第102話 帰ってきた男と怒る女①
アリーシアとタマリ、そしてアルカンカスの3人はは虫唾が走る程心底うんざりしていた。
どれくらいうんざりしているかと言うと、吐き散らかさられたゲロを踏んづけた後鳥のフンが頭に落ち、そしてまた道端にあるうんこを踏んづけてしまったような、そんな気分だった。
「あっ♡サビターさんまだ営業中ですよ?こういうのはお店を閉めてから……♡」
「そんなこと言ってお前ノリノリじゃねぇか。ホントは期待してんだろ?ん?」
まだ時刻は昼方で、店には客がいる。
にも関わらず店の中では乳繰り合っている男女が2人。
堂々とお互いの体を弄りあって情事に耽っているこの2人は何者なのか。
「あん…♡サビターさん……♡」
「なんだ?言いたいことがあるならはっきり言えセアノサス。じゃないと俺は何もしてやれないぞ?」
店主であるサビターと料理長のセアノサスが客前でふしだらな行為を働いていた。
ドン引きしているのは店員だけでなくケーキを買い、食べに来ている客達も同様であった。
「なぜ、なぜこんなことに……」
アリーシアが吐き気を催すような顔で天井を見上げながらうわ言のように呟き、タマリは「きもちわる〜い〜」と駄々を捏ねながら鎌の中を棒でかき混ぜ、アルカンカスは無心で床をモップで掃いていた。
何故サビターとセアノサスがこのようなネットリとした雰囲気になったのか、それは数日前に遡る。
その日はサビターが悪ノリで皆を騙し、復活したが本気でキレたセアノサスが彼に土下座をさせてからしばらくした後だった。
「英雄の復活だあっ!」
「サビター!サビター!サビター!」
「俺はいつかアンタはとてつもない大きな存在になると思ってた!」
「よっ!ヒーロー!」
国民達がサビターを胴上げしていた。
国の中央の広場にてサビターは人々に体を支えられ空高く打ち上げられていた。
サビターはそれを満更でもない表情で甘んじて受け入れていた。
「すごいですねあの人。私達騙してホクホク顔ですよ」
「本性はただのちゅーもくを集めたいだけのクソガキなのにそれに気づかぬ国民はおろか」
「まぁいいじゃないか。実際アイツがこの国を侵略の危機から救ったんだ。これくらいは大目に見よう」
アリーシアとタマリが冷めた目で見る一方アルカンカスは意を唱える。
スウィート・ディーラーの面々からすればサビターは何度も死ぬ死ぬ詐欺を行って自分達を騙した恨めしい男。
しかし大衆から見れば彼は不本意ながら操られ、暴動を起こしていた自分達を止めてくれた英雄だ。
だから彼等は普段のサビターを知っても知っていなくても、尊敬と感謝をしていた。
「おおくるしゅうないぞくるしゅうないぞ!」
そしてサビターはそれにあぐらをかいて完全に有頂天になっていた。
その顔はまさに調子に乗った男としては金メダルの一等賞を進呈しても違和感は無いほどの惚けた顔をしていて腕を頭に組んで気分良く胴上げをされていた。
"随分楽しそうですね?"
