令嬢から見たストーカー従者
街を下見をした翌日。
学園へ登校をした私は、エミリー様の元へと向かった。
裏切られるのはわかっていても、今日も元気にお取り巻き生活をせねばならんのだ。
「エミリー様、おはようございます」
教室に行き、エミリー様とご同業……取り巻きたちにぺこんと頭を下げる。すると一瞬の沈黙の後に、和やかな挨拶がそれぞれから返ってきた。皆様はいつもよりもにこやかで、ご機嫌も良さげである。将来的に貶められる小鼠に今は優しくしておこうという意図が透け透けだなぁ。
自分だって下心を持ってエミリー様に取り入っていたのだし、そういう意味では綺麗な人間ではないからお互い様だけれど。
……私は心の中で、大きく息を吐いた。
「おはよう、トイニ。今日も一日頑張りましょうね」
エミリー様が垂れ気味の青い瞳をおっとりと細めながら、優しい声音で話しかけてくる。エミリー様は女神のように美しく、一見優しそうなご令嬢だ。
アンジェリーヌ嬢に熱々のお茶をかけて、『あら、気づきませんでしたわ』なんて言うご令嬢にはとても見えない。
アンジェリーヌ嬢はアンジェリーヌ嬢で一瞬エミリー様を睨みつけた後に、へにゃりと倒れ込んでか弱い令嬢のように泣き出すのだから、本当にいい玉である。
――女って怖いなぁ。
私は他人事のように、いつもそれを思うのだ。
「はい、エミリー様。今日も貴族として恥じないように一日を努めます」
私は恐々としながらも、エミリー様に返事をし微笑んでみせた。
それを聞いた取り巻きたちがくすくすと笑ったのは、気のせいではないだろう。
取り巻きたちからも代わる代わる話かけられ、それにも笑顔で返事をする。
それを一通り済ませてから……私はエミリー様に話を切り出した。
「エミリー様。その、お願いがありまして」
「なぁに、トイニ」
私から『お願い』なんて滅多にしない。
エミリー様は一瞬きょとりとした後に、にっこりと笑顔を作った。
「エミリー様もご存知の通り、ケスキナルカウス子爵家は裕福ではありません。卒業後は婚姻はせず、父の事業を手伝う可能性が高いので……放課後はそのお勉強をしに、街へ行くことが増えそうなのです」
私は口からでまかせを言った。ケスキナルカウス子爵家には事業を興す資金なんて存在しない。
だけど他に、よい言い訳が思いつかなかったのだ。
「あら、それは大変ねぇ。昨日居なかったのは、そういうことだったのね。わかったわ。将来のために、たくさんお勉強をしてらっしゃい」
エミリー様は詮索もせずあっさりと、放課後の別行動を了承してくれる。
それを聞いて私はほっとした。
エミリー様側にも、私と別行動をしたい理由が『いろいろ』あるのだろう。
やだなぁ、断罪の時にはどれだけの罪状が並ぶんだろ。
そんなことを考えているうちに授業は終わり。
ため息をつきながら校舎を出ると……外でエイナルが待っていた。
彼は木にもたれかかり、いつもの通りぼーっとした様子である。
六つの頃から一緒にいるこの従僕のことを、私はあまり理解していない。
どうしてうちで勤めているのかも、どこの出身なのかも、いつもぼんやりとしていて無口という以外の性格も。
……本当になにも知らないのだ。
主人である私に似て冴えないことは知っているけれど……というのは彼に失礼か。エイナルはぼさっとした見た目だけれど、ある種の女性には人気があるようだから。このぼんやりとした感じが、母性本能をくすぐるらしい。
「迎えに来てくれたの?」
「……はい。シャンタルが行けと」
短く答えるエイナルを後ろに従え、私は寮へと歩き出す。
エイナルが私の隣に並んだことはない。いつも従僕然として、背後から気配をさせず影のようについてくる。
小さい頃はそんな彼が怖くて泣いたこともあるけれど、その時はめずらしく焦ったエイナルが頭を撫でてくれた。
ほんの、二秒くらいだったけれど。
二秒だけ頭を撫でてからじっと自分の手を見つめ『触れて、しまった』とつぶやいた後に、エイナルはそのまま硬直してしまったのだ。そんなエイナルの様子を見て、私はわけがわからずまた号泣した。
その後シャンタルが駆けつけ、エイナルの頭をなぜか強めに叩くまで彼は硬直したままだった。
その暴力の現場を見て……私はまた泣いた。
今考えてもわからない。あれはなんだったのだろう。
……まったく、わからない。
『平民の恋人』を作ろうと思った時、一瞬エイナルの顔も頭を過ぎった。
エイナルは私にとって一番『身近』な……たぶん平民の男性なのだ。
しかしエイナルは――『無い』。
エイナルがお付き合いをしてくれるかどうかという問題は横に置くとして、恋人にするなら自分の理解が及ぶ人間がいい。
そんなことを思いながらちらりと背後を見ると、エイナルは少しだけ首を傾げた。
お嬢様から見た従僕の感想でした。




