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Iron Bule Midnight  作者: 味噌カツZ
ACT1.深夜に覚醒めて 
3/5

第三話 摩天楼に堕ちる~Nightmare~

 黒衣の暗殺者が何時の間にか曇天に変わった夜空を跳ぶ。行き先も分からぬまま、ただ闇雲に夜空を裂く。慟哭の呟きは闇に消え行き、仮面に覆われた悲しみが溢れだして虚空を満たす。今まで空白だった『心』に宿ったのは、人間的な感情の灯火。嘆き、悲しみ、贖罪。機械のように心を殺していた頃は考えもしなかった事が、彼の中に現れていた。

 先程の廃工場からは遠く離れたビルの屋上に、ジャックは降り立った。そして巨大な貯水タンクにもたれかかり、天を仰ぎ見る。先程まで晴れていた夜空は赤色に近い紫の雲に覆われ、既に月を隠していた。残念ながら満月は拝めないようだ―――そんなため息を彼はふぅっと吐いて顔を下ろし、今度は街の景色を眺めだす。緋色、青色、緑色。色とりどりのネオンが輝く繁華街と、その脇を通りすぎる高速道路を照らす橙色のライト。それらの眩しさに彼は眼を細めていた。そうやって十分程足を止めていただろうか。彼はゆっくりと立ち上がって、視線を前に向けたまま後方へ声を掛けだした。。

 「そこにいるんだろ?出てこいよ、ヘラ」

 「………ジャック」

 貯水タンクの暗がりから、影の外套を纏った死神が応答して姿を現す。

 「やっぱり気付いたか………気付かなきゃあ、そのまま楽に殺してあげたのにねぇ」

 「誰だってあんな殺意を向けられたら気付くさ。昔からそうだ、殺気や闘志が強すぎるんだ」

 懐かしそうに苦笑するジャック。対するヘラは、それを聞いて怒りに震えだしていた。彼らは決して険悪な間柄ではなかった。時には互いの腕を磨くため、修練場にて刃を交えることもあった。より効率的な殺人の技法について話し合うことだってあったのだ。

 「そうだ、あんたは訓練でいつもアタシやロクスレイの奇襲を察知し返り討ちにした。それほどの腕を持ちながら何故……何故だい!?あんたはあたしらみたいな、特別な能力を持たない奴らにとっての期待の星だったのに―――答えなッ!」

 「さあな。俺にもわからない。ただ、疲れたんだ。今日を生きるために殺し、明日に辿り着くために贄を捧げ続ける。そんな毎日しか俺たちにはない………もう終わりにしたいんだよ、こんな何も無い生き方は」

 彼女の悲痛な訴えが、空虚な男が貼り付けた髑髏の内側にあった笑みを消してゆく。それはまさに想いのすれ違いだった。憧憬と嫌悪、羨望と銷魂。そして、失望と自嘲。

 「ああそうかい…………だったら」

 そう言うと、ヘラは鎌を振り上げて頭上で回転させる。そして鎌を振り払い、彼女が取った構えは下段。

 「ここで終わらせてやるよ、あんたの人生をさぁッ!!」

 空を凪ぎ払ったその動きは、まるで未練を切り裂くが如く。遠くのネオンを反射させた刃が、下品な緋色に染まって艶やかに輝いていた。対するジャックはただゆっくりと女に向き直る。

 「………俺はもう人を殺せない。失った心を取り戻せた俺は、もう誰も殺したくはない。だが、殺さなくては俺が殺されてしまう。まだ死にたくない、生きていたいんだ。ただ組織の指示通りに殺すだけの、人形のような生き方ではない。たった一瞬だけで構わないから俺は本当の意味で生きてみたいんだ。だから俺は―――」

