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第17話 君の名前と俺の野望

面白かったらブクマと高評価をお願い申す


 大理石の床、アンティーク調の木製のテーブル、豪華な眩い光を放つシャンデリア、魔物のはく製、癖がありながらも数々の調度品と装飾品に囲まれた気品のある部屋で、ある一人の少女が優雅にショートケーキと共に紅茶を口に運んでいた。


「お嬢様。ご報告がございます」


 その少女の部屋にノックをし、入って来た人物がいた。その人物は銀髪をオールバックにし、黒い執事服を着て右目に片目のモノクルを掛けた初老の男だった。


「なんですの?セバスチャン。今やっとお業務から解放されてブレイクタイム中ですの。後にしてくださる?」

「お嬢様にとっては重要な事かと。それと私の名前はビフでございます」


 執事の言葉に「ふふ、冗談よ」と言って少女は微笑んだ。


「いいわ。拝聴いたしましょうアルパチーノ」

「ビフでございますお嬢様。例のスイーツショップが営業を再開いたしました」


 執事の言葉に少女は紅茶を口に入れるのを止めた。


「…様子はどうだったのかしら」

「営業再開した後二週間ほど監視を続けていましたが、常に客足が多く、店内は大盛況。常に行列が絶えない状況です」

「なるほど。使いの者にデマを流させましたが、それでも息を吹き返して巻き返したとは。さぞかし一流のパティシエがいるのでしょうね」

「それが……」


 執事は一瞬言葉に詰まり、それを怪訝に思った少女は「早くおっしゃいなさい」とした時に促せる。


「商品を作っているのは錬金術士との事です」

「錬金…術士……?」


 少女は首を傾げて執事を見る。


「おや、お嬢様。錬金術士はご存知ではない?」

「まさか。錬金術自体は人並みには存じ上げていますわ。ただ、スイーツを作る過程で錬金術を用いることに疑問を感じただけ」

「左様ですか」


 少女は紅茶を置いて椅子から立ち上がり、頬に垂れていた髪を手で後ろに追いやると、「ふふん」と楽しそうに笑った。


「わたくし、そのお店に興味を持ちましたわアルフレッド。近いうちに来訪いたしましょう」

「かしこまりました。それとしつこいようですが私の名前はビフでございます」


 そして少女は部屋から出て行った。執事は名前を間違えられたままだったが顔色一つ変えず少女の後ろについて行った。












 二週間前にあの脱法パウンドケーキを宣伝してから、俺の店はすこぶる羽振りが良くなった。常に客で店の中はいっぱいだ。流石に毎日営業しているままだときついということもあって週に二日ほど定休日を設けた。その定休日にポーションを作ることに決めた。


「フハハハハハハハハハハ!金が!金がありえんほどあるぜ!」


 俺はレジに貯まっていた金貨銀貨銅貨をジャラジャラとかき混ぜながら大いに気分が高揚していた。既に店は閉めて各々疲れ切った顔で客用の席で休んでいた。だが荒稼ぎして喜んでいるのは俺だけではない。他の三人も同様だ。


「まさかここまで稼げるとはの……我ながら自分の才能が恐ろしい!」

「こんな大金……本当にもらっていいんですか?」

「お金がいっぱい……」


 俺はお菓子作りを本業にするなど本意じゃなかったが、俺達がここ二週間で稼いだ金額は一千万グラッドだった。アリーシアとタマリが加わることによって客を捌くスピードが上がり、スイーツの製作スピードも向上した。だが完全移行するのはまだ早い。


「お前ら、明日はポーション作りだ。金を稼ぎたいなら明日もこの店に来い。あくまでスイーツ作りは表向きの仕事だということを忘れるなよ」


 俺が忘れないよう釘を押すように言うとライラが「え〜!」とめんどくさそうに文句を言った。


「いやいや、もういっそこれが本業で良いじゃろ。十分稼げてるしのう」

「聞こえなーい聞こえなーい。肝心の目的を忘れたバカ野郎の言葉なんか聞こえませーん」


 俺は耳を塞いでアーアー言ってライラの言葉を遮る。


「とにかく!明日朝ここに集合!表でも裏でもじゃんじゃん金を稼ぐぞ!」


 そう言って今日の夜は解散した。と言っても家に帰るのも面倒くさいし、俺はもうこの店に住む事を決めたのでそのまま残った。休憩室のベッドに横になり、両腕を頭の後ろに組んで眠りに着こうとする。


