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Iron Bule Midnight  作者: 味噌カツZ
ACT1.深夜に覚醒めて 
1/5

第一話 裏切りのマスカレイド

 暗殺とは何か。それは主に緻密に利害が絡み合う人間社会において、敵対する人物を密か殺すことである。そういった性質上、殺しを着手する暗殺者に要求されるテクニックは極めて高度なものとなる。確実に殺害するためのアスリート並の身体能力に加えて、秘密裏に完遂するベく頭脳も優れていなくてはならない。そう、目標に死ぬまで気付かれない慎重さと、一撃で標的を仕留める殺人技能。任務遂行の為ならば己の死すらも厭わぬ覚悟、そして効率的且つ合理的な思考能力。それら全てが必要とされる殺しのプロフェッショナル―――それが暗殺者である。

 そんな暗殺には宗教的な事情によるものと、政治的な事情によるものの二種類がある。宗教の権威は堕ち、神は死んだ(・・・・・・)と間々揶揄される現代においては恐らく政治的暗殺の方が多いだろう。しかし彼らの別名たるアサシンの語源は、中東でメジャーなとある宗教の一派に関する伝説だとされている。ハシーシュと呼ばれる麻薬を用いる者を意味するハッシャーシン、アサッシンとも呼ばれる暗殺教団。即ち、とある宗教組織の西洋に置ける呼び名がアサシンの語源だった。

 しかし、彼らが本当に暗殺者であったのかは定かではない。彼らは秘密の園の守り人たる老人を崇め、宗教的指導者として付き従う単なる結社であったともいう。或いはただの伝説や伝承に尾ひれが付いた、眉唾の幻想に過ぎないとする説もある。そう、史実であって史実にあらず。されども幻想であって幻想にあらず。彼らの存在は、アサシンの在り方に相応しく常に闇の中にある。



***************************************************



 あと、何人殺せばいい。ふと、男の脳裏に疑念という名の稲妻が走る。片刃の短剣『ダガー』を逆手で握る右手が震え、無意識にそれを抑えようと左手が動く。


『余計な思考は無用だ。ただ指示に従って殺せばいい』


 左手が右手首を掴むと同時に、また別の電流が駆け抜ける。されど、身体の震えは止まらない。


 『死にたくなければそれ以上はやめておけ。組織に消されるぞ』


 囁きがまるで頭蓋に反響しているかのように、幾度となく繰り返される。だが、一度溢れた水は二度と元に戻ることはない。それと同じように、杯から零れ落ちた疑いという名の黒い感情は最早どうにも出来ない。己がやっていることは、組織は、本当に正しいのか。そんな問答が何度も何度も己の内を循環し、その都度もう一つの意思と交差する。

 それでも殺るしかない、それしか道はない。そう何度も心の内で唱えた彼は、暗闇の中で気配を殺しながら息を整えていく。そう、この場からは逃れられはしない。任務を遂行せねば、男に待つのは死に他ならない。


 『そうだ!今はただ殺せ、組織を疑うな』


 やがて彼は手の震えを何とか鎮める。そして身に纏った漆黒のローブから、悪魔の髑髏を模した仮面を取り出した。

 

 『潰せ!殺せ!抹殺せよ!生存の為には死が、犠牲が必要なのだから!』

 

 躊躇いも疑問も不要、殺さねば自分が組織に殺される。白き髑髏が顔を覆った瞬間―――男は何者でもない、一介の暗殺者へと切り替わった。




 年老いた政治家が、疲れた身体を引きずって二階の自室へと帰ってきた。現時刻は午前零時を過ぎた頃。彼は先程まで、同年代の他の政治家たちと高級料亭にて色々と黒い話をしていたのである。酒に酔いつつ相手を酔わせ、利害調整のために彼方此方で骨を折る。そんな数多の苦労が、この男の肉体に色濃く疲労を与えていた。幾ら自宅の豪邸まで車に乗っていたといえども、その身は最早そう言った無茶の聞かぬ老体と化していたのだ。当然、彼の疲労は心身共にピークに達している頃合いであった。

