第13話 冒険へ出かけよう!その4
「なんでお前ここにいんだよ」
ナックルの至極当然の問答に、俺は汗をダラダラ噴射するように流す。いやぁ麻薬の材料が足りなくなって採取しに来たんだよ!そしたら同業者の人が割り込んできてさ、殺しちゃったわ!ワハハ!なんて言えない。言ったら俺が殺される。
「そういうお前こそ、なんでこんな根暗が好きそうな洞窟に来たんだ?」
俺は話を逸らすためナックルに何故ここにいるのかを逆に聞いた。
「そりゃおめぇ、仕事だからだよ。最近採取禁止のガッデスハーブをどこぞの反社会勢力が乱獲してるって情報を聞いてな、俺はソイツらを締めにきたんだが……こりゃどういうことだ?なんでお前らがコイツら締めてんだよ?場合によっちゃあお前も……」
「えっ、待って。採取禁止?なんのことだ?」
「ああ。外の動植物無機物全て含めて素人が持ち帰っていいやつとダメなやつがある。ガッデスハーブもその持ち帰っちゃダメな植物の一つだ。ソイツは高難度錬金術や魔法薬学等に使われるプロが扱う代物だ。だから素人が取り扱うことは禁止されているんだ」
俺は聞き捨てならない言葉を聞いた。採取禁止だって?ライラはそんなこと一言も言ってなかったはずだ。どういうことだ、と俺はライラに詰め寄る。
「おい」
「な、なんじゃ」
「採取禁止ってなんだ。お前まさか俺をハメようと──」
「ち、ちがわい!採取禁止というのは一般人が、じゃ!ワシは錬金術士で資格も持っておる!だからワシは大丈夫じゃ!」
「俺達は?俺達資格なんざ何一つ持ってねぇけど」
「……」
「黙ってんじゃねぇよ!?」
俺はライラの両脇を掴んで持ち上げてぶんぶんと揺らす。ライラはあーあーあー!?」と悲鳴をあげながらなすがままだった。
「オイサビター!何女の子にキレていじめてんだよ、やめろよ、じゃねえと俺がお前を揺らすぞ」
ナックルはそう言って俺の肩に手をかける。ナックルの言葉に俺は背筋を凍らせ、ライラをゆっくりと慎重に降ろした。
「それでよ、一体こりゃどういうことだ?なんでお前、いやお前らはここにいる?なんでこの盗人共が倒れてんだ?」
俺は話を戻され、いよいよピンチに陥る。こういう時俺は言葉に詰まり、良い言い訳が思い浮かばない。まさかナックル、ニーニルハインツギルドの人間がここに来るなんて考えもしなかったからだ。どうすればいい。どうすればこの場を切り崩せる。
「その点についてはワシが説明しよう」
俺が言い淀んでいたその時、思わぬ助け舟をライラが出した。
「ん?なんだお嬢ちゃん。君は一体なんなんだい?」
「ワシはサビターと同じお菓子屋さん、スウィートディーラーの共同経営者じゃ。それと同時にコック長も兼任しておる」
「ああ君か!あのジョニーが持ち帰ってきた美味いプリンを作ったのは!ありゃあ最高だったぞ!」
「そうかそうか!そりゃあお粗末様じゃわい!ワシも直接お客様の声を聞けるのはいい気分じゃ!」
ナックルとライラが楽しそうに話す。だが俺は全く楽しい気分になれず、いつボロを出すか出さないかで未だにナイーブな状態だった。
「ワシは錬金術士で、サビターとそこの2人、アリーシアとタマリと一緒に採取の手伝いをしてもらってたんじゃ。ワシの錬金術の研究にどうしても必要での、だがところがどっこい!ワシ等が辿り着いた時にはそこのコソ泥共がワシの採取地を荒らしていたんじゃ!ワシ等は懲らしめる為にそやつ等の相手をしていたんじゃ。ちなみに生きてるか死んでるかどうかは知らん」
ライラはペラペラと口を動かして喋り、ナックルは黙って話を聞いていた。
「錬金術士の資格か何かは持ってるかい?」
「ほい」
ライラが懐から一枚のカードを渡す。そのカードには大一級錬金術師、と書かれていた。そして名前は彼女のフルネーム、ライラック・フォルストフとのこと。さらに面白かったのは、彼女の証明写真だ。
「ん?あれ、君…写真と顔違くない?」
ナックルが目をパチパチとさせながら免許証とライラを交互に見る。俺もあまりに気になったので覗いて見た。すると、免許証の証明写真に写っていたのは髪が真っ黒で目がほとんど隠れていたメガネをかけた地味な女だった。
「えっ?これ、お前?これお前なの!?ブゥワッハッハッハッ!!」
「ふん!」
俺がバカ笑いをしていると、ライラが有無も言わず俺の息子にまたもアッパーを喰らわせた。チビのガキのくせに腕力は凄まじく、俺は腰砕けになり、両手で股間を押さえながら涎を垂らして倒れた。
「お嬢ちゃんいいパンチしてるね。結構人を殴るのは得意なのかい?」
「ああ得意じゃ。人の昔の写真を見てバカにする、脳味噌がどんぐりほどしかないバカ男の股間を殴るのは特にのう」
「てめ……この……!」
俺は痛すぎて言葉が出ず、呼吸をするのも息絶え絶えになるほど呼吸困難に陥っていた。なんだよ、ちょっと笑っただけじゃねぇか。何も全力でチンタマを殴ることはないだろ……!
