幼き日の記憶
幼い日の二人
あの頃のことはよく覚えている。幼い頃、母に連れられて行ったフォースティング家は本当に大きなお屋敷で、数えきれないほどの使用人やピカピカの置き物、どこまでも広い庭やそこに咲く珍しい植物に、幼いながら我が家との違いをひしひしと感じていた。
そしてそこには3人の王子様がいた。
先に述べた長男のユリウスは、活発だがとにかく優しかった。
サラサラの長い黒髪を後ろで一つに縛り、キリッとしたこちらもアイスブルーの瞳の次男のセシル。彼はいつも私たちに付き合って遊んでくれていたが、落ち着いていて冷静に意見をしてくれていた。
ふわふわの金髪に、婦人と同じ深い緑の瞳を持つ三男のリュークは、いつも瞳をウルウルさせていて甘えるのがとてもうまかったように思う。その瞳に何度騙されたことか。
三者三様だが、3人とも本当に整った顔立ちで、動きを止めていれば彫刻か絵画ですか?と間違うほどには美しかった。
会った瞬間こそ、三人のあまりの美しさにドキドキして、住む世界が違う人たちだと思ったものだが、一緒に遊び一日が終わる頃にはそんな感情すっかり消え失せ、初めて出来た歳の近いお友だちの事が大好きになった。
私の方が早くピアノを習っていたこともあり(すぐリュークには抜かされてしまったけれど)三人とも、目を丸くしてすごいすごいと褒めてくれたり、レッスンの合間には屋敷の中や庭でいろいろな事をして遊んだりした。お茶を飲みながら私がピアノの知識を披露する代わりに、三人は魔術の事を教えてくれた。屋敷には大きな書庫があって、珍しい魔術の本を解説してくれたり、実際に見してくれたりして私を驚かせてくれた。
そんな四人で過ごす時間が私は大好きだったし、ずっとこのまま仲良く遊べたらなぁなんて思っていたけれど、段々と四人揃う時間は少なくなっていた。
まずリュークがピアノの才能を見せ始めた。母が教えたことをすぐに吸収し出来るようになり、本人も、もっと知りたい!色々な曲を弾けるようになりたい!と言う姿勢だったのだ。これには侯爵婦人も歓喜。
他の二人も地頭の良さからか飲み込みは早く、ある程度弾けるようになっていたためすぐにレッスン終了を言い渡し、母はリュークの専属になったのだ。今までよりもさらに高度なレッスン内容になったが、めげるどころか目を輝かせてピアノに向かっている姿が印象的だった。
同じ頃、セシルは魔術にどっぷりハマっていった。大人でも読み終わるのに何年もかかる魔術の本を、たった数ヶ月で何冊も読み終わり習得し、新しい魔術式をいくつも作り出していた。そのため王宮にもよく呼ばれて研究に協力したり、見つけた術式を披露していたようだ。
そして残ったのが、私とユリウスだった。
と言ってもユリウスは、ピアノにおいては既に私と同じか少し上の実力になっていたし、魔術についてはセシルと同じく難しい魔術の本を何冊も読み終わっていた。
なのでこの頃のユリウスは、屋敷に家庭教師を招いて難しい勉強をしたり、騎士の方から剣術をならったりしていた。
四人で集まる事はほとんど無くなり、母もリュークに付きっきりになったので、私もあまり侯爵家には行かなくなっていった。
それでも行けば、休憩中の誰かが遊んでくれるので何回かに一回は母に無理を言って一緒に連れて行ってもらっていた。みんなを待っている間は、書庫の本を読ませてもらったり、侯爵婦人に礼儀やマナーを教えてもらったりしていた。
特にユリウスは、絶対忙しいのに必ず時間を作ってくれて一緒にいてくれた。
「アリス、こっちにおいで。」
「アリス、寒くない?」
「アリスは今日も可愛いね。」
よく考えれば、あの頃のユリウスはアリスにもとても優しかった。
二人きりの時もそうじゃない時も、いつしかいつも手を繋いでくれていたし、優しく微笑みかけてくれていたし、どんなに小さな変化にも気が付いてくれた。それが嬉しくて、行く度に髪型を変えたり少しお化粧をしてもらった。
「見せたいものがあるんだ。」
ある日そう言って、ユリウスは屋敷の庭のいつもは入ったことのない所へ手を引いていってくれた。
そこには一面真っ赤なバラが咲き誇っていた。あまりの光景に、繋いだままの手をいつの間にか強く握っていた事に、その手をユリウスがぎゅっと握り返してくれた事に気が付かない程に驚愕していた。
「すごい・・・」
「すごいでしょ?お母様が庭師に頼んで育てて、毎年とても綺麗にバラが咲くんだ。だから、今年はアリスに一番に見せてあげたくてさ。」
まだお母様も見ていないんだよ?そう言って、彼は悪戯っぽく笑った。その笑顔があまりに爽やかでかっこよくて、なんだか分からないけど泣きそうになった。
一面に咲くバラは本当に壮大で、感動しているはずなのに。一番に見せてあげたかったと言ってくれて、すごく嬉しいはずなのに。何故か目の前に靄がかかって視界が眩むような、心がずんと重いような。
それに何だか、頭がとても痛いの。
「ねぇ、アリス。」
やめて。ダメ。
「僕はアリスの事、ーーーーだよ。」
顔を真っ赤にして、だけどこっちをまっすぐ見ながらユリウスが何か話している。
彼は何て言ってるのだろう。何だか上手く聞こえない。
「大きくなったらーーーーー。」
最後まで聞けなかった。聞いたらもう戻れない気がしたから。
気が付いたらユリウスに背を向けて走り出していた。
後ろから何か話している声が聞こえたけど、振り返らなかった。
どんどん頭が痛くなってきて、涙が溢れてくる。
そのまま、母がリュークとレッスンをしている部屋へ駆け込んだ。
真っ白で血の気の無くなった顔が、涙でグショグショになっているのを見てただならぬ気配を感じたのか、母はリュークと婦人に断りを入れてくれて早く帰れることになった。
リュークも婦人もとても心配してくれて、なんだか申し訳なくなってしまった。
ユリウスに会ってしまったらどうしようと思ったけど、その心配はなく、そのまま馬車に乗って家へ帰ることになった。
なんであんな事をしたのか、アリスにはよく分からなかった。
たくさん泣いたからか、もう後はこのまま馬車に揺られて帰るだけということに安心したからか、酷い眠気がアリスを襲う。母に方を抱かれ、頭を撫でられている、気が付いたら眠ってしまっていた。
「さよなら。ユリウス・・・。」
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