第103話 骸骨に玉はない
あれはまるで落ちていくような感覚だった。
ジタバタしても重力に従って引っ張られる様に落ちっぱなしで、挙げ句の果てには悲鳴と怒号ばっかり響いて景色は炎と血潮が吹雪みたいに飛び散ってた。
「ああああああああ!助けて!助けてくれェェェ!!!」
「い、嫌だァァァァァァァァァァ!!!」
「神様ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!!」
「許して!許して!許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して……」
俺はそんな阿鼻叫喚のオーケストラのような周りの奴らの叫び声を聞いて一発でここがどこかを確信した。
あぁ、ここは地獄だ。
「ぐべぇ!」
俺は永遠に落ち続けるものと思っていたが地獄には底があったようで俺は嗚咽にも似た声を出しながら顔から着地した。
俺が立ち上がると、目の前には俺と似たような人相の悪い奴等がうめき声を上げながら列を成していた。
そこには頭に角を生やした恐ろしい形相の赤黒い筋肉質な身体の化け物も居り、列を管理しているようにも見えた。
列は長く、とても長く、目を凝らせば巨大な門があるようにも見える。
赤い化け物がぽんぽんと俺の肩を叩き、列の方に指を差し示す。
「ああ、並べってことか?」
俺が確認するように答えると、赤い化け物はゆっくりと首を縦に頷く。
俺は大人しく列に並んだ。
このまま暴れても良かったのだが、俺と同じく元居た場所に戻せと言っていた強面の人間の男が赤い化け物に肉塊になるまでいたぶられていた姿を見て俺は仕方なく列に並んだ。
コイツ等人間じゃない。
魔族と似たような体躯と格好であり、人間なんかよりも遥かに身体能力の高い奴等相手に武器もない俺に出来ることなど何もなかった。
俺は列にずっと並んでいた。
少しずつ進んではいるが、ゆっくりと進み続けているせいで全く辿り着く気配はなかった。
だが俺は辛抱強く待った。
何故なら俺と同じようにしびれを切らして列から抜けて脱走しようとした女がいたが赤い化け物に捕まり両足を掴まれ犬がおもちゃを咥えて床に叩きつけるように振り回しながら痛めつけていた。
このまま感情任せに暴れまわるのはマジで意味が無い事だと理解し、俺は真面目に並んでいた。
長い時間が過ぎた、はずだ。
恐らく三日くらいは過ぎたのではないかと思えるほど長い時間を並んでいた。
俺は遂に門の前まで辿り着く。
門は遠目から見て大きいとは思っていたが近くまで来てみると…とんでもない、とてつもない大きさだった。
二階建ての家をそのまままるごと扉にしたような、恐るべき高さと大きさの門が俺の目の前にあった。
「なんじゃあ、ありゃあ……!?」
俺は門の前にいる、謎の大きな赤黒い肌の巨人が居た。
その巨人は他の赤い化け物共と比べると門とほぼ同じく大きい身体で、さらに豪華で煌びやかな服、上半身は赤い服を、下は黒いズボンを履いた化け物の王様だった。
しかし他の赤い化け物とは違うのは、顔はどこか人間の女性のような見た目だった。
顔は結構整っていて、気だるげで呆っとしているようにも見える。
「お願いします!俺は無実なんです!人なんて殺していないんです!」
男は赤い化け物の王に己の無実を涙目で訴えていた。
一瞬俺はもしかしたら無実の可能性もありそーだな、と俺はなんとなく思っていた。
「あーそ。でもお前のこれまでの行い全部見てきたけど真っ黒だよ。はいギルティ」
「う あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! !」
恐ろしい見た目とは裏腹にフランクな言葉で有罪判定をすると、門が開いた。
その次の瞬間、男の身体が赤い炎で焼かれ始めた。
男は燃える身体に悶え苦しみ身をよじりながら絶叫し、門の中へと吸い込まれていった。
「はぁ〜ホントめんどい。友達とコスメ買いに行きたいのになんであたしがこんな事……全部叔父さんのせーだわイラつく」
女の顔をした赤い化け物は退屈そうに鼻からため息を噴き出す。
その生暖かい強風が俺に勢いよくぶつかる。
俺は滝のような汗を流す。
足はガクガク震え立っていられなくなるほど焦燥感に駆られる。
ウソだろ、俺今からあんな目に遭うの?