俺はたまに昔のことを思い返す。数々の戦場にて最高級の銃火器を鹵獲して使い倒し、銃弾と爆弾の雨を降らせて来た。戦友と共に敵を蹴散らしてきた楽しき日々、それが恋しいと思う時がある。だがそれと同時に欠落した記憶があるのだ。


 思い出したくても黒い(もや)がかかって思い出せない出来事、人物。起きていると一欠片も見れないが、寝ている時だけ断片的に見ることができる。だがそれもいつやってくるか分からない。


 あの時夢の中で見た彼女は元気でやっているのだろうか。今のニーニルハインツに彼女と思しき人物は居なかった。ギルドの人間は常に命を張って日銭を稼いでいる。幹部以外の人間は常に死人が出たり抜けたりする人間もいる。入れ替わりが激しい世界だ。生涯現役で食べていける人間は案外少ない。


 と、そろそろ眠くなってきた。考え事をしているとあっという間に睡魔に襲われる。だがこれで良い。夢の中くらい、良い思い出を見させてくれ、俺はそう願いながら重い瞼を閉じて眠りに着いた。





 夢の中で目が覚める、とはなんとも矛盾した感覚だった。俺は何年前の記憶かを思い出すべく辺りを見回す。場所はウィルヒル王国の中だった。だが微妙に違う。今よりも外観が古いのだ。それもかなり。おそらく十数年程前だろう。今現在の俺の年齢は35だから、この時の俺は25、6歳くらいだろうな。


「サビターさん!」


 俺を呼ぶ声がした。女の声だ。俺はどういうわけかカフェテラスにいて、洒落たテーブルに面と向かって面の良い女と茶をしばいていた。


 過去の記憶を夢として体験しているからか、俺の身体は勝手に動き、言葉も勝手に出てしまう。


「ああ悪い。で、なんだったっけ」

「ですから…戦争、いつ終わるんでしょうね……」


 女は憂鬱そうに言った。確かこの時、ウィルヒル王国とマッドギアは停戦状態になっていて一時的にギルド連中は国に帰ってきたのだ。束の間の平和を享受していた俺達だが、また戦争に駆り出されるのも時間の問題だった。


「さぁな」


 俺は気にせずそう言った。俺はチラリと彼女の顔を見る。


「ん?」


 俺は彼女の顔をもう一度見た。そうだ、思い出した。あの時の魔法隊の一人だ。顔が朧げであまり思い出せなかったが少女特有のあどけなさは幾分か消えて精神的に成長している事が顔に現れていた。


「まぁまだ続くんじゃねぇか?この間同盟国のサンゼーユに助けを求めたが日和見主義のあの国は断ったしなぁ」


 俺は他人事のように言った。そもそも勝てた事自体がおかしいんだ。ウィルヒルは魔法にかまけて胡座をかき、技術革新が起こした未知のテクノロジー大国のマッドギア相手に停戦まで持ち込んだ。


「確かにマッドギアの兵器は恐ろしいですが、我々ニーニルハインツギルドがいれば逆転勝利する事も不可能ではありませんよね」


 女は自分を鼓舞するように、確認するように言った。


「お前いつギルドに入ったんだよ」

「なっ!?忘れちゃったんですか?戦場でサビターさんが『今日からお前もギルドの一員だ』って言ってくれたんですよ!」


 女はそう言って怒りながら言った。俺はそんなこと言った記憶はないが、彼女の記憶でははっきり言っているらしい。どういうわけか昔の記憶を断片的に忘れている。理由は分からないが彼女の顔や名前を忘れてしまうほど深刻なことは間違いない。


