第106話 いや違うから。材料の仕込みをしてただけだから。
自分で書いててこれ大丈夫か……?と疑心暗鬼になって来ました。やり過ぎだろこれ。頭おかしいんじゃないのか……?
「あ、あああああ!!!聞こえねぇ!!!何も!!!!聞こえねぇ!!!!!!あああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「言わないでぇ!」
苦痛に喘ぎ、両耳から溢れ出る血を押さえながらサビターはジタバタ動いて叫んでいたが、皆彼の事など露程も気にしていなかった。
タマリのニヤニヤとした表情と言葉に両手で自分のセアノサスは顔を隠す。
「え、あの、多分この中で一番混乱してるのは私なんですけど、昨日お互いを殺し合う勢いで仲がよろしくなかったですよね?しかもこれだけ店の中荒れてますし……」
「いやこんらんしてるのはししょーのパンツの匂い嗅いでたのを見てたぼくらだよ。ね、アッカンベー」
「ああ全くだ。あまり変な事をしないでもらいたい」
タマリが「あれ」と首を傾げてアルカンカスを凝視し、それに対して彼はめんどくさそうに「しつこいからもう相手にせん」と言った。
「ごめんなさい」
「分かったなら良い」
アルカンカスを必要以上におちょくった事に対し頭を下げて謝るタマリ。
「それで…なんでこんな大喧嘩したした後でねっとりイチャイチャできたんですか?明らかにおかしいんですけど」
「お、おかしいのは私の下着勝手に拾って匂い嗅いでた貴方でしょ!?」
セアノサスは顔を赤らめながらも怒りながら言い放ち、タマリもアルカンカスもうんうんとうなづいていた。
サビターは未だに耳から血を流し、絶叫しながら地面をのたうち回っていた。
「サビターさん、うるさいですよ。もう耳治ってるんでしょう?痛がるふりして周りの関心を惹こうとするのはやめてください」
「……お前には人を思いやる心が無いのか?そんなんだから殺し屋なんてやってんのか?あとセアノサス!お前耳元で大声出すなよ!なんでヤッてる時より声デケェんだよ!」
「あっちょ、うるさい!」
セアノサスはこれ以上サビターの口から余計な事を喋らせまいと彼の口を噤ませようと手で彼の口を掴んだ。
「あの!ここ貴方達だけの店ってわけじゃなくて私達の店でもあるんで、備品が壊れた理由を聞きたいんですけど!」
アリーシアの若干怒りと不満が混じった張った声に、サビターとセアノサスはお互い動きを止め、じっと見つめ合う。
「あー、最初は喧嘩してたんだよ。ちょっとした些細な事で起こって髪引っ張ったり頬引っ張ったりケツ叩きあったりしてたんだが……」
「ふとサビター……さんが私を壁際まで追いやって私の両腕を掴んだの。お互い密着して目が合って、そしたらなんか空気が変わって、後はそのまま……」
「そのままってなに?」
「いやそれ以上は聞かなくても分かるだろ」
アルカンカスがタマリの質問に答えるかのように言う。
タマリは「うん?」と首を傾げて「ああ!」と槌を打つかのように掌に拳を乗せる。
「SEXの雰囲気だ!」
「別に言う必要はありませんよタマリ」
アリーシアはタマリを諌めるように言うが、この状況を何よりも楽しんでいたのはアリーシアであった。
彼女はセアノサスを見てニヤリと笑うと
「10年もその熟れた身体を持て余してたんですからさぞかし昨日は盛り上がったことでしょうねぇ」
「う、熟れてない!私はまだ20代後半よ!それに今まではライラとしての身体で生きてきたから身体は若いわ!ピチピチよ!」
「その言い方がババくせぇんだよな」
「そのババくさい女と昨日激しく求め合ったのはどこの象さんかしら?」
「いだだだだだだだだ!!悪い!俺が悪かった!!」
セアノサスは額に青筋を浮かべながらサビターの股間を握り、力を強める。
サビターは自分のナニを握られ冷や汗を大量に流しながら顔を不自然な程に青冷めさせる。
タマリが「青いタコだ」と言ってサビターを笑っていた。
「はぁ、別に私達は貴方達を辱める為にねちねち言っているわけじゃありませんよ」
「いや、めちゃくちゃしつこくからかってたじゃん」
「タマリシッ!」
アリーシアはタマリの口に自分の人差し指を当て無理やり黙らせる。
「まぁ面白かったんでちょっと揶揄いましたけど、別にちょっとイチャイチャするくらい誰もこれ以上咎めませんよ。だって久しぶりに会ったんですからね」
「ま、まぁそう言っていただけるととてもありがたいけど……」
