令嬢とエディという男と口づけ
「て、天使!」
エディが酔っぱらいなのはわかっている。
だけど男性に甘いことを囁かれた経験のない私は、酔っぱらいの戯言だとわかっていてもすぐに真っ赤になってしまった。するとエディは色香のある仕草で頬杖をつきながら、楽しそうに口角を上げる。
「俺の天使は、可愛いですね」
「あの……天使じゃなくて、トイニって名前が」
「トイニ、とても可愛い」
「ひぃいい!」
なんなの、この酔っぱらいは!
エディは金色の瞳を潤ませながら私の手を取り、指先にそっと口づけをする。その唇の色は、今口づけられている私の指の爪よりも綺麗な色だ。睫毛も頬に陰影が落ちるくらいに長い。美形、ずるい。
「ずっと、可愛らしいと思っていたんです」
……ずっと……って、あのカフェで会った時からってこと?
それって一目惚れってやつじゃない!
心臓がとくりと跳ねる。だって、男性にこんなことを言われたのははじめてだ。
しかも、こんな美形によ!
――思い切り酔っぱらいだし、正気ではない可能性の方が高いけれど。
「この綺麗なミルクティー色の髪に触れたいと……思っていました」
ふわりと髪が一房指に絡め取られる。それはエディの口元に近づけられ、くるりと指に巻いた髪に何度も口づけられた。ひぇ……
「その綺麗な、暗い色の琥珀のような瞳も素敵です」
エディの顔が近づいて来たと思ったら、そっと瞼にも口づけられる。
私はというと美形の破壊力に参ってしまい、指先一本動かせないまま固まっていた。美形、怖い。
「肌も白くて、雪のようだ」
声音が、水蜜桃のように甘すぎる!
そして私の肌は雪のように白くなんてない。どう見てもふつうの色だ。そういう言葉が似合うのは、エミリー様の方である。
エディのような酔っぱらいを、なに上戸と言うんだろう。口説き上戸……なんてカテゴリーはあるのだろうか。
そんなことを考えている間に、今度は頬に口づけが降ってきた。
わかった! この人酔うとキス魔になるタイプの酔っぱらいだ!
「マスター、お水をこの人に!」
エディの一連の行為を見ないふりをしているマスターにお水を頼む。すると頬を両手で包まれて、無理やりエディの方を向かされた。
深い色の金の瞳がこちらを見つめている。
ああ……視線に捕食されてしまいそう。
そんなバカな錯覚を覚えながら、私はその瞳を見つめ返した。
「他の男を見ちゃダメです」
「マスターにお水を頼んだだけで……」
「それでも、ダメ」
甘い声音を聞いていると、じわりじわりと蜘蛛の糸で体中を絡められているような気持ちになる。
このまま絡め取られていいのかな? 私の目的はそれなのだし問題はない……はず。
だけど遊びじゃなくて、真剣なお付き合いじゃないと困る!
「エディ、エディ! あのね!」
あれこれの衝撃に、私のエディへの敬語は吹っ飛んでしまった。
「……なんです?」
「遊びでこういうことをされるのは、困る!」
「――遊びのわけがないでしょう、俺の可愛いトイニ」
囁かれ、優しく唇を合わせられた。柔らかい、そして少しお酒の香りがする。
柔らかな唇は啄むように、二度、三度と降ってくる。
――こうして私のファーストキスは、エールの味がするものになったのだ。
それからはエディにキスを何度もされながらパブで過ごし、帰り道を途中まで送ってもらった。手を優しく繋がれて、たまに指を絡められる。絡められた指同士はなんだか熱くて、落ち着かない心地になった。
どうしよう、どうしよう。
会ったばかりの、名前が本名かすらも怪しい男性に……私はすっかり惹かれている。
「また、会える?」
別れ際にそう訊くと、お酒が抜けてきたらしいエディが無愛想な顔で頷く。
それを見た私は……嬉しくて泣きそうになってしまった。
「明日。パブで会ったくらいの時間に……カフェの前で」
エディはそれだけ言うと、背中を向ける。
私はその小さくなる背中を見送ってから、胸の内側に生まれた温かい気持ちを感じながら寮への帰途に就いた。
☆
「おかえりなさい、お嬢様! ……どうしたんですかぁ? 顔が真っ赤ですよ!」
部屋に帰った私の顔を見て、シャンタルが驚きの声を上げる。
私の顔は、一見してわかるほどに赤いらしい。
だけど仕方がないじゃない。素敵だなと思った男性と、男女らしい接触をして帰って来たのだから。
「あ、あのね。シャンタル……!」
私は今日起きたことを、興奮気味にシャンタルにすべて話した。
するとシャンタルの眉間には……なぜか深い皺が刻まれていった。
口説き上戸の従僕なのです。