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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第一話 「白い手」
8/67

【7】




 放課後になるなり(みのる)には真似できない朗らかさで電話をかけまくった大透(ともゆき)が竹原昌一に関する有力情報をゲットしたのは十三人目の電話相手からだった。


 竹原昌一は相当大人しい性格だったらしく、十二人目までは皆「あまり覚えていない」と困惑気味に答えるだけだったのだが、十三人目は「クラスの中では仲がいい方だった」と竹原の印象を語ってくれた。


「仲が良かったと言っても、挨拶したり班分けで一緒になったりした程度だし、短い付き合いだったから話せることなんかないよ」と話した相手は、だが「クラスが違ったけど竹原と一番仲が良かった奴なら知ってる」と親切にもその人物と連絡を取ってくれた。トントン拍子に話が進んで、稔が目を白黒させて眺めるうちに大透は「竹原の一番仲が良かった友人」と学校近くの喫茶店で会う約束を取り付けていた。


「お前、なんでそんなに手際がいいの?」


 半分関心半分呆れる稔をよそに、大透は「これで竹原のことがわかる!」とうきうきした様子を隠さずに稔を引きずって指定された店に向かった。


「はっきり言っておくけど」


 現れた相手は名乗った直後に眉をしかめて言った。


「遊び半分で霊だの何のと騒ぐのは止めたほうがいいぜ」


 まったく同感だと稔は思った。

 後藤と名乗った彼は稔と大透を胡散臭そうに眺めた後で深い溜め息を吐いた。その様子を見て、大透が口を開く。


「いきなり亡くなったご友人のことを教えろだなんて不躾なお願いだとは思いますが、実は先日図書室に入った日から僕らの友人の様子がおかしくて…。それに、別の友人が図書室で霊を見たらしくて、もしかして噂と関係があるんじゃないかと…」


 稔が隣に座っているのに「別の友人」なんて言い方を大透がしたので、稔は意外に思った。もちろん初対面の相手に「霊感少年」なんて紹介をされたくはないので口は挟まなかったが、大透がそんな配慮をする性格だとは知らなかった。第一印象で大透のことを空気の読めない迷惑なオカルトオタクだと思い込んでいた稔だが、ここ数日でだいぶ印象が変わった。迷惑なオカルトオタクであることは変わらないが。


 大透の説明を聞くなり、後藤は顔色を変えて身を乗り出してきた。


「おかしいって、どんな風にだ?」


 図書室で霊を見たという部分より、友人の様子がおかしいというくだりに食いついた後藤は、わずかに顔を青ざめさせて言った。


「そいつ、右腕を押さえたりしていないか?」


 稔は息を飲んだ。


「そういえば、時々右腕を気にするような仕草をしています」


 当たり障りなく大透が答えると、後藤はふーっと息を吐いて椅子に沈み込んだ。何かを迷うような沈黙の後、後藤は低い声で話し始めた。


「……竹原の死因は、心臓発作って言われているけど、俺は違うと思う、あいつは、死ぬ二週間ぐらい前から様子がおかしかったんだ」


 稔と大透は顔を見合わせた。後藤はコーヒーを一口飲んで続ける。


「竹原は頭のいい奴で、放課後になるとよく図書室に行っていた。将来は翻訳家になりたいって言って、英語の本をよく読んでいた。俺は頭悪かったから図書室について行ったことはなくて、だから何があったのかはわからない。でも、ある日から急に竹原の様子がおかしくなって、何かに怯えているような感じだった。顔が真っ青で病人みたいにやつれて、頻りに右腕を擦っていた」


 稔は眉をひそめた。文司と同じだ。


「それと、死ぬ二、三日前に焼却炉で本を燃やそうとしているのを見つかって教師に注意されていた」

「本を?」

「ああ。図書室で借りた本だったらしい」


 稔の横で大透が首を傾げた。稔も不思議に思う。本の好きな竹原が本を燃やそうとした。何故?