 故にその人物は、さっさと寝てしまおうと考えたのだろう―――刺客が天井の闇に潜んでいる事に気が付くことなく。そのため寝間着に着替えようと、部屋の入口にある照明のスイッチを入れるために手を伸ばしていた。

 人影は張り付いていた天井を軽く蹴って、ターゲットたる老人の背後に猫の如く飛び降りた。静けさを破るは、布を叩く音。老人はそれに振り向こうと上体を捻ろうとする。ソレはその瞬間、政治家の胸部にありふれた西洋短剣を突き出した。刹那の冷たさ、引き延ばされた熱さ。そして、鋭い痛みがその老体を駆け巡る。

 「ぐふッ!?」

 吐血。うめき声ともに老人の口より放たれし紅の液体が、絨毯を赤黒く染める。胸の刃物が黒い手によって引き抜かれると、そこからはポタリと血が雫の如く流れ落ちてくる。窓から差し込む月光が、老人の目に下手人の姿形をぼんやりと認識させた。

 「しゃ、しゃれ、こうべ……!?」

 暗夜に浮かぶもの、それは髑髏の仮面。影の正体はプロテクター付きラバースーツ、そしてその上から漆黒のマントを身に纏った暗殺者。そんな黒づくめの骸骨男の右手で煌めくは、片刃の短剣(ダガー)。その切っ先から滴り落ちるは真紅の雫。

 「し、死神……お、お前は―――」

 何者なのだ、そう続くはずだったであろう言葉はついぞ発せられなかった。二の句を継ぐ前に男が右逆手のダガーを左から右に振るって、白銀の三日月を宙に描く事で老人の喉元を切り裂いたからだ。

 本来、ダガーのような刃の短い武器は振り回すのには向かず、例え切りつけたとしてもそのダメージは高が知れている。しかしこの暗殺者がダガーによって放つ斬撃は、老人の喉に致命傷を与えた。これはひとえに、彼自身の技量がそれだけ優れていることに起因する。高速で振り抜かれた刃が真空を生み出し、その斬撃の威力を向上せしめたのだ。

 真空状態で斬られた傷口から鮮血が吹き出したのは、通常よりもワンテンポ遅れたタイミングであった。これこそまさに職人技。魔術を用いずただ純粋な技巧でもって空気―――世界を構成する魔力元素の一つ、風を味方に付けるという恐るべき所業を成したのだ。

 「かひゅッ」

 声にもならぬ空気が漏れるかのような断末魔を上げて、月明かりが幽かに照らす床に老人は倒れた。彼は老人の骸に近づき、仕留めたのかどうかを確認する。

 例え殺した手応えが確かにあったとしても、標的が本当に死んだのかどうかは確認しなくてはならないのだ。死体である事を確認するまで、標的は生きていると思え。それが男のモットーであり、経験から得た教訓に基づく行動であった。

 普段なら三秒で終わらすそれを、暗殺者はたっぷりと三十秒程行った―――初撃にて殺せなかったからだ。普段なら最初の突きでもって対象を絶命させる事など、人体の急所を把握しているアサシンにとって容易い事であった。しかし、急所を僅かに外してしまった。故に、二撃目を確実に決める為に全力の斬撃を放ったのだ。

 幾ら己を消そうとも、躊躇いがあるかぎり刃は曇り、腕は鈍る。もう人を殺したくない、そう思いつつも殺すしか道がない。ならばせめて、一撃で葬ることで苦痛を減らしてやるのが自分に出来る精一杯の善処の筈だと、暗殺者は考えてきた。

 だから速やかに殺してやれなかった事を、その男は開けた窓から飛び降りながら責めていた。そして静かにアスファルトの大地に降ち、闇の中へと溶けていくかのように素早くその場を去る。足音も無く、目撃者も無く。任務を達したアサシンは夜闇を駆け抜けて、天に向かって跳び上がって行った。




 深夜の摩天楼、その群生林の中を人影は跳ねる。全てを飲み込む黒色の夜空中で思わず吐いた息は、あまりの寒さに白く煙る。真夜中にも拘わらず、眠らない人々の営みが放つ眩しい程の光を避け、ソレはビルの屋上から屋上へと渡っていく。

