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第104話 だって私は貴方の神様だから


 俺に声をかけてきたのは、それはそれは絶世の美女とでも言うべき美貌を持った女だった。

 顔はもちろんだが、特に美しいと思ったのは彼女の髪だ。

 セスペド一家よりも一際眩い艶と輝きを放つ翡翠の如き腰まで掛かる長髪が特徴的なその女は、こともあろうに前に俺と会ったことがあると言う。


 俺は記憶力は悪いが美女と会ったら絶対に忘れない。

 一ピクセルの細かさでも俺は脳のシワに刻み込ませるほどそっちの分野に関しては記憶力は超一流の俺でもこの女には全く覚えがなかった。


 さて、この女は一体……って顔をしているね」

「今まさに俺が頭の中で語ってた事を先読みして説明しないでくれるか?」


 この女は俺が脳内で語っていた言葉を一言一句喋り尽くした。

 なんなんだこの女、俺の頭の中が読めるのか?だとしたら俺が今頭の中でこの女の服をひん剥いてどのくらい乳があるのか想像していることすらお見通しなのか!?って顔をしているわねぇ」

「オイ!だから勝手に俺のモノローグ語んなって!」


 勝手にこの女が俺の脳内言葉をペラペラと垂れ流しにするせいでペースを乱される。

 どうやらツラと身体がグンバツなだけの女ではないようだ。あっ、これは私が考えたセリフね。


「おぉい!?俺の頭の中まで入ってきてイジるんじゃねぇよ!イアリスみたいな事すんな!」

「ごめんなさい。ここに来た人は久しぶりだからつい気持ちが昂っちゃって」


 女はそう言ってクスリと笑って言った。


「ほら、そんなところに寝てないで、まずは椅子にでも座って、お茶でも飲みましょう?」


 そう言って女は俺に手を差し伸ばす。

 俺は素直に彼女の手を掴み、彼女の身体を利用して地面から起き上がる。


 彼女の手は白く細く、そして暖かな手だった。

 まるで生きた彫刻のように美しく整った手の形、そして感触が俺の気持ちを落ち着かせ、そして俺は確信する。

 この落ち着きと同時に発生するマグマの如き熱い胸の高鳴りは焦がれるような情熱的な恋であると……!」

「テメェマジでいい加減にしろや!お前のそのテンションに付き合ってやれるほど今の俺は冷静じゃねぇんだよ!」


 俺は怒鳴りつけて彼女の手を荒々しい動作で離す。

 女は「あらやだ野生的」と驚いたような顔で俺を見た。


「ちゃんと説明しろよ?ここはどこでお前は誰で、あの骸骨はなんであんなに強ぇのか。後腹が減った。茶と他に飯もくれ」

「招待したのは私だけど、結構ガツガツ求めて来るタイプなのね。ゾクゾクするわ」


 俺はお前の態度に別の意味でゾクゾクするがな、と心の中で呟く。

 女は右手の指をパチンと弾いて鳴らすと次の瞬間には何もないところから白いテーブルと椅子が出現し、それを囲うように白いガゼボも現れる。


「さっお茶会にしましょう。私には貴方に話したい事がたくさんあるの」

「あぁ、俺も聞きてぇ事がわんさかあるぜ」

「いいわよ。でも一つずつ聞いてくれる?私の口はひとつしかないの」


 「まぁ下の方にもあるんだけど」と下品な事をお上品な顔で微笑みながら言う。

 俺は白い木製の椅子に座りカップに入った茶色の液体を飲む。

 多分紅茶だろうと俺はなんとなく思ったが喉が渇いて仕方がなかったのでとにかくそれを飲み、テーブルの上にはフレンチトーストがあったので勢いよくそれを口に入れて咀嚼した。


「クッチャクッチャ。一つ目のクチャ質問だ。アンモグ、タは誰だクチャ?」


 俺はナイフを女に向けたまま咀嚼しながら喋る。

 俺はフレンチトースト、サラダ、コーヒー、ステーキと順序など気にもせずガツガツムシャムシャと食い続ける。


 ていると、後ろにいた死神骸骨が俺の頭を思い切り叩いた。

 カタカタと顎を鳴らしながら人差し指で自分の顎を指差し、ジェスチャーで『食い終わってから話せ』と説教して来た。


「いいでしょう。答えてあげます。私の名前はフルエラ。神様です。と言っても神様なんて何人も何十人もいるんだけど」


 神、か……この目で見るまで神の存在など信じた事も無かったがいざこうやって対面すると案外拍子抜けというか、期待していた神々しさはあまり感じないな、と俺はどうせ聞こえているだろうが心の中で呟いた。


「それじゃあ二つ目。ここはどこだ?」

「ここは死後の世界。その中でも今貴方がいる場所は私専用の世界。天国とはまた違うけど限りなく近いくらいには綺麗な場所でしょう?そしてさっき空が暗くて火や溶岩が燃えてるつまらない世界があったでしょう?あれが地獄。悲鳴と肉が潰される音は相変わらず不快よねぇ」


