過ぎる。
それ以上食べると本当にグラマラスな体型からただのムチムチのボンレスハムになるぞ。
「…もし良ければ俺が良いダイエット方法を教えてあげよう」
アルカンカスがポツリと口を開き、話に参加してきた。
「えっ!?ホントですか!?ぜひ教えていただきたいです!あ、いや別に太ってるとかそう言うわけじゃないんですけど……!」
アリーシアは言い訳し、俺達はそれを煽り散らかし、それにキレたアリーシアが何故か俺に当たり始める。
それをアルカンカスが右の拳に頬杖を突きながら微笑む。
全くもって騒がしい食卓へと変わっていく。
食事をしていると言うのに話に夢中になり、口に食べ物を運びながら言葉を交わし、大笑いし、咽せり水を飲む。
汚くて野蛮な混沌とした食事な事この上ないが、結局は食事なんてのは楽しんだ者勝ちだ、そして俺達は世界で一番の優勝者だろう。
俺はそんなことを思いながら口には出さず、新たな仲間の歓迎会を心行くまで楽しんだ。
新人も俺達と同じくらい楽しんでくれる事を願った。