 時折、俺の顔―――白い髑髏の仮面―――を赤色灯が不気味な程に深紅へと染め上げる。まるで永久に拭えぬ返り血を浴びたかのように。その度に、彼の心は締め付けられる。先程殺めた老人を含めて、今まで葬ってきた―――この十数年で仕留めた標的の顔と断末魔が昨日の事のように再生され、脳裏にこびりつくのだ。


 『また殺したな。』


 『それは仕方のないことだろう。組織の指示に従っただけだ、俺は悪くない。何も間違ってないさ。俺の役目は対象の抹殺、俺の存在価値は殺せる事。だから、これは当然の事だ』


 『組織に逆らうという選択肢もあったはずだ』


 『その道は最初からありはしない。俺は組織によってここまで生かされた。今こうして生きているのは、組織が俺を暗殺者として育てたからだ。そうだ。組織の指示こそが絶対であり、彼等が殺せというなら殺す必要がある』


 『それでも、殺したくないのなら裏切るしかないだろう?』


 『それはできない。裏切ったら俺が殺される。まだ死にたくない、死にたくないんだ』


 『なら、何故迷う?何故躊躇うのだ。何も考えずにただ殺せば良い、組織の命令通りに。そうすれば生き長らえるのだろう?生きたいのだろう?』


 『それは………そうだ。しかしだ。俺はもう殺したくない、殺したくはないのだ。何故殺す必要がある?組織の指示通りに殺したことで、世界はどう変わった?彼らの言う理想の世界とは何だ?理想とは何だ?そもそも、組織の指示は絶対的に正しいと言い切れるのだろうか』


 彼は脳裏を渦巻く自問自答の声に加えて、長いこと悪夢に悩まされていた。人々の死の間際が、断末魔が何度も繰り返される、まるでメビウスの輪の如き拷問。男はもう限界だった。それには最早耐えられそうになかった。


 『愚かな。人を殺しても吐き気すら湧かぬ男に、救いなどありはしない。いや、あるはずもない―――自明の理というものさ、これは』

 

 だが、彼がこうして嫌悪や忌避を抱いているのは、殺人の是非にではなかった。散々殺したくせに、今更悪夢ごときに耐えられないから殺したくないと喚き、あまつさえ己の生死が掛って初めて殺人への迷いを覚えたことだった。


 『誰も殺したくない。これ以上怨嗟の声を増やさないでくれ。頼むから俺を寝かしてくれ、耳元で喚かないでくれ』


 けれども、現実とは兎角残酷なものだ。死にたくないなら殺すしか、殺したくないなら死ぬしかない。二者択一、そんな生と死の狭間に揺れながら暗殺者は決めかねていた。目的地である集合地点に着いてもそれは変わらない。解答の刻限は近い。男の精神は、張り詰めた弓の如く限界だった。この状況から解放されたいと渇望していた。



***************************************************           



 ビル街を抜けた暗殺者が辿り着いたのは、寂れた廃工場の一画にある朽ちた倉庫だった。屋根に空いた穴から彼は中に入り、猫の如く音も立てずに静寂の中に降り立った。月光に照らされた、白い砂埃が舞い上がる。

 「遅かったな」

 暗がりから彼に声を掛けたのは、彼と同じような格好をした長身の暗殺者だった。さらにその後に続いて、同じような黒いマントと悪魔の髑髏を模した仮面を身に付けた者たちが月光に姿を晒した。一人は二メートル弱の大男で、もう一人は細身で小柄な女性暗殺者である。