 フルエラは「はぁ〜いやいや」と言いながら肩を上下させ首を横に振る。

 その際に彼女の溢れんばかりの大きな乳がぶるんぶるんと揺れていたのを俺はチラ見しながら「あぁ分かる分かる」と適当に嘯いた。


「つかお前なんの神様なんだよ?神にも色々得意な事があるんだろ?お前は何を司るんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!そこが今回の最大のポイントなのですよ!」


 フルエラはビシッと人差し指を俺に向け、声を張り上げるように言う。

 すると横にいた死神みたいな姿をした骸骨もうんうんと首をカクカクと音を鳴らしながら上下に揺らす。


「私は回復と復活の神、フルエラ。私はこの世の理不尽を駆逐し無辜の民を守り、そして悪しき魂に正義の鉄槌を下す者。そして貴方は私のアバターなの」

「うわぁ……」


 俺は口を半開きにして脳死状態で聞いていた。

 何故かって?そりゃあ簡単、この女が訳のわからない事を言うからだ。


「うわぁて何ようわぁて」

「もうちょいわかりやすく言えよ。ナニ?この世の理不尽をくちくしむこのたみをまもりーって?」


 俺は呆れて物も言えない様子で脱力する。

 しかしフルエラは「何がダメなの?」と心底理解できないような顔で俺を見ていた。


「難しい言葉使わずにちゃんと分かりやすい言葉で話してくれよ。俺を小学生か中学生だと思ってよぉ」

「そっか。貴方は戦うのは得意だけど頭は良くないから理解できないって事なんだね。ごめんごめん、じゃあ今からわかりやすく簡単に説明するね」

「今俺のこと馬鹿にした?」


 俺が拳を握って立ち上がろうとすると骸骨男が俺の肩に手を当て無理やり座らせた。

 しまいには人差し指を横に動かしながら「チッチッチッ」とでも言っているような風であった。

 喋っていない事も相まって余計むかついて来た。


「仕方ありません。最初から説明しましょう。先程も申した通り、私は回復と復活を司る女神フルエラ。昔はそれなりに名のある女神でしたが、色々あって信者は今は一人もいません。今は、今は!ね!」

「フルエラ……?確かマイナーな神様の中でもさらにマイナーな無名女神じゃねぇか」


 俺が顎に手を当て訝しげな表情で思い出すように言うと、フルエラは顔を紅潮させ怒ったような表情になる。


「失礼……失礼な!ちょっと前までは私は世界的に有名な女神だったんだから!大勢の信者が私に祈り、供物もくれて余り過ぎて他の神に譲るほど貰っていた事もあったのよ!?」

「ちょっと前っていつだよ?」

「……」


 俺の質問に対してフルエラが出したのは沈黙のみ。

 これでコイツが最後に信仰されていた時期は大体分かった。

 顔と態度に出過ぎてコイツは本当に女神なのかと疑いたくなる。


「そ、そうだ!何故私が貴方を知っていて、貴方も私を知っているか気になるよね!?」

「いや俺はお前のことなんざ知らないしどうでもいいが」

「気になるよね!?」

「だから──」

「気に!!!なる!!!!よね!!!!!」


 フルエラは血走った目で俺の答えなど気にもせずに話を進めようとする。

 俺はこのどうしようもない女を尻目に骸骨男を見やる。

 しかし骸骨男も両手を肩の位置まで上下させて首を横に振る。

 おそらく「受け入れろ」もしくは「諦めろ」とでも言っているのだろう。

 それにしてもこの野郎の言葉が理解でき始めている事に疑問と苛立ちを感じて来た。


「サビター、貴方…十数年前に【女神の血液】なんてものを身体に入れられたわよね?」


 俺はその単語を聞き、彼女の顔を見やる。

 その情報を知っているのは俺の元いたギルドの幹部連中と数人の部外者だけだ。

 それを知っているということはコイツは本当に俺と何らかの関係があるということだ。


「お前、何でそれを……」

「あれは元々私が地上にもたらしたの。かつては私に最も忠実で献身的な人間に与えて眷属にするために果実として人間達に与えていたけど、もう信者はいなくなった上に、果実が育っていた群生地は死に絶えてしまったの。でもとある錬金術師が不完全ながらも複製に成功させた。そして貴方のお友達がそれを使ったわけね」

「【女神の血液】はお前が持ち込んだのかよ」

「そうよ。本来なら私の果実を食べた者は審判を下すの。私の力を使うのに相応しい者かどうかをね。でもあの時貴方は不完全な物を入れられたから中途半端に私のアバターになったのよ」

