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令嬢とエディという男とデート1

「エディ!」


 待ち合わせのカフェに着くと、エディがすでに店の前で待っていた。エディの美貌に目を奪われていた周囲の人々は、待ち人であった私を見て微妙な顔をする。


 ……申し訳ないですね、美形の待ち合わせ相手がこんなので。


「遅くなってごめんなさい」

「……トイニ」


 今日のエディの表情は、昨日のデレデレが嘘だったように冷めている。こちらを見つめる氷のような瞳は、どの角度から見ても口説いていた女を見るものではない。

 そんな彼を見ていると、不安が一気に胸に広がっていった。その不安を払拭したくて、エディの手をぎゅっと握ると……


 それは拒絶するように、強い力で振り払われてしまった。


 呆然としながら彼を見つめると、困ったように眉間に皺を寄せられる。

 ああ、昨日のあれは酔っていたからなんだ。

 今日も、約束をしてしまったから仕方なくお義理で来てくれたのかな。


 ――浮かれていたのが、バカみたい。


 こみ上げそうになる涙を堪えながら、私はエディを置いて無言でカフェに入った。

 席に着き、メニューを開いてにらめっこする。今日はやけ食いだ。

 すると、隣の席に人が座る気配がした。ちらりと横目で見ると……エディだ。

 彼は少し気まずそうに、こちらを見つめている。


「……なによ」

「さっきは、びっくりしただけです」

「ふぅん。冴えない女に、お義理で付き合ってくれなくて結構よ。時間を無駄にさせたら可哀想だから、帰って」


 そっけなく言いながら、ケーキを四つと紅茶を一つ注文する。店員は人数につり合わないケーキと紅茶の数に首を傾げながら、厨房に注文を伝えに行った。


「トイニ」


 声をかけられ視線をやると、エディの眉尻が下がっている。

 そ、そんな可愛い顔をして! だけど、もう惑わされないんだから。


「貴方なんて、嫌い」

「――ッ!」


 エディの眉尻がまたぐっと下がる。……なによ、私が悪いみたいじゃない。

 彼がこちらに身を寄せてくる。それに警戒心を抱く隙もなく――私は彼に抱きしめられていた。エディは細身だけれど、長身だ。その体はすっぽりと私を覆い隠してしまう。

 周囲の客たちはこの光景を見てざわついている。貴方は目立つんだから止めて欲しいんだけど!

 腕の中は温かい。頬を押しつけている胸は少し汗の匂いもするけれど、不快じゃない香りだ。

 うう……ダメ。心地よくて、なんだか絆されそうな気持ちになる。


「エディ、離して」

「……愛してるんです」

「愛!?」


 もうダメだ。私にはエディのことがちっともわからない。

 エディはケーキがやってきても、私を抱きしめたままだった。


「エディ、その」

「離しません」

「ケーキ、食べたい」

「ケーキ……」


 エディは少し恨めしげな目でケーキをちらりと見ると、私を離して皿を自分の方に引き寄せる。そしてフォークで一口分を取ると、私に差し出した。


「……えっと」

「食べてください」

「自分で食べ……」

「食べてください」


 言葉を重ねるように言われて、私は渋々口を開ける。すると口の中に丁寧な動作でケーキを入れられた。

 美味しい。だけど、どうして給餌行動をされているのかな。


「美味しいですか?」

「美味しいけれど、落ち着かない」


 差し出された二口目を口にする。エディはなぜか……真剣に私の顔を見つめていた。

 私の顔なんて見て、なにが楽しいのだろう。

 ふと彼の顔が近づいてきて、唇の端を優しく舐められた。驚いてエディの顔を見ると、彼はぺろりと舌で唇を舐めている。あの舌で……舐められたんだ。いや、どうして!


「どうして、舐めたの?」

「生クリームが……付いていたので」

「そ、それくらい自分で取れるし!」

「俺がしたいんです」


 エディはそう言うと、またケーキをこちらに差し出す。

 うう。これじゃ周りが見えないカップルみたいじゃない。

 実際は私には周囲の様子は視認できており、そのざわつきや、奇っ怪なものを見る視線も認識できている。こんな美形が懸命に冴えない女に奉仕しているのだ。目立たないわけがない。


「……食べてください」


 エディが眉を下げながら言うので罪悪感に駆られ、私はまたケーキを口にする。するとエディが……ふわりと嬉しそうに笑った。


「うっ」


 美形の笑顔は目の毒すぎる。私は思わず、その眩しさに目を逸らしてしまう。


「はぁ……食べている姿をこんな間近で見られるなんて。可愛いにもほどがある」


 エディはエディで、なぜか私の食べる姿にうっとりしている。

 うう。食べてる姿が可愛いなんて言われたのは、はじめてなんですけど。


「エディ」

「なんですか?」

「私のこと……本当に嫌いじゃないの?」

「愛しています」


 好き嫌いを訊いたのに『愛している』が返ってきて、私は顔を真っ赤にしてしまう。

 この人って……


「貴方って、私の知り合いくらい読めないわ」

「……知り合い?」


 エディは首を傾げる。その仕草も……そう、彼はエイナルに雰囲気が似ているのだ。


「小さい頃から一緒にいる、エイナルっていう男性。あの人くらいわからない」


 エディは私の言葉を聞くと、眉間に深い皺を寄せた。


「その……エイナルのことを、トイニはどう思っているんですか?」

「悪い人ではないと思うけれど。男性としては、無いかなぁ」


 私のエイナルへの印象なんて、そんなものである。だって本当に『側にいるだけ』なんだもの。

 しかしその言葉を聞いたエディは目を丸くして――なぜか椅子ごとひっくり返った。

混乱するお嬢様とショックを受ける従僕。

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