「確かに正式な免許証だ。これならこのハーブを持ち帰っても大丈夫だ。錬金術師と同行してる場合は一緒に持ち帰っても構わないらしい。良かったな」
「お前……頭の中筋肉だけかと思ってたのに…なんでそんなにスラスラ法律用語が出てくるんだよ……?」
「俺はガワを鍛えるだけじゃなくて中身も鍛えてるんだ。特に最近ハマっているのはポエムだ。ポエムはいいぞ、お前も読め」
ナックルは近くに倒れている盗人達の生死を確認しながら言う。脈を測っているのか、手を握ってしばらくそのままだったが、すぐに立ち上がる。
「コイツら死んでないな。目立った外傷も全然ねぇし、誰がやったんだ?」
「えっ?あっ、私ですけど……」
アリーシアがおずおずと手を弱々しく上げながら前に出る。
「傷つけず無力化なんて中々出来ることじゃないぞ。どうやったんだ?」
「えぇと、私、護身術を嗜んでいまして。魔術拳法って言って、手や足に魔力を込めて点方を突くんです。正しい位置に突けば相手を傷つけず無力化することもできるんですよ」
「そりゃあ本当か?俺もやりたい。教えてくれないか!?」
「お、おい。お前らコイツらを捕まえに来たんだろ?だったらここで道草食わずにとっとと拘束して豚箱にでもぶち込んどいたほうが良くないか?」
俺はさっさと帰ってもらいたかったのでナックルにそう言うと奴自身もどこかで区切りをつけておくべきと思っていたのか「いっけね」と言って部下に指示を出す。
「おうお前ら、ソイツら縛って本部に戻れ」
ナックルはそう言って1人だけ残った。何故まだいるんだ。さっさと犯罪者を捕まえて報酬をもらって直帰しておけばいいものを。お願いだから早く帰ってください。
「お前のやろうとしてることは分かってるぞサビター」
ナックルが俺をジロリと睨む。空気が一変した、気がした。
「な、なんのことだよ?」
「ガッデスハーブ、ソイツは特殊な植物で用途は少ない。主に使われるのは、ポーション」
俺はドキリと心臓が早鐘を打つのを感じる。ナックル、奴の厄介な所は奴にはちゃんと脳みそがあってしっかりと頭を働かせていることだ。義理人情や女子供には甘いが、それでもやることはきっちりやる男、故に厄介だった。
「ポ、ポーションンゥ?それがどうかしたのか?」
「お主……少しは動揺を抑えられんのか……丸わかりじゃぞ」
「しかもパートナーが錬金術師だ」
「錬金術士!」
ライラが訂正した。耳で聞いただけでは字の違いなぞ微塵も違いがわからなかったがライラだけはその敏感なセンサーで感じとっていた。
「お前って奴は本当に懲りない野郎だ」
ナックルはそう言って俺の元に歩みを進めてきた。
「えっなにこっち来んなよオイ!」
俺はマッスルゴリラモンスターに近づかれて後退りする。だが壁に追い詰められた。ジリジリと近づかれ、遂に眼前にまでナックルは迫ってきた。
「お、俺をどうする気だ!?」
「お前、あのハーブでとんでもねぇ事しでかす気だろ」
「し、知らねえ!俺は何も知らねえ!」
その辺のチンピラのようなセリフを吐き、俺は顔を引くつかせる。やばい!コイツ全部わかってやがる!最悪だ!ジョニーにはバレなかったのに!
「お前にゃあやってもらわねぇといけないことがあるなぁ」
やってもらわなきゃいけないことだと?い、嫌だ!俺は豚箱なんかでお勤めなんざゴメンだ!
「あのハーブでスイーツを作るんだろ?楽しみだなぁ」
「えっ」
ナックルは訳の分からん事を俺に言った。あれ、なんだこれ、なんか前に一度あったな。
「まったく惚けちゃってよぉ。お前ンとこの錬金術士ちゃんが作ったプリン、団員全員が唸ってたぞ。なんだこのプリンは!?美味すぎる!ってな」
ナックルは「ガッハッハッハッハッ!」と豪快に大口を開けて仰け反りながら笑って言う。ライラは何故かうんうんそうそうと満足しながら頷いていた。俺は「ああ」と全てを理解して力無く答える。あれだ、ジョニーと同じパターンだ。勝手に勘違いして俺に都合のいい展開へと運ぶパターンだ。ギルドの連中って案外どこか抜けてる奴が多いな。
「ヨシ!俺は帰る!サビター、お前達の新しいスイーツ、期待してるぜ!」
そう言ってナックルは洞窟から出ていった。
「ほっ。なんとか上手く誤魔化すことができたのう。これで安心してハーブを採取できるわい。さて君達、採取の手伝いを頼むぞ!」
「分かりました!」
「した!」
ライラに気持ちのいい返事をしたアリーシアとタマリはライラの指示の元ハーブを採取し始める。
「よいか、このハーブは繊細じゃ。それ故に慎重に葉を傷つけずに取るのじゃ」
「は、はい!」
ライラはアリーシアに付いて説明しながら彼女自身もハーブを取る。そして、ボケーっと突っ立っている俺を見つけると、「ちょっと外すぞい」と言ってズカズカと俺の元に足音を立てて近づく。
「おい!ボケーっと突っ立って何をしておる!お前も手伝わんか!」
ライラが俺に対してそう言い、俺の手を引っ張ってハーブが生えている所まで向かった。
「さ、お主もアリーシア達と同じように採取するのじゃ」
「……」
俺はどうにもそんな気にならなかった。なぜなら、
「また、スイーツ作りっすか……」
ナックルにああ言ってしまった手前、俺達はポーションを作る前にハーブを使ったスイーツを作らざるを得なくなってしまった。道が、また遠のいて行く。
「またかよぉ……」
俺の心からのため息と共に出た言葉が、洞窟に中に響く。応えてくれるのは、反響する俺のため息だけだった。




