第22話 酒とギャンブルには飲まれるな
街は人々の賑やかな喧騒に包まれていた。往来で商売をしている者や、それを値踏みする者、一瞥もせずに通り過ぎる者、様々な人間が往来を歩いていた。
俺もその一人だった。だが目的がある。ウィードの連絡先を知っていると人物と会う事だ。俺はその人物と会うべく、とある場所へと向かっていた。その場所とは俺が大好きな場所でもある。
「来た!キタキタキタ!大金持ち!おおん!」
「ああああああああ!!全部擦ったァァァァァァァ!!死ねェェェェェェェェ俺ェェェェェェェェ!!」
人間の欲望と悲しみが渦巻く魔境、カジノだ。カードゲーム、ルーレット、スロットなど、の所持金を使って賭け事をする場だった。カジノの名前はゴッドブレス。名前のセンスはともかく、その場所はウィルヒルの中でも活気溢れる場所だった。
「お客様、もう手持ちのチップはないでしょう。今日はもう帰られては?」
「い、いや!まだ金はあるんだ!頼む!続けさせてくれ!俺のつけてる懐中時計を売るよ!コイツはブランド物なんだ!これだけでも数十万グラッドは……!」
「ハァ……連れてけ」
「やめろ!俺はまだやれる!やれるんだァ!頼むよ!」
ギャンブル中毒の男は用心棒の男達に体を拘束され、外へと無理やり運ばれて行った。
このように得る者も居れば失う者も居る。泡銭を手に入れて喜んでる奴等を尻目に、かつての俺ならば羨ましいと思っていたところだが今の俺は違う。俺は未来を見据えて金を荒稼ぎするのだ。お前等とは違う、などと鼻で笑いながら俺はカジノの受付に立ち寄る。
「100万グラッドをチップに変えてくれ」
俺は自分で何をやってるのか分からないまま光に照らされる美しい金貨を軽い素材でできた丸い物と変えた。あれ?俺何してんだ?ギャンブルなんてバカのやる事だってさっき自分で思ってたよな?
「武器の持ち込みは禁止しているのでこちらにお預けください」
俺は受付の男に言われ銃二丁を銀色のカウンターに置いた。それと交換するみたいに俺は片手で持てるサイズの箱に入った大量のチップを貰い、カジノ内部へ入場した。
「俺、何やってんだ……?」
自分でも訳がわからなかった。俺はただウィードの情報を持ってる知り合いに会いに来ただけなのに、何故か俺はギャンブルを始めようとしていた。いや、間違ってはいない。俺が会おうとしている知り合いというのはここ、ゴッドブレスを仕切っているオーナーなのだから、俺がカジノでちょっと遊んでいても別におかしくはない。そう、おかしくはないのだ。
「こんなことしてる場合じゃねぇ。早くアイツを探さねぇと……」
俺は辺りを見回す。俺の存在に奴はもう気づいているはず。そろそろ声がかかってもおかしくない。だが未だに使いの者が来ない。
「あっ」
ここで俺はハッとして気づく。いや、そういえば俺はアポ無しで来たんだった。それなら俺がここに来ているのもまだ把握できていないのも頷ける。
だがどうせ気づくのは時間の問題だ。それなら少しくらい賭け事に興じるのも悪くない。現に俺は100万グラッドを換金してしまったのだから、使ってしまったほうがいい。そうに決まってる。
「あー、ちょっといいか?」
俺は黒のスーツを基調とした制服を着たディーラーの男に声をかけた。
「はい、なんでしょうか」
「実は人を探してる。ここのカジノのオーナーのシルク・タラクトは居るか?」
「お客さん、ここはギャンブルをする所であって出会いの場ではないですよ。ちょっとは遊んでいったらどうですか?人探しはその後でもいいでしょう」
ディーラーの男は俺にそう提案した。忘れていた。シルクはオーナーと言っても裏のオーナーだ。不用意に名前を出して欲しくないのだろう。
「いや、出来れば早く会いたいんだが」
「…彼女ならその内来ます。さ、せっかく来たんですから遊んでいってくださいよ。ね?」
ディーラーの言葉に俺の気持ちは傾く。それも悪い方向に。
「と、とりあえずルーレットでもやるか。とりあえずだ、別に勝っても負けても関係ない。俺はこれから億万長者になる男なんだからな……」
俺は別に誰かに責め立てられてる訳でもないのに自分で言い訳をしながらルーレットに吸い込まれるように足を向こうに動かす。
「それで、どれにします?」
