第17話 襲撃の裏側とイルゼ
◆大蛇を操っていた者の視点
「なぜだ? 人族にあの大蛇を倒せる者などいないと思っていたのだが。二匹も倒されただと?」
大蛇が一匹戻って来た。眼には剣が刺さっていた。まあ、これくらいならば許容範囲内なのだが。
その剣を引き抜き、大蛇に回復魔法をかける。
大蛇は、愛おしそうに私に頬ずりをして来た。
私は、〈千里眼〉により、旧人類の生き残りの村を見た。
進化に取り残され、僻地に追いやられた者達……。何かしらの力を身に着けて、開拓する力を得たようであるが、この世界の生物からすればまだまだ弱小と言って良かった。
警告程度に、数十年に一度、巨大な魔物を襲わせて自分達の力の無さを思い知らせていたのだが……。あの大蛇をこうも短時間で倒すなどありえなかった。
記録では約百年前に、百人程度で撃退されたことがあると記載されていた。とても優秀な指導者がいたと……。
このままでは、あの者達は活動範囲を広げ過ぎてしまう。
それだけは認められない。
この世界の真の姿……、いや真実を知られては最後の希望が潰えてしまう。
私は、大蛇を屠った者を見続けた。
その者は、長身痩躯の男性だった。前回見に来た時にはいなかった者だ。そうなると最近あの村に来たのだろう。
「あのレベルの人族が生まれるのであれば、もう少し強い魔物を襲わせる必要があるな……」
独り言が出た。
多分だが、私と同じくらいのレベルだと思う。だが、戦闘となれば、魔物を率いる私の敵ではない。
それと、武器が貧弱だ。魔力の通っていない武器を振るうなど、原始人レベルだ。
その後、長身痩躯の男性は、怪我人の手当を手伝っていた。回復魔法も使えないと見える。最終的に、物資の運搬のみとなった。
……回復魔法の使い手に、邪魔者扱いされ始めている。
「……まぐれ」
それが他者からの指示を受け、頭を下げているその人物を見続けた私の結論となった。
多分だが、何かしらの高い攻撃力を生み出す方法を持っているのだろう。それが、短時間で嵌まっただけだ。
興味がなくなったので他の者達を見る。
回復魔法の使い手は優秀だな。瀕死の重傷を負った者が、食事出来るまで回復している。このことは、報告に値する。
あと気になるのは……。
少し離れた所で、一心不乱に食事を続けている者がいる。あれは何なのだろうか? 理解不能だ。
とりあえず、中型の蛇を撃退する者が現れたことと、回復魔法が優秀ということだけ報告しに戻るか。
旧人類は、まだまだあの鳥籠から出ることはないであろう。
◇
◆イルゼ視点
「記憶が曖昧だわ……」
大蛇と戦闘を行っていたのだけれど、盾役が私の方向に飛んで来てからの記憶がない。
「全身が痛い……」
働かない頭を動かして、状況確認出来たのはそれだけだった。
私の看病をしてくれている女性に聞くと、三日ほど寝ていたらしい。なんとか一命は取り留めたとのこと。
でも正直、再起不能だ。
脊髄に損傷を受けており、足が動かなかった。
「イルゼ様。時間はかかるかも知れませんが、回復魔法を受け続ければ元に戻ります。ここは一度、内地に戻りご静養ください」
そう言われて、頷くしかなかった。
まあ、それしかない。理由があった。
〈超回復:魔力〉のデメリットだ。私の生命力……、いやカロリーはその殆どを魔力に強制的に変換してしまう。
怪我をすると、普通の人よりも何倍も回復が遅いという欠点があったのだ。生命力……いや、健康を対価にスキルを発現していると言って良い。このことは誰にも話していない。
前任の〈超回復:魔力〉を持った魔導師は、大勢の盾役に守られながら、大規模破壊魔法を撃ったと記録があった。
それほど、〈超回復:魔力〉のデメリットは大きいのだ。
そして、もう一つのデメリット……。どんなに特訓をしても、成人の儀から魔法の威力が高まることはなかった。私は、中規模の魔法しか使えないのだ。これは、ビットがどんなに体を鍛えても筋肉が増えなかった事と同じだと思う。
ビットを笑いながら、自分のデメリットを隠しながら生きて来た。
そして、今回の件で隠しきれなくなるだろう。
どんなに回復魔法を受けても、怪我が治らないと分かれば、私も〈勇者〉の称号を剥奪される未来しかありえない。
もう、将来への希望は持てなかった。
馬車に運ばれる時に、ロベルトと目が合った。嘲笑を含んだ目で私を見て来た。
言い返したい……。ロベルトが盾を持ち、私を守ってくれていれば……。
ロベルトを睨みつけながら、馬車に乗せて貰い、開拓村を後にした。
揺れる馬車で過去を思い出す。
両親は、領地経営の失敗に次ぐ失敗で爵位を落とされていた。
そして、私にはとても厳しかった。物心付く頃には、訓練を始めていたくらいだ。同年代の子が遊んでいるのを横目に見ながら剣術と魔法、そして礼儀作法を叩き込まれるだけの幼少期だった。
そして、成人の儀……、数十年に一度と言われる〈超回復〉が発現した。
それからは、生活が一変した。
王城にて豪華な服を着せられて、お姫様扱いを受けた。嬉しかった。これで、あの両親と離れられると思ったからだ。
そして、ロベルトが現れた。私の一歳年上であり、〈超回復〉持ち……。すでに開拓村で働いているとか。
過去に多大な実績を上げた〈超回復〉持ちが、同年代に二人も現れたのだ。王城は、お祭り騒ぎだった。
ロベルトと共に王様に挨拶をして、私も開拓村に向かう。これからは、訓練ではなく実践だと気を引き締めた時だった。
ロベルトが、私にキスをして来た。
慌てて突き飛ばしたが、思考が追い付かなかった。ロベルトが何かを言いながら、私に触れて来る。
私は、真っ赤な顔で自分の体を守っていたが、結局は体を許してしまった。ロベルトなら私に優しく接してくれるという期待が、私の抵抗をなくした……。いや、訓練ばかりの毎日から開放されて、新しい刺激を教えてくるという欲望に負けたのだ。
ロベルトは女癖が悪かった。私もその内の一人でしかない。だたし、ビットが開拓村にいる間は、私にそばにいるように言って来る。まあ、アクセサリー感覚でビットに見せびらかしていたのだろう。
それに同調していた私が嫌になる。自己嫌悪に陥った。
いや、ロベルトだけを悪く言うことは出来ない。
私は、開拓村で功績を上げた男性に体を許していた。それが娯楽のない開拓村の士気を上げる……、そう自分に言い聞かせて多数の男性に体を預けた。多分、ビットは知らないと思う。
過去を悔やみ、涙が溢れて来た。
正直、ビットが羨ましかった。ネーナ王女様と相思相愛だったのだ。そして、十五日間隔で会いに行ける。
嫉妬で狂いそうだった。それで、ビットには辛く当たってしまった……。
そして、ロベルトからの王命を聞かされた。
正直、やり過ぎだと思い、国王様に進言しようとすると、ロベルトが押し倒して来た。
「俺の言う通りにしてれば間違いないって」
その言葉に反論出来なかった。頭では反論すべきだと分かっていたのだが、体が受け入れてしまったのだ。そして、犯行に手を貸した……。私も共犯だ。言い逃れは出来ない。
ネーナ王女様は、私にどんな報復をして来るのだろうか。
悔やむしかない過去と、希望のない未来。
涙が止まらなかった。