「……私の王子様」
「ねぇ!?もうからかわないって言ったよね!?しつこいんだけど!?」
ぼそりと呟いたアリーシアの言葉を聞き逃さなかったセアノサスは本気でキレながら食って掛かろうとしてきた。
それをサビターが抑えて止め、アルカンカスがアリーシアの肩に手を置き首を横に振ってこれ以上は止すんだという意思表示をする。
「もうあったま来た!いいわ!私達もうイチャイチャしまくるから!あなた達の前だろうがお客さんの前だろうが公衆の面前だろうが王様の前だろうが!お子様には見せられないようなR指定を見せてやるわよ!」
そう言ってセアノサスはプンプンと怒って肩で風を切るようにキッチンに入って籠ってしまった。
ガチャガチャと音を立てて錬金釜へと材料を入れて掻き混ぜている様子が見えた。
「あ、ああ。今からお菓子を作るのね……」
アリーシアが困惑しつつも眼鏡を指でクイッと上げて掛け直すとパンパンと拍手を二回し、注目を促す。
「それじゃあセアノサスさんとタマリは商品のお菓子作り、そして私とアルカンカスさんとサビターさんはお店の片づけ、清掃をしましょう」
アリーシアの言葉にタマリとアルカンカスは疑いの余地もなく頷き、サビターは渋々ながらも従い、各々仕事をし始める。
店を休業して数日が過ぎた。
街、国民、国はもう既に日常を取り戻しつつあり、時間は止まることなく進み続ける。
既に何人かの常連がスウィートディーラーに訪れ、営業再開はまだかまだかと催促していた。
今手を止めれば金は稼げない。
サビター達は生きるために日銭を稼がねばならない。
遅れを取り戻さなければ彼等のおまんまがなくなってしまう。
生きるために今日も彼等はせっせと働く。
しかし彼等は、サビターとセアノサス以外の三人は侮っていた、油断していた。
10年もご無沙汰だった若き女の性欲を、そして不死身の男の底知れぬ性欲を……
三日後……
私、アリーシアはあの日以降、げんなりしていた。何故かと言うと、この音を聞けば分かるはずだ。
ガタガタ……バァン!ドン!ガチャガチャ!
「ハァッハァッ……!」
「ンッ、アン…もっと…!」
キッチンの奥で派手な音と共に湿り気の多い吐息、そして何か柔らかい物同士が激しくぶつかり合う音。
お客様の注文と和気あいあいとした話し声がそれほど大きくも広くも無い店内を包み、あまり目立つことは無いが、二人の情事が丸聞こえだった。
二人はタガが外れたのかところ構わずハッスルしまくっていた。
開店前も、営業中でも、閉店後でも、場所も時間も関係ない二人は所構わず情熱的に求め合い絡み合う。
それを私は何度も咎めた。
しかし彼女等は私が部屋に入っていた時には、セアノサスさんは錬金釜に材料を入れて掻き混ぜていたり、サビターさんは材料の下処理をして彼女の作業の手伝いをしていたり、いつも間一髪で誤魔化していた。
私は「いい加減にしてくださいよ。ちょっととは良いとは言いましたけど発情し過ぎですよ。お猿さんなんですか?」と問い正した事もあるが、基本的に帰ってくる答えはいつもこれ。
『いや違うから。材料の仕込みをしてただけだから』
『そうそう。俺達は相性がいいからなそれぞれ作業を分担してやってるんだ。なんならどうだ、お前もやるか?』
『いやねサビターさぁん。彼女にはまだ早過ぎるわよ。こう見えてこの子、結構初心なんだから』
『そらそーか!処女のアリーシアちゃんにはまだ早いか!クァーハッハッハッハッ!』
『アーッハッハッハッハッハッ!』
彼女等は高笑いし、お菓子作りも子供作りも同時に行いながら私を嘲笑う。
仕事中に性行為に励むとはどういうことなのか。
私は頭が少し疲れておかしくなりそうだったがまだかろうじて正気を保っていた。
しかし私の頭を悩ますのは何も身内だけではない。
『あ、あのうアリーシアさん、サビターさんとライラ…?さんは一体裏で何をしているのですか?』
私達の店の常連、この街のサラリーマンのミラノ・ダスタンさんがこそこそと確認するように私に話しかけて来た。
『セクース……』
『え?』
『あっ!いえ違います!もちろん!お菓子作りに決まってるじゃないですか嫌ですねぇもう!』
『いや、お菓子作りにしてはなんというか、人肌がぶつかり合う音と男女の嬌声が聞こえるんですが…』
『…いやもうわかってるじゃないですか。セックスですよセックス。性行為、穴に棒を突っ込む遊び、赤ちゃん作りです。あの人達がやっているのはお菓子作りではなく子作りです。ぱんぱんぱん』
