第19話 雑草
「「「マッズ!!!」」」
「それはもう聞いたわい」
あまりの不味さに俺達は二度同じ言葉を言い、全員息のあったアクションで床に吐き捨てた。
「おい!前作った時はめちゃくちゃ味も品質も良かったじゃねぇか!なんだこれ!?あまりの不味さに舌が首釣って自殺したがる味だ!」
「た、確かにこの味は嗜好品としてはあまりにも人を選ぶ味ですね……ま、まだ舌に味が残ってる……」
「クソまずいよ」
俺達はそれぞれ味の感想をライラに伝えた。
お前の作り方はどこか間違っているぞ、と暗に伝えたつもりだったのだが、当の本人と言えば自慢げに口角と鼻を高々にして満足そうな顔をしている。
「これが普通のポーションじゃ。塗っても良し、飲んでも良し、しかし味は不味く傷口には染み込み、良薬口に苦しというものの、効果が出るのは雀の涙ほど。こんな愚物、口に入れる物ではない」
「お前よくそんなものを俺達に飲ませたな。頭の中の良心回路が遂に壊れちまったのか?」
俺はライラに善の心に訴えたが「優しい心で偉大な発明品が作れるか?」と逆に質問してキレてきやがった。
冗談抜きで倫理や道徳心を捨ててやがったこの女。
「お主達には普通の錬金術士や魔法使いが作る普通のポーションを飲ませた」
ライラは自分が作ったポーションの入った瓶を俺達にむざむざと見せつける。
そしてその瓶をテーブルにゴトッと音を鳴らして置いた。
「しかし安心するが良い!お主等にはこの天才錬金術士、ライラック・フォルストフがおるのじゃからなァ!フッハハハハハハハハハハ!」
「お前まさか自分を上げる為に俺達にクソ苦ポーションを飲ませたのか?」
「そうじゃが?何か問題でも?」
俺はその言葉を聞いて安心した。
これでこのクソガキのこめかみに拳をぐりぐり攻め立てる事がだからと思ったからだ。
「痛い痛い痛い!悪かった!ワシが悪かった!そうじゃよな、誰だって苦いジュース騙して飲まされたら怒るじゃろう!だからもうやめて!」
俺は彼女の言葉を聞いて手を止める。
コイツは定期的にお仕置きしないと反省しないみたいだ。先が思いやられる。
「と、というわけで今度はワシオリジナルブレンドのポーションを作る。タマリ、よく見ておくのじゃぞ!」
ライラは基本的には同じだが、先程とは少し違う別の素材を机に並べ、釜に再度火をつけて温度を高めた。
まずその中で目を引いたのは俺達が採取しに行ったガッデスハーブだ。
「まずはこのガッデスハーブを入れる。釜の中に完全に溶け込んだのを確認したら次はアクセントをつける為に桃オレンジの果実を絞った汁を入れる。これで先程の青臭い匂いが消えてハーブの爽やかな香りと果実の甘い匂いがパーフェクトハーモニーを奏でる!」
変な言葉ばかり使ってるライラに俺は若干イライラする。
がしかし、さっきとは違って爽やかで甘い香りが優しく鼻腔をくすぐった。
これだ、ライラが俺に実力を見せつける為に作ったポーションと似た匂いだ。
「そして次に水を入れる。だが一気にではない。少し掻き混ぜて少し水を入れ、少し掻き混ぜて少し水を入れ、を繰り返す」
片手にかき混ぜ棒を持ち、もう片方の手には水の入った瓶を持ったまま器用に釜の中を混ぜている。
スムーズにやっているように見えるが、適切なタイミングで水を入れてかき混ぜ棒を動かし、さらに火力を調整するのを一人でやっているその姿は、おいそれと真似できるようには思えない。
「そして次に、ピージャのオイルを入れる。混ぜ方が大切なんじゃ。中心からずれないように常に掻き回し続け、素材達が溶け合い一つになるのを確認する。そして釜の中の色や匂いが綺麗な緑色になったのを確認したら火を止めるんじゃ」
ライラは手と釜の火を止め、先程と同じくおたまのような器具を使って小さい瓶の中に完成したポーションを入れた。
今度は三人用ではなくライラも含めた四人分あった。こいつめ、自分は不味い方は飲まず美味しいポーションだけ飲む気か。卑しい女だ。
