令嬢は裏切りを知る
15話で終わる短めの作品です。
完結まで執筆済み。
毎日数話更新しますので、お付き合い頂けますと嬉しいです。
「だからあの子……トイニに、罪を着せてしまえばいいのよ」
「それはいいお考えですわ、エミリー様!」
「ふふ。王子の怒りを買って平民に落とされても、あのどんくさい子なら平気そうですしね!」
……皆様ごきげんよう、私はトイニ・ケスキナルカウス子爵令嬢。
エミリー・ギャロワ公爵令嬢に今まさに罪を被せられようとしている、名前がちょっとややこしいことだけが特徴の貧乏子爵家の娘ですわ。
――テンパっていいところのお嬢様ぶってしまった。
これはまずいな。
ここは十五歳から十八歳までの貴族の令息令嬢たちが通う『王立アシャール学園』。
私もその生徒の一人だ。国内の貴族の子息子女が集まる学園は貴族社会の縮図であり、そこで人間関係の構築を――まぁ要するに『いいとこのお嬢ちゃん、お坊ちゃんと繋ぎを作ってこいよ。あわよくば家柄のいい男に惚れられてこい』と親に期待され、令嬢たちは学園に叩き込まれるわけだ。
ちなみに学園は王都にあって、ケスキナルカウス子爵家の領地は国の端っこにある。だから私は学園では寮生活を送っている。
学園で、私は婚活以外は上手くやれたと思っていた。
王子のご婚約者である公爵令嬢エミリー様のお取り巻きの一人になり、その後ろで「うふふ」と笑う簡単なお仕事を獲得できたのだ。苛烈な性格のエミリー様はいろいろとやらかしてくださったけれど、彼女を支え、失敗のフォローをし、日々ゴマをすりながら過ごし、早二年と数ヶ月。
この学園卒業も近い時期に、まさか裏切られるなんてな!
エミリー様の婚約者であるアルバン王子と親密な仲である、バラボー男爵家のアンジェリーヌ嬢。
彼女のいじめに加担しなかったのが、裏切りの原因だろう。
いや、でも私いじめとか性に合わないんだよなぁ。
うちのケスキナルカウス子爵家は、歴史はあるけどド貧乏だ。一歩間違えば私がいじめられる立場になっただろうなと思うと、「この貧乏な男爵令嬢がよくも!」なんてことを言えるはずがない。
むしろアンジェリーヌ嬢の家の方が、うちよりお金を持ってると思う。
だからなにかと理由をつけて、のらりくらりとしていたのだけれど……
私が躱している間にエミリー様のいじめ行為はエスカレートしていたらしく、アンジェリーヌ嬢を階段から突き落とす……なんてことまでやった。やってしまったのだ。
アンジェリーヌ嬢は足首を捻る程度の怪我で済んだみたいだけれど、アルバン王子はお冠で犯人を躍起になって探している。
そしてその罪と、すべてのいじめの罪を……エミリー様は近頃付き合いの悪い私に被せようとしている、と。
あー困ったなぁ。
アルバン王子はアンジェリーヌ嬢にすっかり夢中で、彼女が側室になるのは確実だと言われている。そのアンジェリーヌ嬢を害した罪を着せられてしまったら、お取り巻きAが口にしていたように平民に身分を落とされる……くらいのことは余裕であるはずだ。大怪我はしていないから、死罪や国外追放まではないと思うけど。
ちなみに私は、取り巻きFである。雑魚だ、取り巻きの中でも一番の格下だ。
とにかく。
いつかはわからないけれど、私はたっぷり見せしめられた後に断罪される……という流れになるのだろう。
私には、エミリー様をお止めする力はない。
そんな動きを見せたら、公爵家の力によって身分どころか命が無くなる。
消されるくらいなら、恥をかかされ平民の身に落とされた方が全然マシだ。
私は隠れている生け垣に背中を預けて「ふぅむ」と小さく声を漏らした。
なぜそんな場所にいるかって?