嫌だぁ~めちゃくちゃ嫌だぁ~。
なんとなくで覚悟してたけど地獄ってこんなやばいところなのかよ。
確実に俺は地獄の中でもVIP待遇で迎え入れられるはずだ。
毎日が拷問のエブリデイであり、最高級の拷問コース料理を振る舞われることだろう。
嫌だ、確かに嫌だが、これは俺が決めた事だ。
これまでの俺の人生は全て俺が自分の判断と責任で決めた事だ。
ろくでもない決断ばかりを下してきたが、そんな俺でも少しくらいは良い事をした。
仲間を助けて守った。
多分アイツ等は最後の最後で俺がふざけた死に方をして怒っているだろうが、それでもいい。
俺は自分のやった事に責任を持っただけだ。
「はい、それじゃ次」
赤い化け物の親玉はそう言って俺を前に来るよう催促した。
「え~サビター……ん?ただのサビターか」
「ああそうだよ。ただのサビターさ」
そう言って俺は前へと進む。
腹は決まった、これからどうなるか俺は知らんが男たるもの覚悟を決めねばならない。
「あたしはお前らの運命を決める審判、閻魔大王……まぁ本当の名前はべつにあるケド」
「そうかい。お前の名前なんて興味ないからとっとと済ませてくれ」
「随分肝が据わった奴だな。まぁいいか。さて、これまで犯した罪は……ふぅ~んこりゃあてんこ盛りだな。善行が」
「え?善行?」
俺は意外な言葉を聞いて思わず聞き返した。
「うん。人、国、世界問わずあらゆる厄災や脅威を何度も退けてきたようだね。びびりのくせに世界を救わざるを得ない時は渋々ながらも行動し、しかも非常に仲間思い。死ぬ間際には仲間が悲しまないように道化を演じてくたばったそうじゃない?良い奴じゃん」
「え?そう?おい、あんま人の心情語るな。結構恥ずいんだよ」
俺は鼻頭を指で摩りながら言う。
おいおい、なんか俺の評価地獄の王様から案外好評だしこれもしかして地獄じゃなくて天国行きなんじゃないか?
「あぁでもダメだ。殺した数と殺し方が残虐過ぎる。プラマイマイナスだ、地獄行き」
閻魔大王とやらは「やっぱダメ」と左右の人差し指を交差させながら言った。
「期待させるような事言うんじゃねぇよ!一瞬天国行けると思ったじゃねぇか」
「いやでもアンタこれさぁ敵を殺す時……尋問して情報得るためにドラゴンの巣穴に放り込んだりスライムをケツの穴に口から出るまで入れて窒息死させたりはヤバいでしょ……これよりもっと酷いのもあるし」
閻魔大王は顔を引き攣らせながら俺を見て言った。
それについては本当に何も言えない。
「まぁ客観的な意見で言われると俺も昔は無茶したなとは思うな」
「うーん、惜しかったね。もう少し優しい殺し方をしておけば天国生行きだったのに。そういうわけで地獄──」
閻魔大王が俺に地獄行きを宣言しようとしたその時、俺と閻魔大王の前に鎌を持った骸骨の姿をした奴が間に割って入って来た。
「あれ?アンタフルエラ様ンとこの……何しに来たん?」
閻魔大王は目を丸くさせて骸骨を見る。
骸骨もまた閻魔大王を見据えお互い暫し見つめ合う。
「…あーそっか、そういうことか。この男がアンタに代わる次の戦士なんだ?」
「は?え?戦士?どゆこと?」
俺は二人に何事かと問うが骨はコクリとただ頷き、閻魔大王も「そうか……」と唇を尖らせる。
「分かった!その男はアンタに任せる」
「いやだからどういうことだって聞いてんだろ?ちゃんと教えろよ」
俺は二回も同じことを聞き返すが、二人共俺とまともに取り合おうとせず、最終的には骨が俺について来いと人差し指をクイクイと動かした。
「ついて来いってか?まぁ地獄行きよりマシか……」
俺は目の前のあの地獄門に吸い込まれるよりはずっといいと思い、仕方なく骨について行くことにした。
「おいサビター!」
閻魔大王が背を向けた俺に声を掛けた。
「なんだぁ?」
「まぁ、その、がんばって」
奴は何故か俺にそんな微妙なエールを俺に送った。
そして何故か、閻魔大王もそうだが奴以外の奴の部下達全員が俺を可哀想な物を見るような目だった。
俺地獄行きは免れたんだよな?
