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第30話 怒ってんの?

ビリオネは何故ビフの名前を間違えたままにしているのか、それは彼女がビフという名前は執事の名前にしては地味で芋臭いと思っているからです。もっとおしゃれな名前に改名するよう頼んでいますがビフ本人は拒否しているせいで、その腹いせとしてビフの名前を間違えて呼んでいます。憎たらしいですねこのガキ。


 俺はぼうっとしながら立っていた。天気が良く、暑くも寒くもない季節なのが唯一の救いだが、俺は店を開けてから外にいる。ただただ店の近くにいて立っているのだ。ズラリと並ぶ人の1匹の巨大な蛇の如く並ぶ行列を整理しているのだ。


 なんで、こんなはずじゃない、どうして俺が……こんな言葉ばかりが最近俺の頭の中で渦巻いている。


 何故こんな後ろ向きな言葉ばかり並べているのかというと、先程俺は店から追い出されたのだ。俺は店長兼オーナーなのに、だ。


 主な理由として、俺レジは遅いし、客には悪態をついてあまりにも役に立たないということで俺はライラ達から『美味しいいちごタルトあります!』と書かれた立て看板を持たされ、「お前邪魔だからそれ持って一日中立っとれ」の一言だけ言われ、列を見守って整理する係を任された。


「何で俺、自分の金で作った店を追い出されてんの?」


 俺は心の中で思っていた言葉を口に出して呟いていた。もはや俺の城はあの生意気な小娘共に乗っ取られていた。アイツ等、俺がサボってると生ゴミを見るような冷たい目で俺のことを見てくるんだ。それがオーナーに対する態度か?あり得ない。俺がそう言った不満を言葉にしてライラ達に言うと、


『あり得ないのはお主のだらしなさと頭の悪さじゃ』


 と、言ってはいけない事実を言葉という形で俺をぶん殴ってきやがった。俺はアイツのマジの低いトーンの声色で蔑まれ、完全に心を折られ、今は看板を持って並んでいる客の相手をしている。


 あ?いちごタルトは売れているのかだって?売れてるよ、超売れてる。ていうか今までの売り上げ記録一瞬で超えたな。このままじゃいちごがなくなっちまうよォ!てくらいにな。


「すみません、この行列はスウィートディーラーさんのお店で間違いないですよね?」


 女二人組が俺に声をかけてきた。俺はこの列の近くにいちごタルトと書かれた看板を持っていて、列を整理してるのが目に見えて分かるだろうに、何故そんなことを聞くのか。


「見たら分かるだろ。超スーパー美味いいちごタルトが食いてぇならこの行列に並びな。我慢できたらの話だが」

「うっわ凄い列……でも並んじゃう!さっき食べてまた食べたくなっちゃったからね!」

「もう一回並んでも食べたくなっちゃうくらい美味しいのは初めて!さ、早く行こ!」


 女達はキャピキャピ笑いながら列の最後列へ向かって行った。当店のご利用誠にありがとうございます。そしてくたばれ!俺を休ませろってんだ!


「な、なんですのこれは……」


 俺がボケーッと突っ立っていると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。あの聞けば聞くほどケツを叩いてお仕置きしたくなるようなムカつくガキの声だ。ライラとは別のジャンルでムカつく声だ。確か奴は……


「ブブゼラ!お前ブブゼラじゃないか!」


 俺はブブゼラの元に駆け寄る。だが当の本人は自分が呼ばれた事が分かってないのかこっちを見ようともしない。


「オイ!ブブゼラ!」

「はぁ……なんかうるさいのがいますわね。さっきから何故楽器の名前を呼んでるのかしら……」


 俺はブブゼラの元まで近づき「お前に言ってんだよ」と声をかける。


「…は?私のことを呼んでいましたの!?私の名はビリオネですわ!どんな間違い方してんですの!?」

「あぁん?お前だって自分執事の名前間違えてんだろが。アンタも大変だな……ドュフだっけ?」

「ぷっ!私の執事はそんなキモオタの鳴き声みたいな名前じゃないですわ!でしょう、ロナウド?」

「お二人とも私の名前を間違えておりますよ」

「全く、人の名前も覚えられないなんて。非常識にもほどがありますわ」


 自分の執事の名前を何度も間違えてる時点で非常識なのはどっちだよと問い詰めたかったが、俺は今日この日にビリオネがいる理由を思い出し、意味を理解した。おそらくコイツは俺達の店の新メニューを食べにきたのだろう。


「ふん、なんだか行列を作って良い気になってるみたいですけど、それで調子に乗っているのは二流の証拠ですわね〜」


 この感じからして、俺達のいちごタルトを舐め腐っていたのだろうな。今すぐコイツの顔にぶち込みたくなるが、それをやったら俺がライラにえげつない形した槍で俺のアソコにぶち込まれるだろう。ここは一つ、ピエロを演じてやるとするか。


「お前、今日は俺達の店の新メニューを食べにきたんだろ?」

「…!」


 俺がビリオネにニヤニヤしながら聞くと、図星なのか、体をビクリと一瞬震わせた。


「でもお前はこの行列を見てこう考えたわけだ。『もしも本当に私達のいちごタルトを超えるいちごタルトが売られていたらどうしよう!?』ってな」

「は、はははハァ!?そんなわけありませんわ!何を根拠にそんな事……!」

「お前そんなあからさまな隠し方で誤魔化せると思ってんの?……ま、しょうがないよな。敵の店がここまで大人気になったら流石の大人気パティシエールお嬢様もビビって尻込みしちゃうか」

