第23話 女勇者イルゼ1
◆イルゼ視点
第六の関所に着いて、豪華な個室を頂いた。静養のためだが、正直居心地が悪い。
今はこの待遇が、何時まで続くのかだけが心配事である。何時、自分のスキルのデメリットが発覚するか……。
それと……、もう一つ。悩み事というか心労があった。
ドアがノックされた。……来た。何時もこの時間だ。緊張が走る。
「どうぞ……」
豪華なドレスを着た女性……、ネーナ王女様が毎日見舞いに来てくれる。この時間は、胃液が逆流しそうだ。正直、精神的な拷問の時間である……。
一度リバースしてしまったので、ネーナ王女様が来る場合は、昼食前にして貰っている。
「もう、十日経つけど、なかなか治りませんのね……」
見透かされているのだろうか? それとも、報復のつもりだろうか。
一番痛いところを突かれた。
「私のスキルは、とにかくカロリーを必要とするので時間がかかります。スキルに取られて肉体の回復は後回しにされてしまいますので。回復魔法も魔力に変換されてしまい……」
もう隠せない……。ネーナ王女様には本当のことを話してしまった。いや、緊張で思考が麻痺してしまっている。
今は二人きりだ。とにかくこの時間から抜け出したかった。
王女様が、自ら椅子を私のベットの横に持って来て座った。
背筋が凍る。
〈怪力〉持ちであり、ロベルトを本当であれば、瞬殺したのだ。暗殺など生ぬるいことはしてこないであろう。私に対してはどんな報復行動に出てくるのか……。
これからの、一挙手一投足、一言が私の生死を分ける。
冷や汗が止まらなかった。
「ねえ……。開拓村でのビットのことを教えてくれないかしら」
頭が回らない。なぜ、この状況でビットの話になるのだろうか……。
だが、逆らえば殺される。数少ない思い出話をすることにした。
ビットが来た当初は、仕事が見つからなかった話。その後、私が考えて〈配達人〉とした経緯。それからは、月に三日程度しか会わなかった……。
数少ない思い出を必死に掻き集める……。とにかく開拓村ではビットは真面目だったと言うことを繰り返した。
「ふ~ん。イルゼはビットのことを見てなかったことは分かったわ。ライバルかもと思ったけど、心配なさそうね。安心したわ」
何を言っているのだろうか? 誰がどう見ても、ビットはネーナ王女様一筋だったと言うのに……。
「あ、その……。ビットはダンジョンの大穴に落としました。ロベルトが考案して……、私が協力しました」
一番聞きたいであろう情報を、自分から報告した。自白と言った方が良いだろう。
少しでも、罪が軽くなることを願ってだが。
ネーナ王女様の表情に少し陰が出来た。
「ふ~ん。そうなの。でも、王命だったのでしょう? まあ、あなたを責める気はないので安心して欲しいのだわ。ロベルトは別だけどね」
「え?」
あまりにも意外な回答に、間抜けな声が出てしまった。
「うふふ。まあそうね。ビットは、また私の前に現れるでしょうから、その時に謝罪でもすれば良いのだわ」
このネーナ王女様は何を言っているのだろうか? ビットが再び現れる?
その根拠を聞こうとしたが、はぐらかされてしまった。
◇
第六の関所に来て、二十日が経過した。私は、回復する兆候が見られない。今だに立つことすら出来なかった。
王様も焦りが出てきたと噂話が聞こえ始めた。複数の回復魔法の使い手に治療して貰ってもやはりダメだったのだ。
「私はここまでかもしれないな……」
本音がこぼれた。
ネーナ王女様は、ほぼ毎日来てくれる。そして欲しい物を聞いて来た。
「開拓も完了していない勇者が、豪華な部屋で優雅に静養しているのが、歯がゆいです……」
半分本音で、半分逃げ出したいという気持ちを伝えた。
そうすると、第六都市へ移動することとなる。
第六都市はリセイ関長が守る関所の近くに築かれた都市だ。私達が過ごした開拓村と最も近い街でもある。
領主は、何故かネーナ王女様だ。新任として、私と一緒に移動となった。
後から聞いたのだが、ビットが死亡したと聞かされたネーナ王女様は、錯乱して王城を半壊させたらしい。
王位継承権も放棄して、王城を出て第六都市の領主に収まったと聞かされた。
そして、私を王城へは行かせずに、第六都市で静養させると言って来たのだ。
ネーナ王女様の考えは理解出来ないが、ネーナ王女様が私を守ってくれているのだけは理解出来た。
◇
開拓村では、忙しく働いていたので、何もしないというのは落ち着かない。車椅子で部屋をウロウロするのも飽きた。
そこで、ネーナ王女様に『成人の儀』と『スキル』について調べたいと伝えて、書物を要求してみた。
すると数日後に王家しか閲覧の許されない書物を頂くことになる。
一般には公開されていない情報が書かれた本だ。
「よろしいのですか?」
「勇者の回復に役立つのであれば、誰も文句は言わないのだわ」
お礼を言って、その本を読み込む日々が始まる。
本には、四百年前に四人の知識人が現れて、『成人の儀』の秘法が伝えられたことが書かれていた。
そして、今までに発現した『スキル一覧』が乗っていた。分かる範囲でスキルの内容とデメリットが書かれていたのだ。
やはり、最初期からスキルによるデメリットの存在は知られていたのか……。
「……おかしい」
本を一度全て読んだ感想であった。
本には、『スキルとは、その人間の潜在能力を発現させる方法であり、それに見合う対価を支払う』とあった。
一般の人達は、大した潜在能力を発現することはないので、対価も気にならないのであろう。
だけど、私達〈超回復〉持ちは違う。
私は、健康を対価に払っているのだと思われる。そして、誰にも言っていないが、ロベルトは寿命を対価に払っていると思われる。これは、前任者の〈超回復:負傷〉持ちの人生からの推測であった。
前任者の〈超回復:負傷〉持ちは、短期間で関所を完成させたのだが、その後、衰弱して行き亡くなったと書かれていた。急速に老化が始まった……と。
そして前任者の〈超回復:魔力〉持ちは……、関所完成直前にわずかの傷で亡くなっていた。こちらは、私のスキル発現時に調べてある。
そして当たり前だが、スキルに応じて食事が変わる。〈発想〉や〈演算〉といったスキル持ちは、糖質を求めたと書かれている。
私はとにかくカロリーをとる必要があった。食べた時点でそのまま魔力に変換されるためだ。それは、魔力が満タンになるまで続く。そして、睡眠から覚めると魔力は減っている……。
食べなければ、手足が動かなくなるだけでなく、最悪生命活動に必要なカロリーをも魔力に変換してしまうのだろう。
開拓村という環境がなければ、私は魔法を使えなかったことが理解出来た。いや、家の財産を食い潰していたかもしれない。それこそ文字通りに……。
本当に面倒なスキルである。
では、ビットの〈超回復:体力〉は何なのだろうか? 一日に100キロメートル走っても食事の量は普通だ。糖質やタンパク質を求めることもなかった。
いや、『スキル一覧』に〈体力〉に関するスキルは書かれていない……。
「デメリットがなさすぎる……、いや、まったくない?」
それが、私の結論であった。
ビットは、健康も寿命も消費しているとは思えなかった。〈超回復:体力〉の対価は何なのだろうか?
『成人の儀』と〈超回復:体力〉は、意味合いが相反する。
今更検証することは出来ないが、もしかすると私の回復の突破口になりえるかもしれないと思うようになる。
私は、一縷の希望を持ち、もう一度本を読み直すことにした。




