表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

令嬢とパブとエディという男

「じゃあ、行ってくるね」


 今日はオレンジ色のワンピースと赤い靴で、私は街へ出ることにした。平民たちのデートスポットで女性たちを観察した結果、今はビタミンカラーが流行っていることに気づいたからだ。

 オレンジは茶色の髪を引き立て、地味な私なりに似合っているというか……少しだけ可愛く見える気がする。そんな自分を鏡で見ていると、テンションはちょっぴり上がってしまう。

 諦め顔のシャンタルと、相変わらずぼーっとしているエイナルに見送られ、私は今日も街への一歩を踏み出した。


 ――恋人、恋人ができますように!


 今日はパブで過ごそうかな。

 昨日店の外から見た時、男の人の数はカフェよりもパブが断然多かった。酒の力を借りてナンパをしてくる男性も、それなりに居るかもしれない。声をかけられなくても……私からかけてもいいかな。生死がかかった人間は、大胆になれるのだ。

 パブに足を踏み入れると、煙草の煙がむわりと鼻をついた。咳き込みそうになりながらも、私はカウンターに足を運ぶ。私の顔をちらりと見たバーテンが「未成年?」と首を傾げながら訊いてきた。


 いいえ、十八歳です。ちゃんとこの国の成人年齢です。


 だけど飲酒して正体を無くすのは怖かったので、私はオレンジジュースを注文した。私はちゃんと危機管理ができるご令嬢なのだ。

 パブのカウンターでオレンジジュースを口にしていると、隣に誰かが座る気配がした。周囲の席にはまだまだ余白がある。不思議になって隣に目を向けると――


「――あ」


 隣に居たのは、昨日カフェで出会った『エディ』だった。

 エディはバーテンにエールと揚げ鶏を頼んでいる。いいな、美味しそう。というかすごい偶然! まさかこれって、運命なのでは!?

 エディの綺麗な横顔をチラチラと横目で見ながら、私のテンションは上がっていく。

 しかし彼の方はというと、私にはまったく気づいていないようだ。

 ど、どうしよう。話しかけてもいいのかな……


「あ、あの!」


 勇気を出して話しかけると、エールをちびちびと口にしていたエディがこちらを見つめる。角度によってはオレンジ色にも見える金色の瞳が、蕩けそうになるくらいに綺麗だ。それを見ているだけで、私の頬は熱くなっていく。彼が少し首を傾げると、綺麗な黒髪がさらりと揺れた。


「なんです」


 彼は瞳を細めながら問い返してくる。

 ……うーん、あまり芳しくはない反応だ。私のことも、覚えていないかな。


「昨日カフェでも、相席になりましたよね?」

「……覚えてます」


 ぐいぐいと押す私に少し困惑したような様子でエディが答えた。

 私のことを、覚えていてくれている!? その事実にテンションはぐんと上がってしまう。

 舞踏会の場で話が弾んだ男性に、次の舞踏会で声をかけた時。『どちら様でしたっけ?』と言われた記憶を持つ私としては、覚えてくれているだけでポイントはとっても高い。


「お話をしませんか?」

「どんな話を?」


 訊かれて私は困ってしまう。

 こういうところで出会う男女は、どんな会話をするのだろうか。


「エディさんの好きなものはなんですか?」


 エディはどう見ても私よりも年上だ。だからひとまず『さん』付けをすることにする。

 そして我ながら抽象的な質問だなぁ。話下手か!


「好きなもの……」


 彼は綺麗な手で口元を押さえて思案する。なぜか、かなり真剣に考え込んでいるようだ。

 そして――エディはこちらをちらりと見た。


「茶色の髪の女性は、好きですね」

「え」


 私はエディと……しばらく見つめ合った。

 これはもしかして、もしかして。口説かれているのだろうか。

 口説いている割にエディの表情は無表情な気がするけれど、都合がいい方に解釈してしまおう。


「そ、そう。そうなんですか……」


 バクバクと跳ねる心臓をごまかすために、オレンジジュースを口にする。焦って飲んだせいか、それはするりと気管へ入り込んだ。


「う、げほっ!」

「大丈夫ですか?」


 咳き込む私に、エディの手が伸びてくる。そして熱い指が……濡れた唇をごしごしと拭った。

 うわ、男の人に――触られてる。

 思わず真っ赤になる顔で見つめると、エディはなんだか気まずそうに指を離した。


「……失礼」


 そう言ったきり、彼は黙り込んでしまう。そしてエールを飲み干してから、バーテンにまた新たなエールを注文し……それも一気に飲み干した。そんな飲み方をして、大丈夫なんだろうか。


「ねぇ。大丈夫?」

「なにがです?」


 エディの顔色は変わっていない。どうやら、酔ってはいないようだ。

 彼はけろっとした顔でこちらを見ながら首を傾げる。そしてその綺麗な唇を開き――


「隣の席に、天使がいる」


 と、蕩けるような笑みを浮かべたのだった。


 酔ってる! この人、相当酔ってるよ!

お嬢様との会話に緊張し、酒量を誤る従僕。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