 「……ジャックの腕が落ちたか?」

 「まさか!こいつに限ってミスをするわけがないだろうさ」

 低音の大男は心配するかのように呟き、ハスキーな声の女性はそれを嘲笑うかのように大男の背中を叩いた。

 「いや、そのまさかだ。急所を僅かに外してしまった。無論、二撃目で仕留めたが………」

 ジャックというコードネームで呼ばれた彼は、渡りに船と二人の話に便乗した。心の内に巣食う感情を決して悟られまいと、敢えてそうしていた。

 「老人ということで、どうやら油断してしまったらしい。俺もまだまだだったな」

 「なんとまあ………あのジャックが油断するとはね。そんな浮ついたモノとは無縁だったあんたが、こりゃあ傑作だね」

 「………猿も木から落ちる、か」

 「ニホンの諺かい?たまには良いこと言うじゃないか」

 普段は無口で、木偶の棒な大男が珍しく口を開いたことと、そして状況を的確に例えたことに彼女は驚いていた。女は大男を見下していたからだ。その隙を利用し、ジャックはこのまま誤魔化しきるためにも話題を変えようとした。

 「まあ、概ねその通りだ。ところで―――」

 「『七位』の貴様が油断だと?冗談にしては笑えないなぁ、そうだろジャック?」

 ―――そろそろミーティングを始めないか。そう続く筈だった言葉は長身の暗殺者に遮られてしまう。

 「ロンドンを震撼させた『夜霧の悪夢』。あの『切り裂きジャック』の再来とも名高い貴様が、刃物を用いた殺人でミスだと?可笑しな話だ『帰ってきた悪夢ジャック・ザ・リターン』さんよ。もし本当なら、酷く面白い冗談じゃないか」

 背が高く、細身な男が嗤いながらジャックに歩み寄る。ゆっくりと、ねっとりとした拍手をしながら彼は疑惑の眼を向けていた。

 「ロクスレイ、俺とて人間だ。ミスだってするし油断もするさ。それに『ジャック』というコードネームも、元々適当に名付けられたモノだ。『切り裂きジャック』は関係ない、勝手に誰かがなぞらえただけさ」

 「だとしても、だ。『七位』まで上り詰めた―――ただの短剣使いの癖に『十三の冠位』に抜擢された貴様が、刃物を用いた殺しでミスをするわけがないだろう?」

 憎々しげに、皮肉をたっぷり三割増しにして、ロクスレイはジャックに吐き捨てる。十三の冠位―――それは彼らが所属する組織において、暗殺者として凄腕の十三人に与えられる称号にして、幹部としての実力と権限を保証する役職の事だ。ジャックはその内の『七位』と、その中では中間クラスである。

 しかし冠位に選ばれた暗殺者にとって、体術や武術を習得し極めていることは前提条件であった。それに加えて、人間を超えた特殊な力を持つ超能力者や、並外れた魔術を行使する類い稀な魔術師たちもいる。『九位』までなら体術や武術のみによる暗殺を得意とする者はいたが、そこから先の壁はただの人間に超えることは限り無く不可能に近い。

 そんな魔境にて、基礎の魔術と短剣の類いに関する優れた技能のみで『七位』を得たジャックは、近接戦闘において組織内では三本の指に入っている。それ故に、ロクスレイと呼ばれた長身の暗殺者は彼の発言を疑ったのだ。それほどの奴が油断は愚か、たかが老人相手にミスをするわけがないと。そして、その疑いの刃はジャックが隠す真相に近づきつつあった。

 「ジャック、もしや嫌気が差したとか言わないよな?」

 ジャックは生唾を飲み込み、仮面やマントの下に冷や汗をかく。そんな動揺を見せないように、彼は一呼吸置いてから口を開いた。

 「まさか。冗談はよせ」

 「そうだ、それこそありえないだろ。あんたの理屈じゃあ、『七位』まで上り詰めた奴にどう嫌気が差すって言うのさ」

 「簡単なことだ。ヘラ、そいつは最初の殺しから一貫して刃物に拘っていてな、魔術を用いても結局は刃物で止めをさしているんだ。毒殺するにも刃物を使うし、爆弾や銃器の類いは少なくとも人に対しては一度も使ってない。つまりだ、こいつは今までずっと人が死ぬ瞬間を目の前で見続けてきたんだ」