そうして彼は髑髏の仮面を左手で押し上げて、口を露出させた。右手はマントの中から蒼く透明な小瓶を取り出し、中身を確かめるかのように軽く揺さぶる。

 「―――俺はこの一時だけ心を塗り潰す、溶けた鋼で固めるかのように。もう一度だけあの、狂気と殺意に染まるために」

 無色透明な、一見水と変わらない見た目の液体。だが、それにヘラは心当たりがあったようだ。息を吞んだ彼女は、震えた声を発する。

 「その小瓶―――まさか」

 「そうだ。これこそが、冠位所持者にのみ希釈使用を許された特殊薬品………精神調整薬(ハシーシュ)の原液だ。悪いが、こいつを使わせてもらう」

 彼は人差し指と親指で小瓶の蓋を回して開ける。そうしてその中の液体を飲み干し、仮面を下ろした。

 「ぐ……がッ―――あァァァァあァァッ!?」

 彼は短いうめき声とともに前屈みになり、突然の激痛に悶絶しだしていた。脳裏に響くは大いなる鐘、思考を埋め尽くすは濃密な殺意の霧。囁くように導く男の声と、鳴りやまない無数の女の断末魔が乱反射しているようにジャックには感じられていた。そして、それらがぴたりと止まるのと同時に―――辺り一面に絶対の静けさが再び訪れる。

 「………ッ!?何だ、あんたは。あんたは一体誰だ!?」

 それは嵐の前の静けさに過ぎない。今まさに、彼は覚醒(めざ)めさせてしまったのだ―――夜霧に嗤うもう一人の自分を、暗殺者にして快楽に酔いしれる狂人を、白と黒が混ざり合って産まれたツギハギだらけの悪夢を。

 「クッ―――ク、ククッ。誰か、だって?良いぜ、改めて名乗ってやるよ。俺の名はジャック。産業革命期の暗部、悪しき霧と煙の中で蠢く悪意。そうさ……闇夜を裂くは悲鳴の奏者、かの殺人鬼の名を継ぐ者―――『地獄から再来した悪夢ジャック・ザ・リターン』」

 彼が笑いながら顔をゆらりと上げた時、虚ろな髑髏から覗く瞳―――覗き穴の闇が紅に妖しく輝く。だらりと両手を下げ、握っていた小瓶が落ちて砕ける。

 「嗚呼―――良い夜だ。俺が覚えてる(識ってる)限りで一番最高なあの夜も、冷たい風が吹いていたなぁ……尤も、こんな半端な寒さじゃなかったようだが。まあ、良いさ。大事なのは夜、女、そして刃物の質。どれもこれも申し分無いじゃないか」

 そうして彼はゆっくりと右手を外套の中に進ませて、短剣『サクス』を取り出した。ゆらりと揺れるその様は、まさに街を漂う霧が如く。

 「さあ、早く仲良く殺し合おうぜ。さっきから悪夢が囁くのさ―――目の前の貴様()刻め(ころせ)切り裂け(殺せ)殺戮せよ(コロセ)と………頭の中でなぁッ!!」

 「―――やっと殺る気になったってかい?そりゃ結構なことだよッ!」

 叫びながら弾丸の如く迫る殺人鬼。それに合わせて、鎌を右に払うヘラ。彼は突如跳躍してそれを回避し、背後を取ったのだ。先程のゴリアテの末路を見ていたヘラは、その後の展開を読んでくるりと回して後ろにグリップ後部のメイス型分銅を突き出す。しかしジャックは上体を引いて回避し、続けて放たれた左回転の凪ぎ払いを後方転回―――所謂バク転でやり過ごす。

 「ハハッ!良いぜ、良いぜ!けど、もっとだ、もっと愉しい斬り合いにしようじゃねぇかァッ!」

 「ッ―――コイツ、一体何なんだい!?」

 そこから続くは両者による斬撃の攻防。リーチも重量も段違いな鎌と短剣が互いにぶつかり合って火花を散らし、夜の街に金属音と白銀の閃光をもたらす。響き渡る剣戟の音が、ビートを刻む。有利な筈の長柄武器が攻めきれず、不利な筈の短刃が苛烈に追い詰める。

