ユリウス・フォースティングという男
ユリウス・フォースティングと言う男
ユリウス・フォースティング。
アリスより歳は二つ上で侯爵家の嫡男。言わば次期侯爵だ。同じくアリスも通う学園でフォースティング三兄弟と言えば、家柄・容姿・勉学・運動・魔術・芸術(母が教えたピアノのおかげね!)全てがトップクラスの、超がいくつあっても足りないほどのエリート。
その中でもユリウス様はさらに別格だった。テストは毎回トップ、運動はなんでもでき、剣術は騎士団からスカウトの声がかかっており、魔術においても宮廷魔術師にもひけをとらないほどの腕前なんだとか。さらにはなんと言ってもその見た目だ。さらさらと風になびく金髪を耳にかけ、澄んだアイスブルーの瞳はさながら王子様のようだと回りの女子たちは口々に誉めそやしていた。
さらにはなんといっても優しい。誰にでも優しいのだ。貴族庶民、老若男女関係なく困っていれば手を差しのべ、笑顔を向け話を聞くらしい。その為休み時間や社交の場では、我先にと人が群がるのだとか。
しかし、その優しさが私に向けられたことはなかった。会えばいつでも憎まれ口を叩いてくるし、馬鹿にしたような態度を取ってくることもしばしば。そんな、誰にでも優しい王子が唯一優しく接しない、むしろ何したらそんな嫌われるの!?と、悪い意味で名前が知れ渡っている程嫌われている筈の相手からの打診。驚かないわけがない。
まぁ嫌われても当然なのかもしれないけれど。
「とりあえず、明日ユリウス様がこちらに挨拶に来るそうだから、そのつもりでいてね。」
「そのつもりでいてね、って・・・」
気がつけば、いつもの穏やかな父に戻っていた。
もう話すことはないよ、と言いたげに書類に目を通し始めたので静かに部屋を後にした。
それにしても、何故ユリウス様が・・・?
婚約者など、それこそ引く手あまただろうに。
勉強も運動も平凡。多少なりとも皆魔術が使えるこの世界で、私に至っては何それ?状態。ピアノもうまいといえばうまいが、母には遠く及ばない。昔こそ天使と言われた容姿も、今ではそこらへんにいるパッとしない令嬢。両親や兄は世界一かわいいといってくれているけどね。
そんな、特に秀でたところもない、ましてや家柄も釣り合わないような私が何故…?
自室のベットになりつつ、出ない答えを探したが見つかるわけもなく考えることを辞めた。いつからか、面倒臭くなると考える事を放棄するのが癖になったなと思う。
「失敗しちゃったなぁ。」
意識を手放す最中。そう呟いたのは誰だったか。まぁいいか、明日彼に話を聞いてしっかり断ればいいや。
*******
「久しぶりだな、アリス。」
律儀にも時間ぴったりに表れた彼を、屋敷にいるもの総動員で出迎えた。いつもより上等なお茶に、いつもより豪華なお菓子たち。そしていつもより何倍もの侍女によって着飾られた私が、彼との格差を如実に表していることを物語っていた。悲しいほどに。
「お久しぶりです、フォースティング様。」
「何その喋り方。やめてよ。」
「いえ、そういう訳にはいきませんわ。」
もう子どもの頃とは違う。私たちにはこんなにも差があるのよ。そんな気持ちを込めて悲しげに微笑んでみる。
そういえば、ユリウス様とこうしてしっかりと話すのはいつぶりだっただろうか。いつもユリウス様がやいのやいのいってくるのを、無視するかあしらっていただけだったから。
「ふん。どうせ結婚して家族になるんだ。関係ないだろう。」
そう言って自分の欄は既に記入してある、婚約の手続きの紙を出しながら、さも当然と言うように言ってのけた。何がどうせで何が関係ないのか何も説明されていない事に、目の前の王子らしき人物は気が付いていないのだろうか。
「フォースティング様、まず前提がおかしいですわ。何故フォースティング様が私と婚約する必要がありますの?」
「はっ!?何故って…な、なんでそんなこと、いちいち聞いてくるんだ!俺と結婚できて、嬉しくないのか!?」
いや、だからなんで結婚に飛ぶんだ。まだ婚約もしてないし、そもそも婚約をする気もない。何か彼に利になることがあると言うのならば、それを一つづつ潰していって断ろうと思ったのだが。顔を真っ赤にして、そんなに怒るくらいならば始めからこんな端くれ貴族に婚約など持ちかけなければいいのに。
などと思いつつ、みんなの前では僕って言うのに俺って言ってるなぁ。なんてボンヤリ遠くから二人を見ているような錯覚に、ふふっと笑みが溢れた。