 「そうだとしても、死を見続けてるのはあたしらも同じだろ?」

 長身のロクスレイに対してあくまでもヘラと呼ばれた女暗殺者は食い下がった。彼女を含めて、特殊能力を持たない暗殺者にとってジャックは目標であり、尊敬に値する存在なのだ。故に、彼女にとってもそれは認めがたい事なのだ。例えそれが事実でも。

 「肝心なのは、相手が死ぬ瞬間を全ての任務において生で見続けているってことだ。俺たちはケースに応じて凶器や手段を選ぶが、ジャックは何があっても短剣で直接殺しに行く。常に生者が死者に変わる瞬間に立ち会っているのさ」

 「………それで?」

 「ここまでは推測だが、何よりこいつは―――」

 ロクスレイはやや勿体ぶって一度言葉を切る。誰もが固唾を飲んで沈黙していた。その静寂の中、誤魔化し切れないだろうとジャックは観念し、仮面の下でため息を吐いていた。

 「組織が下す指令に対し、疑いを持った。そのため裏切りを働く可能性があると『委員会』から判断が下された。それが何よりの証拠だ」

 そう言って彼は懐から一枚の紙切れ―――指示書を取り出した。そこには確かに、『委員会』の決定が記されていた。

 「識別番号020E1―――コードネーム・ジャックは、思想統制規範を大いに逸脱した状態にあり、反逆又は脱走を思考した疑いがある。よって監査局粛清委員会は彼の者より冠位七位を剥奪し、殺処分することとする」

 書状を読み上げるロクスレイに、大男とヘラの視線が突き刺さる。一言一句を逃さず、不正に決定された通知ではないかと彼らは探っていたのだ。

 「尚、当該処分は特A級機密の保持に関わるため、これに対する冠位保持者の弾劾拒絶権の発動は認められていない」

 「へぇ―――あの腰が重い老人たちが、ねぇ」

 「………ならば始末するのか?」

 どこか寂しげな声が巨人から発せられる。最後まで通告が偽造されたものではないかと疑った彼だが、どこからもそれを示す証拠は見つけられなかったからだ。そして、それにロクスレイが淡々と応じる。

 「ああ。例えナンバーセブンといえども、使い物にならない不良品なら捨てろとの指示だ」

 粛清委員会は組織の監査局において『始末屋』とも呼ばれる浄化機構であり、対象者の殺害を以て組織の秩序を守ることを厭わない。何より、例え詳細な証拠が無くとも彼らの組織内における発言力・地位は高く、彼らが黒と言えば大体黒になってしまうのだ―――例えそれが、虚偽の報告や疑い程度でも。全ては委員会の判断次第で対象の生死が決まる。この場合、ジャックについては他の思惑もあるが―――この場にいる者で、本人以外にその事に気が付く者はいなかった。

 「………やはり、か。最早道は一つしかないな」

 俯き加減になっていたジャックがそうポツリと漏らした。周囲の空気が重く、冷たく、鋭く張り詰めていく。彼ははいつでもマントの下に隠した投擲用のナイフを抜けるよう、黒き闇の中で柄に手を伸ばした。

 「ああ。とても残念だ。だが、喜ばしくもある。何せ、貴様とこの手で戦えるのだからな」

 ロクスレイはそうジャックに告げる。その声色には言葉通り喜びの色がにじみ出ていた。

 「おっと。殺るなら独り占めにはさせないよ、ロクスレイ。どうせなら、あたしにも楽しませておくれよ」

 「良い仲間だった………でも、殺す。悪く思うなよ?」

 ロクスレイを中心として、近接戦闘を好むヘラと大男―――ゴリアテが少しずつ間合いを詰める。約百センチの鎖鎌を振り回しながらヘラは舌舐めずりをし、ゴリアテは黒光りした槌矛―――モーニングスターを無表情に構えていた。そして後衛は狙撃を得意とするスナイパー、ロクスレイだ。

 彼は月光に照らされて黒鉄色に鈍く輝くクロスボウを構え、三角形の陣形で囲んだジャックに隙が生まれる瞬間を待っている。今宵、裏切り者を始末するための仮面舞踏会が始まろうとしていた。

2024.7.20 思うところがあり、生存確認を兼ねて一部の文体と記述を修正。

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