なんで憐れむような目で見られてんだ?
俺は漠然とした不安な気持ちに駆られながらも地獄行きよりはマシだと改めて考え直し、骸骨男の後ろをついて行った。
しかし、コイツ俺の幻覚じゃなくてマジで居たのか。
俺が死ぬのを早くしろと催促していた姿を思い浮かべる。
ムカつくぜ、そしてこの骸骨男はただ俺をじっと何をするでもなく観察する様に見つめていた。
目玉はないが見られている、ということだけはわかった。
「なんだよ、面白いもんでも見つけたか?」
俺は服についた土や埃を手で叩きながら落として言う。
骸骨君は細く長く、そして白い痩せこけた骨の中指を俺に差し向ける。
「あ?俺?確かに俺は話が上手くて皆の注目をすぐに集めるくらい面白い男だが、俺はお前のことなんざ何も知らないぜ?」
俺が首を傾げて言うと骸骨君は差し向けた中指を縦に上げ、明らかに挑発のサインを送った。
「お?何だお前俺に喧嘩売ってんの?俺はこれでも喧嘩は強くてな、オメェみてぇなヒョロガリに負けるなんざ微塵も──」
俺が最後まで言い切る前に奴は俺の顔面目掛けて強烈なパンチを喰らわせてきた。
「てぇなテメこのやろ──」
俺がまだ言い終わっていないのにも関わらず骸骨君は俺の鼻っ柱、喉、脇腹、鳩尾に何度も思いジャブとストレートをお見舞いしてきた。
「ぐべぶべ!ぶふぉ!?おま、お前なんなんだよ強過ぎだろ…!?」
俺は奴の拳をまともに受けたせいで再度地面に倒れた。
骸骨のくせに攻撃一つ一つが尋常じゃないくらい重く受けた後は打たれた箇所が酷く痺れる。
マジで何なんだコイツ。
しかもワンツーワンツーとリズムを取ってステップしてやがる。
「分かった分かった俺が悪かった。だからもう暴力はやめてくれ……」
そう言って俺はジジイみたいなヨロヨロとした動きで立ち上がる。
「なんて俺が負けを認めるわけねーだろ!これでも喰らえ骨野郎!」
そう言って俺は骸骨野郎の股間を思い切り蹴り上げた。
ドォン!と重い音が鳴り響く。
完璧に入った、コイツは倒れ伏して悶絶してジタバタと地面に寝転がるに違いない。
そう思って待っていたが、全くその気配がない。
俺は数秒経って理解した。
あっ、コイツ骸骨だから玉も竿もねぇわ。
「ヨシ!とりあえず一時休戦と行こ──」
やはり俺が最後まで言葉を終わらせる前に、骸骨は俺の顎をアッパーカットで打ち上げて馬乗りになって俺をタコ殴りし始めた。
「わ、わかった!俺の負け!負けでいいからもう殴るのは」
俺はこれ以上殴るのをやめるよう言ったが奴は壊れた機械みたいに何度も容赦なく俺を殴り続け、奴の白く細い骨の拳は俺の返り血と肉で染め上げられる。
途中で俺は意識が途切れ途切れになり、殴られていくうちに完全に意識が一度事切れた。
たまに意識が戻る時もあり、その時は俺の足を骸骨野郎が掴んで引きずり、どこかに運んでいた。
そしてまた俺の意識はそこで途絶えた。
ペチペチ、ペチペチと何か叩く音が聞こえる。
俺の頬を叩く音だ。
軽い痛みと共に俺の意識は徐々に取り戻しつつあった。
叩く相手は俺を起こそうと躍起になっているのかしつこく何度も俺の顔を叩き続ける。
段々と力が強くなっていき、最終的には俺にビンタを喰らわせた。
「いぎゃあ!?」
「あっ、起きた」
俺は頬の痛みに思わず起き上がり辺りを見回す。
「どこだここ……」
俺が起きた場所は先ほどの様な岩と火、マグマが噴き出し阿鼻叫喚が聞こえる地獄ではなかった。
木や草、花などが生い茂り、青い空に雲がぷかぷかと浮かんでおり、小鳥が囀り川が流れている。
先程とは全く違う、まるで地上の楽園のような場所だった。
「どうなってんだマジで……」
「やぁ久しぶり。前に会った時は心臓を刺された時かな?」
混乱する俺に気さくに声をかけて物騒な事を言ってきたのは、白いワンピースを着た女だった。




