令嬢と使用人たち
「はぁ……エディ」
私は寮の部屋で、窓の外を見ながらため息をついていた。
授業の時も、エミリー様のお取り巻き業をしている時も、寮に帰っても、頭をよぎるのはエディのことばかり。
わかってる……彼は、好きになってはいけない危険な人なのだ。
それはわかっているのに、日々恋心は燃え上がっていく。
「危険な美形の魅力ってずるい……!」
机に突っ伏して呻いていると、部屋の隅に控えていたエイナルが「ごほっ」と大きく咳き込んだ。ちらりと見ると、彼はなにか言いたげにこちらを見つめている……見つめていると思う、たぶん。長い前髪に隠れて、相変わらず顔の大半が見えないのだ。
そんなエイナルの足を、なぜかシャンタルが勢いよく踏みつけた。
「――ッ!」
「……自業自得です、エイナル」
シャンタルがツンとしながら、無言で痛がるエイナルに言う。
……二人とも、どうしたのだろう。ケンカでもしたのかな、めずらしい。
「お嬢様。今日もそのエディという男とデートなんですよねぇ?」
シャンタルが表情を笑顔に変えてこちらを向いた。そう、今日もエディとデートなのだ。
彼とは毎日のようにデートをしている。それは嬉しいことなのだけれど、エディとの『未来』がちゃんとあるのかを考えると、私は不安になりつつあった。
「……ねぇ、シャンタル。エディは本当に私のこと、好きだと思う?」
じっとシャンタルを見つめて問うと、彼女は大きく息を吐いてから複雑な表情で腕組みをした。
「こんなことは言いたくないのですけれど、遊ばれている可能性もあるのでは? 年齢以外なにも教えてくれないなんて、怪しいの極みですよぉ」
「うう。やっぱりそうなのかな」
……その可能性も、当然考えていた。
体目当てとか、お金目当てとか、頭が悪そうな女をからかっているだけとか……
そちらの方が、あんな美形が私を愛してるなんて話よりも、よほど信憑性が高い。
だけど彼に夢中な私としては『愛してる』というあの言葉を信じたくなってしまう。
「……遊びでは、ないと思いますが」
シャンタルと私の会話に、めずらしくエイナルが口を挟んだ。
めずらしい……どころじゃないかも。
彼が事務的なこと以外で話しかけてくるなんて、今までほとんど無かったのだ。
「へぇ、どうしてそう思うの?」
シャンタルがなぜか挑発するような口調でエイナルに言った。
……なんだか、シャンタルのエイナルへの当たりが強いなぁ。
エイナルは口元に手を当てて、少し思案する様子を見せる。
「……その男は、愛していると言ったのでしょう」
そして少しの沈黙の後に、苦し紛れという口ぶりでそう言った。
「愛してるなんて、口先だけでいっくらでも言えるわよぉ。お嬢様、別の男に乗り換えた方がいいんじゃないかと私は思いますねぇ」
「他の男性……」
シャンタルの言葉を聞いて私は眉間に皺を寄せた。
正体不明の男性との恋に未来があるかは怪しい。平民になってからの楽しい生活を考えると、エディは不適切な相手だ。
……エディ以外の男性との恋も、視野に入れた方が賢いんだろうなぁ。
それは……わかってるんだけど。
☆
エディとの待ち合わせ場所に行くと、彼は最初から難しい顔をしていた。
「……エディ?」
声をかけるとエディはこちらを見て、なんだか泣きそうな顔をする。
……本当に、一体どうしたのかな。
「なにか嫌なことでもあった?」
「いえ、そんなことは」
そんなふうに言うけれど、エディの表情は悲しそうなままだ。
彼の頬に手を伸ばすとそれは柔らかな肌にたどり着く。エディは私の手に頬を擦り寄せてから、じっとこちらを見つめた。そしてそっと唇を重ねられた。
呆然としながら離れて行く端整な顔を見ていると、それはもう一度近づいてきて唇がまた重なる。啄むような口づけは数度繰り返された。
「エ、エディ!?」
人前だとか、突然なんなのとか言いたいことはたくさんあるのだけれど。
胸がぎゅっと締めつけられてどうしようもなくなる。
ずるい、ミステリアスな男ってずるい。
「どうしたの、急に!」
「……トイニが愛おしくて」
エディは囁くと、ふわりと私を抱きしめた。
……ダメだ。
こんなことをされたら、私の心なんてすぐに蕩けてしまう。
「私も、エディが好きだよ?」
小声で言ってエディの顔を見ると、彼は本当に幸せそうな笑みを浮かべた。
エイナルさんの心中はぐちゃぐちゃなのです。