 「言ったろ―――俺はジャック、ジャック・ザ・リターン。倫敦を悪夢の奈落に落とした連続快楽殺人鬼(シリアルキラー)、女を好んでバラし続けた完全(パーフェクト)犯罪者(・クリミナル)の一人。その残滓を溶かして混ぜて、ヒト型の鋳型で固めた死に損ないさ!」

 そんな打ち合いを何度か繰り返した末に、彼は三回程再び後方転回を行って間合いを取った。彼はその勢いで後方に飛び上がりつつ左手でナイフを三本取り出して、それぞれ指の間に挟んで投擲する。

 「何を、理由(わけ)のわからないことを、ゴチャゴチャと!」

 「聞いといてそれはないぜ、茹で過ぎ(ヒステリック)なお嬢さん(・レディ)?」

 ヘラは鎌の連結を解除して鎖鎌へと戻し、分銅を振り回すことでそれを弾く。それを見届けつつ、手摺に着地した殺人鬼はそこを足場に背後に振り向きつつ跳躍し、隣のビルへと渡る。

 「逃がすかッ!」

 空かさずヘラも跳び、隣のビルへと着地する。その瞬間に飛んできたのは、彼女を包囲するかのように放たれた六本の短剣。

 「チッ、数が倍になろうと………」

 彼女は先程のように分銅を振り回してそれらを迎撃し、全て撃ち落とす。そして投げた張本人は何処だと辺りを見渡した―――その時だった。

 「ッ!?後ろかッ!」

 何かの気配に気付いたヘラは鎖鎌を薙ぎ払うかのように投げる。そこに居たのは走る闇―――ジャックだった。仮面の眼窩を赤く光らせながら彼はそれをかがんで回避し、右手に握った三十センチ程の刺突用短剣(メイルブレイカー)―――スティレットを突き出していた。暗夜に走る銀の軌跡が死神を穿つ。

 「ぐっ!?」

 だが、死を招く必殺の一撃は、彼女が咄嗟に身を捻ったことで捉えたはずの心臓を外していた。それ故、ジャックのスティレットは左肩を貫いていた。零れ落ちる鮮血が、白銀の細い刃を真っ赤に染めていく。そこで彼はヘラを蹴り飛ばして刃を引き抜き、また間合いを取った。よろけて膝を着いた彼女は、痛みで分銅を落としていた。

 「その程度か?もっと楽しませてくれよ、この俺を。さもなきゃ解体(バラ)すぜ?なぁ、良いよなぁ?もう殺っちまってもさぁッ!」

 仮面を着けた悪夢は嘲笑う。己を、敵を、矛盾したモノ全てを。殺意と快楽に身を委ねた死神は暗器を幾度も突き出し、己の愉しみのために女を追い詰める。精神調整薬(ハシーシュ)で無理矢理心を歪め、自らの内に植え付けられた殺意と狂気に染まり切った彼にはそれしか出来なかった。

 「………安心しな、ジャック。バラバラになるのはあんたの方さ―――ロクスレイッ!」

 彼女が叫ぶと、遥か遠くにあるマンションの屋上で何かがきらりと光る。それは、黒鉄色のクロスボウ本体が魔力で作られた矢の光を反射した証拠。狙撃手は高層建築の屋上に潜み、ヘラからの合図を受けてが矢を射ったのだった。音を超え、空を斬り、闇を裂く光の矢は三発。

 「ビビりの癖してやるじゃねぇか!」

 ジャックは咄嗟に振り向き射線から外れようとした。しかし、三発の内二発は彼の身体を―――右脇腹と左足を掠り、肉を斬る。

 「くッ―――けどそれが………どうしたッ!!」

 彼の体勢は僅かに崩れた。しかし、痛みに悶える様子はほとんど見られない。薬の効果により、痛覚を一時的に麻痺させているからだ。故に仮面の下でニヤリと笑い、続けて飛んできた矢の群れを迎撃する。

