令嬢とエディという男とデート2
「エディ、大丈夫なの!?」
私は床に転がったまま動かないエディを慌てて抱え起こそうとする。エディはそんな私を見てハッとした顔をすると、強い力でぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
く、苦しい! 一体どうしたの!
「――捨てないでください」
エディから聞こえた絞り出すような声に、私は目を丸くした。
「……私が捨てられることがあっても、貴方が捨てられることはないと思うんだけど」
エディは素敵な美男子で、私は平凡ギリギリな女なんだから。
どういうスイッチが入ってエディはこんなことになってしまったのだろう。
周囲からのなんだか生温かったり、嫉妬混じりの視線だったりがとっても痛い。
「エディ、とにかく席に座ろう?」
「……はい」
エディは返事をするとぐすりと鼻を鳴らす。まさか、泣いてる!?
彼は目にたっぷり涙を溜めて立ち上がると……私を持ち上げた。そして膝に乗せる体勢で椅子に座る。
ちょっと待って。これはどう考えてもおかしい!
おろおろしている間に、お腹に手が回りぎゅっと強く抱きしめられた。
こんなの限界値をとっくに越している。顔がどんどん熱くなり、思考はぐるぐると空転した。
「エエエ、エディ、エディ!」
「……ん?」
エディの涙で滲んで声音が色っぽい。それを聞いて、私はさらに混乱に陥ってしまう。
心臓が鼓動を刻みすぎて痛い。背中で感じる、エディの体が熱い。
「どうして、抱っこなの」
私はようやく、絞り出すようにそれだけ言えた。他にもツッコむことがあるような気がするけれど……そんな気力はなかったのだ。
「……トイニが、俺から逃げないように」
そう言うと彼は、私の首筋に顔を埋める。柔らかな吐息が肌にかかって、それはぞくりと背筋を甘く疼かせた。
……だめ! 私一応淑女なんだから、こんな接触はよろしくない!
いや、平民に落ちるんだからこれくらいはいいのかな!?
なにが平民の常識なのか、私にはちっともわからない。
――そもそも、私はエディのことをなにも知らない。
名前すらも本名か怪しいところだし。
私たちはカフェで出会って、昨日再会して、今日また会って……それだけの仲だ。
キスはしたし、『愛してる』とは言われたけれど。
……考えてみたら、どうして順番がこんなにジグザグとしてるの!?
エディの色香溢れる雰囲気に飲まれてしまって、いろいろなことが有耶無耶になっている気がする。
そうだ――軌道修正をしよう。
順番と道筋をきちんと整理するのだ。
「エディ、エディ!」
「なんですか?」
「……エディのこと、ちゃんと教えて?」
「嫌です」
即座に断られてしまった。
……なぜだ。私を愛しているんじゃなかったの!?
それとも、エディはなにかやばい仕事でもしてるの?
「本当の俺を知ったら、たぶん貴女は俺を嫌いになります」
エディは苦しげな声音で、吐き出すようにそんなことを言った。
や、やっぱり! やばい仕事をしている人だ!
エディはマフィアかなにかなのかな? それだと本名を明かせない筋も通る。
困ったな、私はどうすればいいんだろう。
……危険な男との恋なんてできるのかな。
この後、エディが二十四歳であることだけはなんとか聞き出した。
結構な苦労をして聞き出せたのが年齢だけとは……
エディのことも気になるのだけれど、もう一つ気になることもあるんだよなぁ。
「ねぇ、エディ。エディは……私のことは知りたくないの?」
「え……?」
私が問うと、エディはあっけに取られた声を出す。
そう。エディは『愛している』と言う割に、私のことを知ろうとしないのだ。
エディは少し沈黙をする。
そして……
「――トイニのことは、肌の甘さ以外なんでも知っていると言ったら……どうします?」
耳元で、なんだかとんでもないことを言われてしまった。
「肌? キ、キスはたくさんしてるよね?」
「そうですね。唇や頬の甘さはたくさん知っています」
「えと、あ……」
『それ以外の』……ってこと? エディの言わんとすることに気づいて私の顔は真っ赤になった。
そんな私を見て、エディは少し楽しそうに笑う。
これは……はぐらかされたんだろうか。
それとも、ストレートにちょっとあやしい誘い文句!?
彼のことが、なにもわからない。
だけどそんなエディに……私はすっかり惹かれている。
年頃の女の子は、謎が多い男に惹かれるものなのだ。
……たぶん!
二人にあれこれ起きているすれ違い。