サビターの頭の中で背筋が凍るような声がした。
直接聞いたわけでもないのにはっきりと聞こえたかのような錯覚に陥り、彼は声のする方へと顔を向けた。
感情が死んだような、能面の様な無表情でサビターを睨むセアノサスがいた。
彼女の顔を見た瞬間、サビターの身体の汗をかく細胞の穴から汗がびちゃびちゃと流れ出ていくのを感じた彼は胴上げから高く飛んだ後地面に降り立ち、人々に
「あ、お、俺はもう帰って店の再開準備をするよ。お、お前らも是非来てくれよな」
と震え上がった声で精一杯虚勢を張ると重い足取りでセアノサスの前まで寄ると片膝をついて頭を垂れた。
「絶対行くよサビター!」
「ありがとなサビター!」
「買い占める勢いで店に行くぜ!」
市民達は陽気な声でサビターに声をかけ続けた。
そんな本人はどんよりとした気分で白目を剥きながら歩く。
その姿はとても小さく頼りなく、側から見れば英雄などには見えない。
「サビター」
堂々とした芯のある声がサビターの名前を呼ぶ。
声の主はジョニーだった。
「近々お前にはいくつか話をしたいことがある。だがまずは休め。冒険者は身体が資本だからな」
そう言ってジョニーは背を向け、去って行った。
サビターは相変わらず彼はつっけんどんな男だと思った。
勝手に話を進めて有無を言わさず自分は立ち去る、何の話をされるのかは知らないが今はとにかく横になりたい、そんな事を考えるサビターであった。
「それじゃ、帰りましょうか。ウィルヒルの英雄サビターさん?」
だがセアノサスの怒りと殺意が滲んで混じった顔と声を見て聞いたサビターは今後しばらくは落ち着くことはないだろうととりあえず確信した。
「い、いえ。英雄などとそのような私めの身に余る様な呼び方はおやめ、おやめくだへぇ……」
サビターはへりくだりかしこまったような面持ちと使い慣れない言葉で従うとトボトボとセアノサスの後ろを恐れながらついていく。
アリーシアとタマリとアルカンカスもまたそれに追従していくように彼等の店まで歩いて行った。
「…それでね、ピージャのたまたまを3日れんぞくで食べたらその人のたまたまが爆発して死んじゃったんだって。性欲のぼーそーってこわいよね」
「医食同源という言葉を聞いたことはあるがピージャの睾丸を食べるとそんな風になるとはな。今後は控えよう」
「あっでもそれデマらしいですよ。ピージャの睾丸を使った料理は大変美味であることから食通達の間で嘘を流してると聞いたことがあります」
サビターの事など気にも留めず金玉袋の話ばかりする3人組が後ろで楽しそうに盛り上がる。
家路、もとい店に着くまでに3人は笑い話ばかりをし、サビターとセアノサスは2人距離を取りつつ並んで歩いていた。
店に着いた後はそれぞれテーブルに椅子を置いて各々座り始める。
「それじゃあ聞かせてもらえますかね?」
セアノサスは自身の対面にサビターを座らせ、両手を組んで両肘を机に置いて彼を睨む。
サビター以外の全員が目には不満と怒りが混ざっており、重苦しい雰囲気が充満していた。
「聞かせろって……何をだよ?」
「なんで死んだふりなんかしたのか、それを聞いてんだよこっちは」
セアノサスは丁寧な言葉遣いから一転荒々しい口調へと変わり、サビターは肩を一巡震わせる。
「そうだそうだ!ひとをばかにするのもいいかげんにしろ!」
「何度もしつこく死んだふりをして仲間を騙すのは、それは俺も納得できない。理由を説明してもらおうか」
「本当なら貴方が死ねば私がこの店を引き継いで行くつもりだったのに……なんで死んだままにならないんですか!?どうしてくれるんですかサビターさん!私たちを騙した事、しっかり反省してください!」
怒涛のお怒りの言葉を頂戴したサビターは彼にしては珍しく俯いてしょげたような、反省したようにも見える態度をとっていた。
「いや悪かったと思ってるさホントに!ただ俺はあの時マジで一回死んだんだよ!あの世まで行ったんだぜ!?……アリーシア、お前今俺が死んだままの方が良かったって言ったか?」
「一回死んだ、とはどういう事ですか!?」
「いやお前今俺にさ」
「そんなことより今は皆さんが一度死んだということについて聞きたがっています早く答えてくださいさぁどうぞ!!」
サビターの疑問の言葉に一切答える気は無く彼に矢継ぎ早に質問し、完封しようとするアリーシアを見て気圧されたサビターは「ああそう…」と意気消沈しながらため息を吐く。
「あれは俺がグラス産業の最上階で死んだ時の事なんだが……」
サビターは教会の懺悔室で罪を告白する様に、俯き気味に事の詳細を話し始めた。