「完成じゃー!ライラック・フォルストフ謹製、グリーンポーションの出来上がり!」
ライラは「グハハハ」と高笑いしながら俺達にポーションを配る。
今度はさっきのポーションとは違い、色が澄んでいる。
アリーシアに向けて瓶越しに彼女を見つめると、緑の世界に映る美女の姿があった。これだけで酒が進みそうだ。
「サビター、手を出してくれんか?」
ライラは俺に少し頬を染めて言った。
なんだこいつ。仲間の前で結構大胆だな。
「おいおい。流石にここでやるのはまずいだろ。時と場合ってもんがあるんじゃねぇか?」
「確かに。だが今はワシの力を見せつけてやる時なのじゃ。男を見せてくれサビター」
彼女の目は真剣そのものだった。
両腕を後ろに組んで隠すようにもじもじしながら、こんなにも俺を信じて期待してくれているとは。
正直言って小さい女は俺の好みの対象外だが、ここは男として彼女の頼みを聞いてやるべきだ、と俺は固く決意する。
「分かった。お前の覚悟、しかと受け取ったぜ」
「ん?覚悟をするのはお主の方──」
俺はライラが何か言い終える前に彼女の胸を触った。
「えっ?」
ライラは目を点にした。
何が起こったのかまるで理解していなさそうな目だった。
「大丈夫だ。優しく紳士的にするさ。まずは瞳を閉じろ」
俺が声を小さく優しく、ということを意識しながら語り掛ける。
するとライラは足から頭の先まで真ッピンクになり、わなわなと震える。
俺は彼女の胸をソフトにまさぐり、続きを始めようと──
「な、何をしとるんじゃこの変態がァー!!」
ライラはどういうわけか俺の腕を掴んで俺の手にナイフを突き刺した。
「痛ってェェェェェェェェェェェェェ!?!?」
俺の右手にナイフが刺さり、貫通していた。血がボタボタと流れ落ち、痛みで手が震える。
「テ、テメェ!何を……!行為の直前でナイフ刺す奴がいるかァー!?」
「な、何をするはこっちの台詞じゃ!ワシの、ワシの胸をあんな…!あんないやらしく触りおって……!」
俺は手を押さえながら怒ってライラに怒鳴った。
「いきなりセクハラするなぞお主頭おかしいんじゃないか!?ワシはポーションの効果を実証するために刃物で少し切ってその箇所にポーションを掛けて治そうとしただけじゃぞ!?」
「ハァ…ハァ……えっ?衆人環視の中俺を求めて来たんじゃねぇのかよ?」
「そんなわけあるかァ!?ワシはそんな趣味なぞ持っておらん!初めてはちゃんと良い雰囲気の中でしたいんじゃ!……あっ」
自分で言って自分でまた顔を真っ赤に染めてしゃがんで蹲るライラ。俺は先程から刺さっているえげつない鋭さを持ったナイフが凄まじい痛みを催していたのでとりあえず手から抜いた。冷たい金属が肉の中を摩擦していく瞬間は、えも言われない最悪の痛みだった。
「そうじゃ。ポーションを……」
「あぁ?要らねぇよ。俺は大──」
俺が言い終える前に、ライラはポーションを俺の右手にふりかけた。
傷口に入り込んだ液体が沁みると思い、俺は気を張った。
だが痛みが来ることはなかった。
痛みを感じない。
そしてかけられた箇所は目を見張る速度で傷口が塞がり、流血は治まった。
皮膚が意志を持ったかのようにうねうねと動いて穴が開いた箇所を覆った。
「傷が治った。しかも痛みもない。気分も、全然悪くねぇ」
俺は右手をグッパ、グッパと握ったり、開いたりする。やはり痛みは感じない。
「このように、このポーションはさっきのヘボポーションとは違って即効性じゃ。怪我をした箇所にかけたり塗ったりすればすぐに傷は癒える」
ライラは自らの発明品を実演を踏まえて紹介する。
「あの、大丈夫ですか?」
アリーシアが俺達二人に対して心配の声をかけた。
「アイツ訳が分かんねぇ。普通あんなこと言われたらそう思うだろ?」
「いえ全く。普通にあれは正当防衛に当たると思いますが」
どうやらアリーシアの立場はライラの、というより女性の味方だったようだ。
だがそれを分かった上で俺の手を取り、傷が無いかどうか確かめていた。