今日は日差しが気持ちよかったので、中庭の生け垣にもたれながらこっそりお昼寝をしていたのだ。そうしていたら、エミリー様とその取り巻きが中庭にいらっしゃったわけである。
そして私は、彼女の裏切りを知ることになった。
「まぁ、くよくよしても仕方ないか」
エミリー様とお取り巻きが立ち去るのを待ってから、私は立ち上がった。そしてうん、と背を伸ばす。
どうしようもないことで悩むより――先のことを考えて動くべきだ。
「今から、平民の恋人を作っておこうかな。頼れる先は大事だよね。後は手持ちのドレスを売ったりしてお金を作って……と言ってもあまり持ってないんだけど」
私は現実主義者である。
貴族の位に執着して、泣いたりはしないのだ。
☆
「ということで。平民の恋人を探しに、毎日放課後は街に出るから」
「ええ~! そんなの無茶ですよぉ! お嬢様はお化粧を濃くしても、人混みに紛れるような地味なお顔をしてらっしゃるのに」
寮の部屋に戻ってメイドのシャンタルにそう告げると、彼女は悲鳴のような声を上げた。
……うちのメイドは、相変わらずいい性格をしてるな。
そんなところが、気に入っているんだけど。
「シャンタル。貴女、本当に正直なお口を持ってるのね」
「いたい、いたいれふぅ! トイニ様ぁ!」
シャンタルのお口を指で摘んでぎゅっと引っ張ると、彼女は涙目になる。
よく伸びるお口を離して鏡の前に立つと、シャンタルが言う通りの地味な女が映った。
腰まで伸びた茶色の髪。同じく茶色の、一重の瞳。よくも悪くもない、顔とスタイル。平々凡々な……いや、平均値よりも少し下かもしれない女。それが、私である。
私がお取り巻きをしているエミリー様は金髪碧眼の豪奢系美女で、お胸も大きい。
エミリー様のライバルであるアンジェリーヌ嬢も、ピンクの髪に赤い瞳の子鹿のような印象の可憐な美少女だ。
お取り巻きAからEもそれなりに美少女だし、今私の制服を脱がせているシャンタルも……銀の髪に緑の瞳の、とびきりの美少女である。
なんだ、この世は私以外美女、美少女ばかりなのか。不公平な世の中だな。
「シャンタル。平民に見えるような、ワンピースを出して」
「トイニお嬢様、本気ですかぁ」
「本気よ! そこそこいい男を、いつか来る断罪までに捕まえてみせるんだから!」
気炎を上げる私を見て、シャンタルはため息をつく。そしてクローゼットに向かうと、紺色の地味なワンピースを取り出した。
着替えを済ませた私は、意気揚々と鏡を見ていた。
うん。どこからどう見ても目立たない平民の女だ! 令嬢オーラなんて、悲しいけれど一切ない。
「じゃあ、行ってくるわね!」
「お嬢様、やっぱり私も一緒に……」
「だめ。シャンタルと一緒だと、シャンタルの方にばかりナンパが来そうだもの」
「それは否定しませんけどぉ」
――否定しないのか。
シャンタルは本当にいい性格をしている。
「治安のいい区域に行くだけだから、心配しないで。シャンタルもよく一人で街へ行ってるでしょう?」
私はそう言うと白のポシェットを引っ掛けて部屋を出た。
扉を潜ったとたん、ぼふりと顔がなにかに当たる。
そちらを見ると――前髪で顔の半分が隠れた男が立っていた。私の従者のエイナルだ。
エイナルは私の六つ上の二十四歳。黒髪のなんというか……無口で存在感のない男である。
「……お出かけですか?」
エイナルが静かな声音で訊ねてくる。私はそれに頷いてみせた。
「そう、出かけるの。詳細はシャンタルに聞いて」
細身の体を手で軽く押すと、エイナルは少し困惑した様子を見せつつも道を開けてくれる。
そして私は、平民の恋人を作るために街に繰り出した。
トイニはお育ちが平民と大差がないので、割と口調はざっくばらんです。