「さっきも聞いたがアバターってのは一体何なんだ?俺は人間だし肌は青くねぇぞ?」


 俺はそう言って自分の腕と頬を引っ張り見ろよホラと言わんばかりに強調して見せつける。

 フルエラは「あらやだお馬鹿さん」と手を口に当てて笑い俺を小馬鹿にする。


「アバターっていうのは言わば神の化身。私達神様の意思を下界に伝える使者みたいなものよ。おバカな貴方に分かりやすく言えば、私の使いね」

「俺は無宗教だからそんなもんはやんねーぞ。あと今俺のこと馬鹿にした?」

「でもその代わり私達神様の力を使う事ができる。ルール無用の力。貴方も実際に使って来たでしょう?」


 そう言われて俺は黙り込む。


 俺の力、不死身の能力。

 どんな傷もどんな病もたちまち癒し、死すら克服するこの世のルールを破る力。


 俺はこの力を何の制限もなく、なんの代償もなく使ってきた。

 今回はそのツケをついに払わなければならないということか。


「いや、そんなに深く考えなくてもいいのよ?ただ私のお願いをたまに聞いてくれればいいから」

「お願いってなんだよ?」

「私は回復と復活を司るのと同時に、正義を執行する事でも有名な女神なの。私の忠実なアバター達は時に民衆から支持を得たり、罪人の咎を背負いながらも人知れず正義を成す事もあった。今目の前にいる骸骨ちゃんもそのうちの一人なのよ」

「えぇ!?コイツが!?」


 俺はフルエラの後ろに学校の理科室に展示されているやる気のなさそうなうだつの上がらない白骨死体の如く突っ立っていた骸骨野郎に対し、驚いた顔で指を差す。


 フルエラは片膝を突いた骸骨のツルツルとした頭蓋骨を撫で回しながら「良い子良い子」とぽそぽそと囁く。

 骸骨野郎は表情筋すら無いので今どのような顔なのか微塵も分からないが、奴はブルブルと全身の骨をシャカシャカと震わせながら身悶えしていた。


 キモ。


「この子もかつては闇の時代を光へと導いた戦士の一人なの。今はこんな痩せ細ったホネホネ人間だけどねぇ」

「コイツ骨のくせに尋常じゃねぇ強さだったぞ。俺をステゴロで一方的にぶちのめしやがった」

「あら、貴方も彼と同じくらい強くなれるわよ?」

「はぁ?なんで?」

「だって貴方、聖者の花をちゃんと身体に取り込んだでしょ?」


 俺が「聖者の花?」とおうむ返しで呟く。


「そうよ。貴方を完全な状態でアバターとして迎えるためには聖者の花が必要だったのよ」

「ほら、貴方に注入された女神の血液に足りなかった成分よ。能力を阻害する為に作られたとはいえ、貴方は十分な量を摂取した。だから今回こうやって正式に貴方と会えたのよ」

「雑草の野郎め、俺を殺すつもりがかえって俺を強くしちまったようだな。今度アイツに感謝の手紙でも送ってやるか」


「そして」とフルエラは呟く。


「私がこうして貴方に会ったのは、どうしても伝えなければいけない事があったの」


 俺は彼女のまだ続きがありそうな話し方にうんざりした。

 まだあるのかよ……コイツ話長い上に人の頭の中勝手に語り始めるから嫌なんだよな……頼むからもうこれで最後にしてくれよ、と俺は祈る。


「ハイハイわかりましたこれで最後。良い?こうして完全にアバターとして契約する事が出来たから、貴方に使命を与えます。そう遠く無い未来、下界の運命を決める戦いが起こります。貴方はその運命を掴むべく私の戦士として──」


 フルエラが真剣な顔で俺に何かを伝えている時、俺は身体に違和感を覚える。

 俺の身体が光に包まれていた。

 いや、光にしては結構メラメラしてるな。

 まるで炎……そんな風に思っていると、匂いがした。

 肉が焼ける匂い、タンパク質が焦げて香ばしい匂いだ。


「ああっ!?いやこれ本物の炎だ!燃えてる!俺燃えてるぞォ!?」


 俺の身体は虹色の炎で身を焼かれ火だるまと化していた。

 え!?なに!?俺また地獄行くの!?


「ああっ!熱ィ!あああ!!あああああああ!!!」

「あっ、もう時間なのね」


 フルエラはそう言って骸骨野郎の左腕についていない腕時計を見て「いっけない⭐︎」舌を出しながらチャケていた。


「今貴方のお仲間が貴方の身体を火葬してるみたい。でも直ぐに復活させてあげるから安心して」

「それよりこの炎をどうにかしてくれよ!めちゃくちゃ痛ェんだけど!」


 聖炎魔法は苦痛なく対象を焼くと聞いた事があるがこんなの普通に火で焼かれるのと変わらない、激痛も激痛だ。


 俺の肌が焼け焦げ、筋肉や眼球を焼け落ち、骨が露出し始める。

 文字の上だからなんとなくで分かるだろうが、こんなものを映像化したらたちまちスプラッター映画と化すだろう。


 だがそれと同時に重力を無視して俺の身体が上に昇っていく。

 何か大きな力によって持ち上げられているような感覚だった。


「サビター!また話しましょう!今度はちゃんと十分な時間を設けるから!それじゃあまたね!」


 そう言ってフルエラは俺に手を振って暫しの別れを告げた。

 骸骨も大手を振って俺にさよならしている。

 カタカタと骨を揺らしながら手を振る振りをして中指を立てていたのを俺は眼球がなくなっても見過ごさなかった。


「熱い熱い熱い熱い熱い熱い!熱ィァァァァァァァァァァ!」


 俺の身体から肉がドロドロと溶けるように殆ど無くなり、どこかで見たようなスケルトンな骨っコ野郎になって、俺は現世に舞い戻った。

 


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