俺はルーレットを見る。ルーレットは赤と黒に分かれていて1から38までの数字があった。
「…黒の13番。100万グラッド賭ける」
「ええ!?マジかよ兄ちゃん!?アンタとんだギャンブラーだなぁ」
俺は大博打に打って出た。俺のその決断に歯の抜けた不揃いの小汚いジジイが感心するようなバカにするような意味を含んているように言った。別に勝っても負けてもいい。俺はただ知り合いと話をしに来ただけなんだからな。
「それでは参ります。ルルルルルルルルルルルーレット回ります!」
「巻き舌すげぇな。どうやってんだ?」
あり得ない巻き舌で叫びながらディーラーはルーレットを回した。俺はただ惰性でルーレットと玉が回るのを見ていた。回転している間、俺はシルクに最後に会った日を思い出していた。
俺はニーニルハインツに居た頃、用心棒として駆り出されていた。隣国のマッドギアからガラの悪いチンピラ共がカジノで悪さしているからどうにかして欲しいという依頼だった。
『ブハハハハハハハハ!大儲け!大儲けだぜ!チョロいなぁ!』
『このままここのカジノの金全部持ってっちまいますか?兄貴!』
両目に赤いバイザーを装着したモヒカン野郎とその取り巻き達数人が派手にチップを稼いでいた。だがその羽振りは異様で、余程の強運かズルでもしなければおかしい程だった。
『お客様。少しお時間よろしいでしょうか』
五人の黒服のガードマン達がその男達を取り囲む。
『あ?なんだテメェ。俺達がイカサマでもしてると思ってんのか?』
『いいえとんでもない。しかしお客様には心当たりがありそうですね。ちょっと事務所まで来てもらえますか?』
ガードマンの男がそう言った次の瞬間、モヒカン野郎はガードマンの男の顔面を真正面から拳でぶん殴った。
『テメェ!この俺様、クレイジーグリズリーにメンチ切るたぁ良い度胸だなクラァ!威勢の良い奴は嫌いじゃねぇ!俺がたっぷり可愛がってやるぜ!』
殴られたガードマンは顔面が陥没奥に陥没したようにめり込んだ。かわいそうに。
『テメェ!客だからって容赦しねぇぞコラァ!』
残りのガードマン数人が仲間を殴られた事に激昂し、声を荒げてクレイジーグリズリーと称するボーグマン達を殴りにかかる。
『おおやってるやってる。どっちが勝つかな』
『ちょっと!サビターさん!やってるやってるじゃないですよ!どうにかしてくださいよ!こっちは金を払ってるんですから!』
俺が観戦するようにケンカの様子を見ているとゴッドブレスの支配人が俺の隣に耳打ちをしてきた。
『まだ良いだろ。アイツ等結構善戦してるほうじゃないか?』
『いやどう見ても負けてますよ!マッドギアのボーグマンは身体改造してるんですから並の人間じゃ歯が立ちません!だから早くどうにかしてください!』
支配人の男は慌ててそう言っていた。確かに、改めて見直してみると明らかにガードマン達は競り負けていた。ガードマン達は殴った拳を痛め、手を押さえていた。ボーグマンは視野角や臓器などの内側の改造は元より、皮膚でさえも元の人間ではない。皮膚は見た目こそ人間のものの触ってみれば金属と同じ硬さを持つ。そんな人間の顔を殴ったところで痛いのはこっちの方だ。それも仕方ない。
『分かったよ、任せろ。直ぐに終わらせて来る』
俺は壁に寄りかかるのをやめ、ボーグマン達の元に歩み寄って近づいた。
『おっ?なんだお前。やろうってのか?言っておくがやめておいた方が身のためだぜ。じゃねぇとお前もこいつらみてぇにミミズちゃんになっちゃうからなぁ!』
ギャハハハと汚い笑い方をするボーグマンの男に、俺は同じく『ギャハハハ』と小馬鹿にするように笑う。
『テメェ馬鹿にしてんのか?』
『馬鹿にしてるに決まってんだろ。何がクレイジーグリズリーだ馬鹿馬鹿しい。テメェみてぇな三下のチンピラなんか腐るほど見て来たぜ。大人しくマッドギアの田舎に帰って身体でも弄ってろよ』
俺は思いつく限りの罵倒の言葉を浴びせると、クレイジーなんとかは顔を真っ赤にしながら俺に殴り掛かってきた。俺は後ろに下がって避けると、右の拳を奴のドテッ腹にぶち込んだ。
『グェウッ!?』
奴は予想出来てなかったのか、まさかの痛みに腹を押さえてみっともなく涎を垂らした。
『テメェ……なん……で……!?』