この人にはもう完全にバレているし、しかもこの時の私はもう既に精神に変調を来していたので洗いざらい全て話してしまった。
『思いっきり認めないでくださいよ!年頃の女性がそんな汚い言葉使わないでください!』
『えっあぁごめんなさい……あの二人の声を聞いてるともう頭がおかしくなりそうで……』
私は空な目でポツリと呟くと、ミラノさんは『そうですか…』と私に同情の目を向ける。
『それにしても、ここが営業再開して良かった。私には、いえ、私達にはここは憩いの場でしたから』
ミラノさんはニコリと微笑みながら私の目を見て話した。
彼の目には私とは違い一点の濁りもなく、澄んだ瞳をしていた。
店の中は騒然としていてシュガージャンキーと化したかつて客の形をしていた人間達が狂乱しながらスイーツを喰らう様子を見る。
この時点で私はもう辟易とした気分だった。
『つい先日までは塞ぎ込んだ人達が沢山でしたけど、この店に来てからは皆さんもう一切そんな顔はしてないんですよ。それもこれも全部、貴方達が作るスイーツのお陰です。ありがとうございます』
そう言ってミラノさんは感謝の言葉を言って頭を下げた。
『そんな、頭を上げてください!』
『あの日自由意志を奪われ、身近な人達に暴力を振るい振るわれて傷だらけの身体に、貴方達の作ったお菓子は身体に甘く優しく染み込むんです。私は貴方達の作ったお菓子に救われたんです』
『ミラノさん……』
私は彼の言葉を聞いて頬を緩めた。
私はかつて殺し屋として人の命を奪い、己の手を汚して人に誇れない汚れた大金を稼いでいた。
しかし今は人に感謝され、救う事が出来る。
ミラノさんは普段は大人しい人だが、一度うちのお菓子を食べるとキ○ガイみたいに奇声を発して猿みたいに叫んで店内を動き回るが、今は優しい中年男性そのものだった。
『ですから……』
ミラノさんはそう言ってフッ…と笑うと、
『ププププププププディングとショートケーキとモンブランとチョコレートケーキくださァ〜い!!あっスマイル1万個お願いします!!!うきゃーきゃきゃきゃ!!!』
あっもうおかしくなってた。
『ひゃはははははははは!嬢ちゃん!シュークリーム八つ!あっ持ち帰りじゃなくて今この場で食べまっす!』
『アッ↑俺プディング二つ!!!並べたらおつぱいおつぱい!ぶるんぶるん!!』
『テメェ食べ物で遊んでんじゃねぇよ殺すぞ!』
『何が殺すだ俺が殺してやるよ!プディングの犠牲になった鶏卵の敵だ!死ねやクソ人間が!!』
目の焦点が合っていない、よだれを垂らしあひあひと発狂しながらスイーツを食べまくる客達を見て、私のアリーシア・ダムは崩壊した。
「頭゛が゛お゛か゛し゛く゛な゛る゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!゛!゛!゛」
閉店時刻、私の頭もいよいよどうかしそうになり、発狂寸前で店の椅子に座り、両手で髪をくしゃくしゃに乱しながらテーブルに突っ伏す。
サビターさんとセアノサスは「ちょっとイイトコ行ってくる♡」と言って二人でどこかへ出掛けてしまった、どうせラブホテルだろう。
そこでいんくりもんぐりラブラブチュッチュッインサートスティックトゥザホールするに決まっている。
何が材料の仕込みだよガキの仕込みしてただけだろうが。
自分でもいよいよ何を言っているか分からない。
「ぼくも本当にはっきょーしそうだった。流石にししょーとサビターやりたいほーだい過ぎ」
「アレはいよいよどうにかしないとダメだろ」
タマリとアルカンカスさんもげっそりとした疲労感漂う表情で言う。
「なんで、なんで私がこんな目に……」
「アリーシアもこわれちゃった。こりゃもうウチもおしまいだね」
「別に盛り合うのは構わないんだが店内では控えてほしい」
タマリとアルカンカスさんがため息を吐きながら愚痴をこぼす。
「許さない……」
私は小声で呟く。
なぜこんなことになっているのか、それは明白。
あの二人のせいだ。
あの二人がいつでもどこでも行為に及ぶから私達は気持ちよく接客ができない。
なぜアイツ等だけが気持ちよく、そして私達は苦痛を味わう必要があるのか。
「奴等のセックスを台無しにしてやる……!」
私は激怒し、決意した。
必ず奴等を後悔させ、二度とSEXができない身体にしてやると。