 「見える、見えるぜぇ……俺には全部なぁ!」

 一発目、スティレットを左手に持ち替え、順手に握った右手のサクスを縦に振るって打ち落とす。二発目は下からの切り上げで払い、三発目は後方に飛び上がって回避。

 「思い出すぜ、倫敦市警。奴らもこんなふうに躍起になってたんだっけ―――なぁッ!」

 更に着地した先で横に飛んで四、五発目を避ける。そして切れ掛けた加速魔術を補強してそこから高速で動きだし、スティレットを投擲。それをヘラは難なく天に弾くも、それを囮にしてジャックは既にヘラの背後に回っており―――羽交い締めにした。

 「ッ!?は、離せぇッ!」

 「そら―――身代わりの術ってな」

 藻掻き暴れる彼女であったが、ジャック・ザ・リターンは決して離さなかった。迫り来る六、七、八発目の矢は正確無比にヘラを撃ち抜く。光の矢は腹部、右足、そして胸部に刺さる。貫通して突き刺さるリスクもある中、彼は狙撃が止むまで笑い声を立てていた。

 「がハッ!?」

 肺を貫かれた彼女は吐血し、辺りに血飛沫が飛び散った。コンクリートの床に溢れる赤黒い水溜まりとまだら模様。髑髏の仮面を身に着けた女戦士の手から鎖鎌が滑り落ち、乾いた音を鳴らす。

「チィッ!」

 そんな様子を拡張した視覚で見ていたロクスレイは独り、摩天楼の頂点で舌を打つ。誤射してしまったことを詫びるのではなく、彼はヘラの無能さに悪態を脳内で吐いていたのだった。

 「あばよ―――精々地獄巡りを楽しむんだな」

 そう言ったジャックは、再度取り出したスティレットで背中側から心臓を刺す。貫通した細い刃の先端が僅かにはみ出し、銀色に輝いた。更に彼はその鋭い針の如き刃を左右にねじり、傷を抉る。

 「ぐぅふぅッ!?」

 そして紅に染まった銀の刺をジャックが勢い良く引き抜くと、ヘラは口より再度吐血し、膝を突いて息絶えた。

 「クククッ、呆気ないな。期待ハズレにも程が―――おっと!」

 三度飛来した魔力の矢をサクスで弾きつつ、彼は彼女だったモノを突き飛ばして嗤った。

 「ハッ!ロクスレイの奴、相変わらず狙いだけは正確じゃないか」

 頭上から落ちてきた針を掴み取り、彼は併せて二本のスティレットを外套の内に仕舞う。その代わりに左手で抜いたのはダガー。そうしてジャックは、姿勢を一度低くしそこから一気に斜め前方へ跳び上がる。そして二発の矢が先程まで足のあった位置に突き刺さった。

 「術式(コード)再現(リピート)―――」

 空中に紅く輝く魔法陣を足元へ垂直に形成し、現れた半透明の円形障壁を踏み込んで、彼は飛び上がる。展開した術式は、魔力で構築された障壁を造り出す魔術―――『シールド・ウォール』。それは本来、敵からの攻撃や衝撃から身を守る為のものだが、ジャックはそれを足場や踏み台にすることで自身を加速させるために行使していた。空中には踏み込む足場がない。故に次々とその魔術を応用した足場を連続自動展開し、それを蹴った反動でジグザグに宙を跳んで行くのだった。

 「だが、当たらなければ無意味だ。そうだろ?」

 そして放たれた矢は刃で弾くことで、ジャックは己の身を守った。かれこれ数十メートルは飛んだのだろうか。彼が目星を付けた、狙撃地点のビルを視認すると移動する勢いを弱めた。そこで攻撃体勢へと彼は移る。その屋上には、大型の魔動弓―――『バリスタ』が設置されていたからだ。恐らく、ロクスレイはそれを用いて狙撃していたのだろう。

 「そこかッ!」

 左手の投擲用ダガーにジャックは魔力を込める。グリップ後部の柄頭に埋め込まれた、無色透明の宝玉が橙色に煌めき始める。それを彼は素早く投げた。摩天楼の明かりを受けて、闇に走るは銀色の閃光。そうしてバリスタに突き刺さったダガーは紅に激しく明滅し、爆発した。標的は粉々に吹き飛び、その周りには炎が燃え盛る。だが、そこに射手はいなかった。