「……なんですって?」


 ビリオネは敵意を持った目で俺を睨んだ。おっ、食いついたな。


「ん?耳が遠いのかなこのお嬢ちゃまは?俺の店の新作限定スイーツに恐れをなしてブルブルとチワワみてぇに震えてるんじゃねぇのかって言ってんだよ」


 俺は舌を出して人差し指と小指を立てた悪魔崇拝のフィンガーサインを両手で掲げると、ビリオネはブチブチと擬音が浮かびそうなほど青筋を浮かべながら歯軋りをして俺を睨んでいた。いますぐにでも噛み付いてきそうな顔だな。


「…て……ります…よ」


 ビリオネは俯きながらボソリと小さい声で何かを呟く。


「おん?なんだって?聞こえないな。ビビりすぎてどうやら背だけじゃなく声まで小さくなっちゃったのかな?」

「やってやるよこのダボがッ!?ウチの店の方が圧倒的に美味いし?思い上がりも大概にしろって事って事をテメェのその腐れ脳みそに穴開けて爆発するまでたっぷり味合わせてやるよこのクソ野郎!!」


 目を迸らせてギラつかせながら飛び掛かろうとするビリオネ。そしてそれを見たビフはいち早くビリオネを羽交締めにした。俺を睨みつけながらジタバタと暴れている。


「えっ!?ちょっと待って君キャラ違くない?」


 俺はあまりにもの突然のキャラ変に戸惑いを隠さず、一瞬ビビってしまった。さっきまでお嬢様言葉を使っていた女が突然スラム住民もびっくりのくっそ汚い言葉を使い始めたのだから当然だ。口汚い暴言を俺に浴びせるその姿はあの品のあるお嬢様のように見えない。さながら雌猿だ。


「お嬢様、落ち着いてください」


 ビフがビリオネの前に立ち、自分の両耳たぶを両手で掴み引っ張っている。何をするつもりだ?


「お嬢様、さぁご一緒に。ウーサー、ウーサー、ウーサー」


 ビフは自分に倣ってやるようにビリオネに促す。するとビリオネも怒りで俺に襲いかかる寸前のような飢えた野獣の如き眼光で俺を睨みながら耳たぶを引っ張る。


「ウーサー……ウーサー……ウーサー……!」


 何やら呪文のような言葉をひたすら繰り返しながら耳たぶを引っ張るビリオネ。何度も何度もやっていると、次第に落ち着いてきたのか、飢えた獣のように荒かった呼吸が段々と落ち着き始め、人間へと戻っていった。


「ふぅ……ありがとうジェフ。冷静さを取り戻しましたわ」

「お気になさらず。ジェフですか。惜しいですね」


 ビフは残念そうに俯きながらビリオネに言った。


「分かりましたわ。その挑発に甘んじて乗ってあげましょう。さ、早く案内しなさい」


 ビリオネは何を思ったか、俺の前を素通りして店に行こうとした。


「おい待てや」

「なんですの?私との果し合いをするのでしょう?なら早く店の中に入らせなさい」


 コイツは一体何を言っているのだろうか。列に並ぶという発想はないのか?


「あのね、世間知らずのブチギレプリンセス。お前は俺の店のいちごタルトを食べにきたんだろ?ならお客様ってわけ。なら列に並んで待つんだよ。分かるか?」

「はぁ?元々貴方のとこのちんちくりんが持ちかけた勝負でしょう!?なぜ私がわざわざ列に並んで待たなければなりませんの!?むしろ向こうから持ってくるのが普通でしょう!?」

「オイオイオイ女ァ!」


 ビリオネが怒りながら言っていると、列に並んでいたおっさんが俺達の会話に割り込んできた。


「俺達はなぁ!この店のいちごタルトを食いにずっと並んでんだよ!お前も食べてえなら他の人と同じく列に並んでルールに従え!人として当然の行動だろうが!」

「ぐぬぬ!」


 ビリオネはおっさんに正論を叩きつけられ、おやつを取り上げられた犬のような歯を剥き出しにした表情になる。


「…?あれ、この子どこかで見たことあるような……」

「…!あ、あはは。なんのことでしょう?」

「もしかしてヴァラエールの女社長じゃない!?」

「ち、違いますわ!」


 一人の俺の客の女の噂話がきっかけで、列に並んでいた奴等がザワザワと声を大きくし始めた。そのことに、ビリオネは困っていた。これは使える。


「イヤイヤイヤ!天下のヴァリエール様のお偉いお嬢さんがこんなとこで列に並ばずにいの一番でいちごタルトを食わせろなんて言うわけねぇじゃねぇか!なぁ!?」


 俺がニヤニヤしながらわざと大仰な声と身振り手振りで話すと、ビリオネはギョッとした顔で俺を見た。


「まぁもし本当だったら?店の評判を自分で下げに来たようなモンだろ!この国一番のスイーツショップの社長が心の狭い女だなんて、皆幻滅しちゃうよ〜ん!?」


 俺は完全に弱みを握ったと理解し、ビリオネの眼前で変顔をしながら煽り散らかす。すると先程のような殺意増し増しの顔つきになりかけるが、まだ冷静さは残っていたのか、怒りを押し殺し、大人しく列の最後尾に並んだ。


「あっ、残念人違いだったワ!そりゃそうさ、かの有名なお嬢様がこんな辺鄙な菓子屋に来るわけねぇもんな!」

「自分の店を辺鄙呼ばわりって、お前ホントに店長かよ!」


 列に並んでいる誰かからヤジを飛ばされたが、そんなことは気にしない。何故なら鼻につくガキを手玉に取って俺は今最高にハッピーだったからだ。


「覚えてなさいサビター……!この恨みは必ず果たしてみせるわ……!」


 一方、俺に対して憎悪の炎を向けていたビリオネの事なぞ、露にも思わず、俺は看板を振り回して店の宣伝をしていた。


次回、ビリオネに悲劇が……

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