一応俺の心配はしてくれているようだ。
「もし痛みがあるようなら教えてください。痛みを緩和するツボを押しますから」
俺は彼女の励ましの言葉に一言「ありがとうよ」と言うと、アリーシアは「あぁそれともう一つ」と付け加えるように補足する。
「女の子にあぁいった事をするのは控えるべきですよ。いつか大変な目に遭うかもしれません」
「あぁ。さっきのヤツで学んだぜ。もうセクハラやめる」
俺はネジが外れた奴にちょっかいを出すとどうなるかということを身をもって知った。
もうやらない。
絶対やらない。
多分やらない。
おそらくやらない。
「それじゃあ改めて、ポーションを味見して欲しい。ワシ等が何を作るかということを理解するためにもな」
ライラは机に置いていたポーションの入った瓶を持ち直し、口に運んだ。
俺も瓶を掴んで口に付けた。
アリーシアとタマリは少し抵抗感を見せていたが、良い香りに誘われてのもあってか、意を決してグビッと飲んだ。
俺は匂いを鼻で楽しみ、次に口の中にポーションの液体を入れた。
以前ライラが作ったハーブ入りパウンドケーキを食べた時にも感じたが、ハーブの特有の薬味のような味が口の中に広がる。
しかしそれと同時に桃オレンジのフルーツの甘味も発生していた。
爽やかかつ甘い。
その二つの味覚が喧嘩することなく偏在している。
「はわあ……!なんてすばらしい……!」
アリーシアが嬌声にも似た息を漏らし、顔を綻ばせていた。
普段から色っぽい女だとは思っていたが、今の彼女の姿は酒を飲んで身体が火照っているような状態だった。
端的に言うとめちゃくちゃエロい。
「不味くない!不味くないですよ!」
アリーシアはあの苦い液体のイメージが払拭され、感動のあまり涙を流していた。
「お前酔ってんの?」
「酔ってない!」
アリーシアは声を大にして言った。この雰囲気は確実に酔いが回っている。だが俺もライラもタマリも特段異常はない。
「いや、アルコール成分の入った素材は入れてないから酔うはずはないんじゃが……」
ライラは自分で作ったポーションを怪訝な表情で見つめながら言う。
「アリーシアはフルーツを食べちゃうと酔っ払っちゃうんだ」
タマリがポーションをゴクゴク飲みながら呟いた。
「ウソだろ?そんな奴いる?」
「ここにいるでしょ」
「ま、まぁ世界は広いからの。幽霊が見える人間だっているかもしれん」
「いや流石に居ないだろ」
俺はライラの冗談に軽く返すと、彼女は少し真面目な表情になる。
「してサビター、ワシの芸術作品をどうやって売るつもりなのだ?ショーウィンドウの中にポンと置いてさぁ買った買った!とは言えまい?」
彼女の言う通り、堂々と売ることはできない。
他のドラッグと違って人間に害は無いが、違法薬物扱いされている。
俺達が直で売れば足がついてギルドの連中に見つかるのは時間の問題。
ここは卸売業者と取引をするのがセオリーだ。
「ああ、俺も丁度そのことについて考えてた。だが現時点だと俺が築いた人脈は使えない。ニーニルハインツの連中に全ての情報を握られている」
「なんじゃと?それではたくさん作っても捌けないではないか」
「ああ、俺がちょっとでもそのリストの中の人間に接触しようものならすぐに奴等が飛びついてくるだろうな。弾丸よりも早く駆けつけてくるだろうぜ」
それを聞いたライラは「じゃあどうすれば良いんじゃあ〜」と頭を抱えて悩ませる。
コイツは作るのが専門だ、それまで任せてしまったら俺のいる意味がない。
「実は妙案があるんだなそれが」
俺はニヤっと怪しげに笑って答えた。
「本当か?何か良い作戦があるのか?」
「ああ。今までの人脈が使えなくなったんなら、新しくコネを作れば良い」
俺は一人だけギルドの連中にまだ存在を明かしていない業者を知っていた。
アイツなら、俺の相棒の商品を気にいるかもしれない。
「誰じゃ?誰なんじゃそ奴は?」
「ああ、奴は裏社会の人間達にこう呼ばれている。『雑草』ってな」