いかんいかん。しっかりせねば。
「嬉しい、嬉しくないの話をしているのではありませんわ。フォースティング様。私はフォースティング侯爵家が、我がアルジャーノ伯爵家と婚姻を結んだところで、侯爵家にとってはこれっぽっちの利益にもならないどころか、たかが伯爵家から相手を、ましてや秀でた才の一つもない者を選ぶなどと後ろ指をさされて、侯爵家の輝かしい歴史に泥を塗ることになると危惧しているのです。
フォースティング侯爵家の地位をさらに磐石なものにするためにも、いつもそばにおられます取り巻き…ごほん、もといご学友の方の中からフォースティング様に相応しい方を見つけるべきだと申し上げているのです。」
ここまで言えば、言いたいことおわかりいただけますよね?私と婚約するだなんて世迷い言を言ってないで、さっさと間違っていたと言って帰ってください。と言う切なる願いを込めてユリウス様を見れば、一瞬サーッと青くなった顔が、また真っ赤に染まっていた。
いつも見下している相手に言い返されて頭に来ているのかしら?でも別に彼や侯爵家を侮辱しているわけではないし、むしろ自分の家をこれでもかと下げているだけだから、怒るところではないと思うけれど…それともいつもは頭が足りないように見えたのに、もっともらしいことを言ってきたから驚いてるとか…?
ユリウス様の考えがわからず、こちらも釣られてオロオロすると、バンッとユリウス様が机を勢いよく叩いた。
「相応しいか、相応しくないかは俺が決める!それに別に俺は家に利があるとか無いとかじゃなくて…その…アリスの事が…その…」
机を叩いた勢いはどうした、と言いたくなるように、さらに顔を真っ赤にして尻すぼみにボソボソと何か言っている。
しかしさっきから何だか頭がボーッとして、話があまり入って来ないの。嫌だな、この感じ。風邪かしら。
「くっ…!お前みたいにガサツで愛嬌の無い女、どうせ誰とも結婚出来ないと思ったから、俺が貰ってやるって言ったんだ!」
あっ…と、彼は言い終わったと同時に後悔した。今のは違う、言いたいことはこんな事じゃない、と。しかし気が付いた時にはもう遅かった。部屋は一瞬にして氷点下になったんではないかと思うほど冷たい空気が張り詰め、目の前にはさらに冷たい目をこちらに向けて微笑むアリスがいた。
「そう…。フォースティング様はガサツで愛嬌のない私を、可哀想だと憐れみ、ご慈悲で婚約なさって下さると。そう言う事なんですのね?」
「いや、違う…。違うんだ、アリス…。俺は…!」
赤かったユリウス様の顔は、青を通り越してもはや真っ白だった。
「さすがは誰にでも優しいと評されるユリウス・フォースティング様ですわ!わざわざ嫌いな私にまで情けをかけてくださるなんて。感激すぎて涙も出ませんわ!」
「待って!待ってアリス!誤解だ!君を嫌いだなんて…!」
「でもフォースティング様が来る度に、家の中の全ての人間が背伸びをしますの。家長であるお父様でさえも。家ではその小さな背伸びも、婚約者として社交の場に出れば、いいえ、学園と言う小さな社会でさえ私にとってはとても大きなものになります。
そしてきっと何をしていても、何処にいても、貴方の周りにいる事のできる誰かと比べられ、貶められますわ。愛もない。ましてや政略的な意味もない。なのに我慢を強いられる。
それって、私にとってこの上なく哀れな事でなくって?」
こんなにもスラスラと言葉が出てきた事に、自分でも驚いた。それにここまで言うつもりは無かった。
ただ穏便に、正気に戻ってもらって、やっぱり婚約の話はなかった事になんて言って、でもこの際だから私にだけ冷たくするのは辞めてって伝えて、前みたいに友だちとして仲良くできたらなんて思ったのに。そしたら、貴方がいつか本当に相応しい人と結婚して、幼馴染として結婚式に招いて貰ったら、リュークと一緒にお祝いに演奏出来たらなぁなんて思ってたのに。
「お帰りいただけますか?」
本来なら格下の家のものがそんな振る舞いをする事などあってはならないのだが、気にする余地もない程に頭に来ていた。いくら嫌いな相手だからと、ここまで馬鹿にされる筋合いはない。
笑顔を貼り付けた私は席を立ち、扉を開き退室を促す。いつのまにか頭痛はおさまっていた。
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