令嬢とストーカーの求婚
役者たちの退場とともにギャラリーもほとんど散っていく。そしてその場には立ち話をしている数人と、私とエイナルが取り残された。
「エエエエイナル!」
どもりながら胸ぐらを掴むと、エイナルは少しだけ首を傾げる。すると彼の黒髪がさらりと揺れた。妙に整った形の鼻と唇がエディを思わせて、私は少し泣きそうになる。
エイナルには善意しかなかったのだろう。ちょっと……いや、かなり気持ち悪かったけど。
どうしてあんなに私の行動を把握しているのかは、後ほど問い詰めよう。
今はそんなことよりも……
「……どうしたのです、お嬢様」
「どうしたのです、じゃない! 断罪されなかったら、私平民になれないじゃない!」
「はぁ」
エイナルの気の抜けた返事に、怒りはどんどん高まっていく。
「これじゃエディと結婚できないの! どうしてくれるの!」
私はエイナルをガクガクと激しく揺さぶった。
家出をする……という選択肢もあるのだろうけれど、貧乏子爵家とはいえ貴族の娘の失踪は事件として取り沙汰されるだろう。捜索隊が組まれ、きっとエディに迷惑をかけてしまう。
平民にならないと、エディと穏便に結婚できないのだ。
「……本当の俺を知っても、否定しないのですよね?」
「――え」
エイナルが真剣な声音で問いかける。
その問いに私は虚を衝かれた。それは私が『エディ』に言った言葉だったから。
エイナルの白い手袋を着けた手が前髪にかかる。そしてふわりとそれをかき上げた。
下から現れたのは……私の大好きなお顔。
白く滑らかな肌、神々しいくらいに整いすぎた目鼻立ち。こちらを見つめる金色の瞳。
エイナルではなく……『エディ』が、そこに立っていた。
立ち話をしていた女生徒たちが、彼のお顔を見て色めき立つ。そうだよね、こんな美形滅多にいない。
「エディ?」
声が震える。どうして……これはどういうことなの。
エディ……いや、エイナルはピンで前髪を留めると私の前に跪いた。
「……トイニ」
彼は私の手を取ると何度も口づけや頬ずりを繰り返す。私は事態が飲み込めておらず、ただ呆然とそれを見つめた。
「エイナルは、エディだったってこと?」
「……はい」
「ど、どうして正体を隠してたの!」
私はからかわれていたのかな……それならとても悪質だ。乙女心を弄ぶなんて言語道断である。
「昔からお慕いしていた貴女に、一人の男として声をかけるのが恥ずかしくて」
エイナルはそう言うと乙女のように頬を染めた。
――うう、本当かなぁ。
疑いを込めてじっと見つめると、エイナルは少し困った顔をする。
ああ、私の大好きな恋人の顔だ。
「結婚してください、トイニ」
真摯な声音でそう言われて、反射的に頷きそうになる。私はそれを既でぐっと堪えた。
彼には聞きたいことがいろいろあるのだ。
「……ダメ」
「トイニ……。従僕では、ダメですか?」
「そうじゃなくて、その」
おかしな話だけれどずっと一緒にいた『エイナル』よりも、会ったばかりの『エディ』の方が身近に感じる。
だから『エイナル』に結婚なんて急に言われても、少しどころではなく戸惑ってしまう。
心の準備と整理をする時間が欲しいのだ。
……それに、私の行動を知りすぎていたのも気になるし。
お父様に監視役でも仰せつかっていたのだろうか。私、そんなに問題児じゃないはずなんだけどなぁ。
「そうですか……」
私の言葉を否定だと取ったのだろう。エイナルは心が痛くなるくらいに悲しそうな顔をすると、手を離してから立ち上がる。そして校門の方へ歩き出した。
「エイナル、どこに行くの?」
「……旦那様に辞表を出しに」
「ちょ、ちょっと待って! どうして!」
「どうして、と貴女が言うのですか?」
彼は振り向くと、唇を尖らせながらじっと私を見つめた。
周囲に居た生徒たちはこの新しい寸劇を興味津々に見つめている。やめてくれないかな! これはさっきと違って非常に個人的なものなの!
「さっきのは別に、貴方のプロポーズをお断りしたわけじゃなくて。その、貴方を知る時間がもっと欲しいって意味!」
駆け寄って服の裾をぎゅっと掴むと、エイナルはあっけに取られた顔になった。
「……側に居たのに、貴方のことをなにも知らないから」
私は『エディ』のことが大好きだ。
だけど『エイナル』のことは、正直よくわからない。
脳が混乱して同一人物であるという認識が、そもそも上手くできていないし。
だから……もっと彼を知りたい。
「……トイニ」
体がふわりと浮いた。エイナルに、縦に抱き上げられたのだ。
いつの間にか数を増していた主に令嬢で構成されたギャラリーからは、『きゃあっ』と黄色い悲鳴が上がった。
「エ、エイナル!?」
「なにを、知りたいですか?」
エイナルは甘く微笑むと、唇をそっと触れ合わせてきた。
その感触に『ああ、エディとエイナルは同じなんだ』という実感が急速に湧いてくる。
「ぜ、ぜんぶ……」
「わかりました。では、寮のお部屋でお話をしましょうか」
彼はそう言って、私を抱えたまま足を動かし始める。
私はエイナルにしっかりと掴まって、その近頃よく知ってしまった体温に身を預けた。
ようやく正体バレなのです(*´艸`*)