『さっきも言っただろうが。お前みたいなチンピラ腐るほど見て来たって。そいつ等との戦い方ももう分かってんだよ』
俺はクレイジーグリズリーに右腕を見せた。見せた途端奴は顔をギョッとさせた。俺は右腕に装着した右腕半分を覆う黒いガントレットを奴等に見せつけた。
『フィストキャノン!?なんでテメェがそんなモン……!』
クレイジーグリズリーは俺のフィストキャノンを見て冷や汗を垂らす。
『非ボーグマン戦闘装具の一つだ。テメェらみてぇなただ皮膚をクロームで覆えば良いと考えてるクソミソ共をぶちのめすための武器の一つだ。いやぁ全く、美しいフォルムだぜ』
俺はガントレットに見惚れてうっとりとしてしまう。すると腹に一発喰らったにも関わらず、無理やり立ち上がったクレイジー君は俺に銃を向けた。それに倣って奴の取り巻き達もこぞって銃を俺に向けた。
『はっはっはっ!思い出したぜ!テメェ、あのニーニルハインツの狂犬の不死身のサビターか!マッドギアにゃテメェを殺してぇ奴がわんさかいるぜ…!噂じゃ懸賞金も懸けられてるらしいじゃねぇか!こりゃ良い収穫だぜ……!』
『…おい、ここは武器の持ち込みは禁止されてるぜ?』
俺はクレイジー君の銃を見つめながら声を低くして言う。
『テメェも武器持ってんじゃねぇか。これでトントンだろ』
『いいや違う。俺は雇われてここにいる。武器の持ち込みも許可されてる。だがテメェは、ここのルールを侵しかけている。これ以上は遊びじゃ済まねぇぞ』
『うるせぇ!テメェぶっ殺したら俺はもっと名を上げられるぜ!つーわけで死ねやァ!』
奴は俺に向かって引き金を引こうとした。だが奴もその仲間も、急に体が動かなくなった。指先すら自由を奪われたかのように動かない。
『なっ…!?身体が……!?』
『おーおーおいでなすった』
俺は彼女の登場にヒューと冷かした。彼女は2階の螺旋階段からゆっくりと降って来た。艶めかしい美貌に絹のような燃える炎とも似たオレンジ色の長い髪をたなびかせ、魔性の雰囲気を放つ成熟したアダルティーな良い女だ。
『お客様、当カジノにはルールがございます。お客様達が賭け事を楽しんでもらうために快適な空間を提供するのが私共の仕事であり喜びですが、それをお客様自身で破ろうとなると…私共も少し手荒な真似をする他ありません』
一段ずつしっかりと踏み、ハイヒールのカツカツという小気味の良い音が静かになったカジノ内に響く。遂に一階に降りた彼女はクレイジーグリズリーに近づき、人差し指と中指の2本の指を彼女自身の厚い唇にくっつけ、それを奴の唇に触れさせた。
『少しの間お眠りください』
そう言うとクレイジーグリズリー等チンピラ共は苦しそうに踠きながら泡を吹いて気絶した。
『ひぃ〜おっかねぇ。流石の腕前だな、シルク』
俺は彼女に拍手を送りながら言う。彼女こそこのカジノのオーナー、シルク・タラクトだった。鮮烈な一面だったことは覚えている。彼女は美しいだけでなく、男を破滅させてしまう魔性の雰囲気を併せ持っていた。
「おおスゲェ!黒の13番!黒の13番が入ったぞ!」
俺が思い出に浸っていたその時、歯が不揃いのギャンブル中毒のジジイが俺の肩を掴みながら言ってきた。
「は?え?」
俺はそのジジイの言葉に目を丸くする。本当だ。入っている。黒の13番にすっぽりと吸い込まれるようにボールが入っている。俺の元には今大量のチップが並べられていた。
「ここでやめるのはもったいねぇだろ兄ちゃんよ!もっと稼げる!もっとやろうぜ!ギャンブルをよ!」
ジジイが俺に発破をかけるように言ってくる。俺は目の前にある山のように盛り上がったチップに、完全に俺の理性は完全に溶けていた。
「やるか……」
俺は少しずつ冷めかけていたギャンブルの熱に火を灯す。やがてその小さな火は大きな炎のうねりと化した。
「おう!やったれ!」
「やるかッ!!一発逆転のギャンブル!!!」
完全に俺はギャンブルにのめり込んだ。
誰か俺を止めてくれ。
そう思っていたがこの沸きに沸いたこの熱を冷やそうとする者は誰一人としていなかった。なぜならここにいる奴等は自分を危険に晒す事に興奮する筋金入りのカスしかいなかったからだ。
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