 「チッ、逃げたか………ま、次は鬼ごっこの時間かなぁ?」

 くるりと空中で一回転してから屋上に着地し、辺りを見渡す。右側のビルから二つ奥にある高層マンションの屋上に、ロクスレイはいた。彼は更に距離を取るべく次のビルに跳び移ろうとしている。

 「見つけたぜ」

 ジャックは直ちに追撃せんと跳び上がり、隣のビルの屋上へと着地しコンクリートの大地に踏み込む。もっと速く、更に高く。屈んだ状態からまさに弾丸の如く跳ぶ。そうやってビルを一つ越えて、例のマンションの屋上に辿り着いた。

 「くッ!」

 ロクスレイは彼に気付き、手持ち用の魔導弓を構えて迎撃姿勢へ移る。黒衣の男がトリガーを引き、撃たれた魔力の矢が一直線にジャックを貫かんと迫る。彼は慌てずサクスを右から左斜め下に振るって弾き、狙撃手の眼前に着地した。

 「ッ!?間合いが―――」

 慌ててロクスレイはジャックの顔にクロスボウを突き付けて矢を放つが、ジャックは姿勢を低くして踏み込むことで回避した。光の矢は外套のフードを裂き、その仮面の上部が衝撃で割れて黒い頭髪を掠める。フードもまた捲れ、白き髑髏の仮面が完全に露出していた。不気味な程仮面の覗き孔が紅に輝き、その軌跡が走る。

 ジャックが左斜め下からサクスを切り上げると、その刃はロクスレイの外套を切り裂く。しかし、彼は斬られる瞬間にバックステップで半歩間合いを開けていたのだった。そこから追撃すべく、ジャックは切り上げたサクスを踏み込みつつ振り下ろす。

 ロクスレイはそれをクロスボウで受け止め、周囲には鈍い金属音が響く。所謂鍔迫り合いのような状況だ。そこから彼は梃子の原理でクロスボウの下側を握っている右手を押し出し、上側を握る左手を引くことでジャックの身体を殴打し、意趣返しと言わんばかりに重衝波蹴を腹部に放つ。ジャックが放ったものより威力も衝撃も劣っていただろう。しかしそれでも彼は体勢を崩し、ロクスレイはその隙にバックステップを何回か行って間合いを離す。

 「ッ!」

 直後、引きが甘く狙いもろくに付いていない―――辺りに乱れ射たれた光の矢がジャックを襲う。彼は一発目と二発目は右手のサクスと新たに左で抜いたダガーで、刃を重ねた状態からエックス字の斬撃―――鎌鼬を放って弾く。三発目はサクスを左斜め上に降って矢を砕き、四発目と五発目からは空中に飛び上がって回避する。

 ロクスレイがクロスボウを斜め上に向けるも既に遅く、ジャックは彼の頭上を飛び越えようとしていた。射手は直ちに意識を切り換えて振り向くが、その直後に蹴り飛ばされ、鉄の柵を突き破ってビルとビルの狭間に落ちてゆく。だが、そんな中でもロクスレイは落下中に外套の下からフック付きワイヤーを取り出した。そうしてそれを外壁に引っ掻けて減速し、停止した所でフックを外して着地する。

 「くっ……おのれ、この俺が辛酸を舐める羽目になるとは!」

 「おいおい、ここからが楽しい所なんだぜ―――逃がしゃしないさ、どこかの誰かさんたちみたいになァッ!」

 射手は薄汚い路地から飛び出しつつクロスボウをしまい、寂れて人通りの少ないビル街を影となりて駆け抜けた。ジャックもそれに続いてビルからビルへと跳び移って追跡を開始する。

 その過程で幾度も放たれた光の矢と、それを斬り払うために振るわれた刃。摩天楼の樹海の中で、一瞬の火花が何度も何度も咲いては散っていく。そんな現時刻は一時も半ば、まだまだ夜は長い。不夜の楼閣たちが、赤紫色の雲に覆われた濃い闇の中で妖艶に微笑んでいた。

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