「冗談だよ。口約束になってちまったが言った以上はお前は仲間だ」

「本当ですかぁ?」


 彼女は疑い深く俺をジロリと睨んで言う。


「まぁお前は堂々と治癒魔法を使え。俺がお前を必ず守ってやる」

「なら私は貴方を守ります。命に賭けても」


 彼女は真剣な表情で俺に言った。あの時情けなく泣いていたガキんちょが一丁前な事を言っている事に笑いを抑えられず、思わず吹き出してしまう。


「ちょ、ちょっと!何笑ってるんですか!これでも真面目に言ってるんですよ!」

「ああ悪い悪かったって。俺は不死身だ。お前に世話なんかされなくても大丈夫だ」


 俺がヘラヘラしながら笑って言うと彼女は不機嫌そう面をして、


「誰が貴方の傷を治しているかお忘れですか?私がいるから貴方は不死身なんです」


 俺に痛いところを突いた。俺は必ずどんな戦場からも帰還するが、いつも傷だらけで帰ってきた。周りがいつも俺を笑いながら歓迎していた時、いつもこの女は俺を心配しながら魔法で傷を癒してくれた。


「分かった、分かったよ。俺がお前を守るから、お前も俺を守ってくれ。そしたら俺達は最強だ」


 その点に関しては彼女には頭が上がらない。俺が彼女にそう言うと彼女はようやく満足げに笑った。


「さて、そろそろギルドに戻りますか。まだ溜まってる依頼がありますし」


 女は椅子から立ち上がり、ギルドに戻る準備をした。俺も「そうだな」と俺も返事をして立ち上がる。


 なんとなく、夢が覚めてしまう気がした。まだ俺は夢を見ていなければならないと思った。失われた記憶を取り戻すために、彼女が何者か思い出すために。俺は彼女の輪郭も、名前すらも思い出せていない。


「あ、ああ……名前……」


 俺は夢の中で思い通りに動かない口を懸命に動かす。女は俺に振り向いて「なんです?」と聞き返す。


「お前の名前は……なんなん…だ!?」


 俺はままならない言葉を紡いで彼女に言った。彼女は「はぁ?」言って首をかじけつつも、ため息を吐いて俺の目を見てこう言った。


「セアノサス、ですよ。今度は……ちゃんと思い出してくださいね」


 彼女は…セアノサスはそう言い、俺は夢の世界から追放された。




「ッ……!?」


 俺は夢から覚め、現実世界へと戻ってきた。既に時刻は朝を迎えており、休憩室の外からはライラとアリーシア、タマリの話し声が聞こえてきた。


「良いかタマリよ。魔法と錬金術は似て非なる物じゃが、一つだけ共通点がある。それがなんだか分かるか?」

「うーん、小難しい勉強をしなきゃいけないところ?」

「それもそうかもしれんが違うんだなぁそれが」


 ライラは「惜しい。実に惜しい」とクツクツ笑いながらタマリに言う。


「では、その共通点とは?」


 うんうん唸って正解が何か考えているタマリの代わりにアリーシアが聞いた。


「正解は発想力じゃ!閃きの有無で魔法も錬金術も限りなく発展する。お主も魔法使いなら、そこんところは大事にするんじゃぞ!」

「せんせい、すごい!」


 ライラが自慢げに鼻を伸ばして言い、タマリは脳死気味にライラを褒め称えていた。俺が表に顔を出すと、ライラ達は一斉に俺を見た。


「お寝坊さんの登場じゃな……ん?お主、顔色が良いな。なにか良い夢でも見たのか?」


 ライラは俺の顔をまじまじと見ながら顎に手を乗せて首を傾げる。


「…まぁ、ド忘れしてた事を思い出してちょっとはスッキリしたって感じだな」

「ふぅん……?」


 ライラは品定めするかのように俺の顔をジィーと見た。


「ま、それは置いておくとしよう。さて諸君」


 俺は改めるように両手をパンと鳴らして叩く。


「これからポーションを製造する」



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