「その本って、なんの本だったんですか?」


 大透が尋ねた。後藤は少し考えてから答えた。


「確か、英語の絵本だった。赤い表紙の」

「英語……」


 稔と大透は図書室で本が降ってきた時のことを思い出した。あの時も英語の本ばかりだったが、赤い表紙の絵本はなかったと思う。

 その本はどうなったのだろう。図書室に戻されたのか、それとも竹原が持ったままだったのか。


「燃やそうとした後で、教師が竹原から本を取り上げて図書室に戻そうとしたんだけどな…。竹原はすごい形相で教師の手から本を取り返してその場から逃げ出したんだ」


 後藤は悲しそうに眉をひそめた。あの時、自分が声をかけるより先に走り去ってしまった友人の姿が今でも思い浮かべられる。あの時に追いかけて事情を聞いてやっていたら、何か出来ることがあっただろうか。竹原は、死なずに済んだだろうか。


「それから三日ほど学校を休んで、登校してきたその日の放課後に図書室で死んでいたんだ」


 やりきれない調子で天を仰いで、後藤は深く椅子に沈み込んだ。


「竹原は運動は得意じゃなかったが病弱って訳じゃないし、心臓発作だなんて絶対におかしい。でも、それ以前には図書室に霊がでるなんて噂はなかったし、竹原以外に死んだ奴はいない。俺も竹原が死んだ後に何度も図書室に入ったけど何事もなくぴんぴんしてるし……どうして、竹原だけが……」


 稔はふと、石森のことを思い浮かべた。

 もしも、もしも文司が竹原のように死んでしまったら、石森は後藤と同じ傷を負うかもしれない。友達の死因に納得できず、何も出来なかった自分を責める。


「……嫌なことを思い出させてごめんなさい。色々教えてくれてありがとうございました」


 大透がお詫びと礼を述べて頭を下げたので、稔もそれに倣った。きっと、後藤はずっと友達の死に納得いかない思いを抱えていたのだろう。だからこそ、初対面の中学生に真剣に話してくれたのだ。


「ああ。そーいや……さっき、霊感のある友達がいるっつってたよな?」


 後藤は何かを思い出したように携帯を取り出した。


「ちょっと、見てもらいたいもんがあるんだよ」


 後藤が携帯の画面を二人の眼前にかざした。

 画面には二人の少年が映っていた。


 一人は快活そうな少年で、面影があることから後藤の学生時代だと思われた。内大砂の中等部の制服を着て教室を背景に、もう一人の少年を支えるように肩を抱いている。


 その少年ーー顔色が悪く線の細いその姿を見るなり、稔は背筋を駆け上った悪寒に身を震わせた。白い靄のようなものが、少年の右腕に絡みついている。よく目を凝らせば、その靄が人間の形をしていることに誰でも気付くだろう。それぐらいはっきりと、腕も長い髪も少年を逃がさないとばかりに絡みついている。


「これ……女の人の形に見えますね」

「やっぱりそう見えるか?」


 大透と後藤がそう言って頷き合う。

 稔は画面から目をそらした。稔の目にははっきりと女性に見える。長く見ていると目が合うんじゃないかと錯覚しそうなほどに。


 稔は目をそらしたまま立ち上がり、テーブルに千円札を置いて大透の声を無視して店の外に走り出た。悪寒が治まらない。あの写真に映っていたものが竹原を殺した。そして、今また文司を同じ目に遭わせようとしている。


(怖い……)


 稔は急に不安になった。このままでは、文司は竹原と同じ死に方をするのではないか。

 後藤の話を聞いたことで、文司の身が本当に危ない状況なのだと思い知った。


(どうしよう)


 自分には何も出来ない。大透が期待するような悪霊を祓う力は稔にはない。どうにも出来ない。

 首を突っ込むのではなかった。

 これからは文司を見る度に竹原の末路を思い出し、文司にはいつそれが訪れるのか怯えなくてはならない。何も出来ない罪悪感を抱えながら。


(あの時と同じだ。余計なことに首を突っ込んで、結局は……)


 嫌な記憶を思い出しそうになって、稔はそれを振り払うように頭を振った。


(もう関わらない。図書室にも宮城にもーー樫塚にも)


 湧き上がる罪悪感から必死に目をそらして、稔はこれ以上深入りしないと心に決めた。





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