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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第四話 「五月雨に濡れるなかれ」
67/67

【24】




***



 警察が到着した。

 上条は意気揚々と、町山はおぼつかない足取りでふらつきながらパトカーに乗り込んだ。

 去っていく車を見送って、稔達四人は黙ったまま立ち尽くしていた。

 雨はすっかり止んでしまった。

 稔はパトカーに乗り込む町山の足に、小さな影がくっついているのを見た。

 あの子はきっと、大好きなお兄ちゃんが人を殴っているのを止めたかったのだろう。だけど、妹の死と向き合うのを拒絶していた町山は、その姿を見ることが出来なかった。

 だから、止めてほしくて、上条や稔達の前に姿を現したのだろう。これで安心できただろうか。


 不意に、文司が口を押さえて呻いた。


「……ごめん。気持ち悪い」


 文司は青ざめた顔で言った。


「スッキリしなくて……でも、これは水じゃ流せない。霊のせいじゃないから」


 そう。このもやもやとした気持ち悪さは、霊に関わったせいじゃない。怖いのも不気味なのも、霊じゃなかった。


 稔は上条が平然とした顔で妹の霊を見ていたのを思い出した。

 妹の霊を目にした時、何も思わなかったのか。何も感じなかったのか。町山が土砂降りの日の度に不安定になるのを見て、その脆い精神を利用して自分の思いのままに操ることになんの罪悪感もなかったのか。


 梅雨はもうじき終わる。土砂降りの日はもう来ないだろう。

 それなのに、気分が晴れない。


 重苦しい雰囲気のまま、稔達は警察に事情を聞かれた後、迎えに来てくれた家族と一緒に家に帰った。






 翌日は曇り空だった。

 学校では町山が逮捕されたことが噂になっていたが、稔達のことは漏れていないようで誰かに昨日のことを聞かれることはなかった。

 それをいいことに、四人は噂話に関わらずに過ごした。


「巡り合わせが、悪かったのか」


 放課後になって、石森がぽつりと言った。今日から二、三日は部活が休みになったらしい。


 もしも、上条と出会っていなければ、町山は土砂降り男にならずにすんだのではないだろうか。

 無意識に自分が妹を殺したと思い込んで、土砂降りの雨に打たれた記憶と罪悪感が絡み合って、雨に濡れている少年にその時の自分を重ねて殴りかかったのは確かだけれど、上条がいなければとっくに自分の異常を自覚して医者にかかっていたかもしれない。土砂降りの日に様子がおかしくなる度に、「大丈夫だ」と傍で安心させてくれる友がいたせいで、自覚することが出来なかった。


「町山は、どうなるのかな?」

「……上条が言った通り、町山に関しては心神喪失で無罪だと思う。病院に入院はするかもしれないけど、そのうち自由になるんじゃないかな」


 大透の問いに、文司が答える。


「上条は……わかんないな。直接やったことは傘を盗んだことだけだし、町山を脅して犯行をさせた訳じゃないから、脅迫罪とも違う気がするし……」


 もし、有罪になるとしても、大した刑は科されないだろう。牢屋にすら入らないかもしれない。

 上条本人が「ゲーム」だと言ったように、イタズラ感覚で傘を盗んだり町山をけしかけたりしていただけなのだろう。そこに深い理由はない。ただ、出来そうだからやってみただけ。


 稔は窓の外を見上げた。今日は朝から曇り空だ。けれど、雲の色が朝よりも白っぽくなっている。灰色の重い空じゃない。


「あ」


 しばしの沈黙の後で、文司が声を上げた。


「明日は晴れるって」


 最新の天気予報を確認して、笑顔を見せる。


「梅雨明けだー!」


 大透が大きく伸びをして、開放感を露わにする。


「来週からはだんだん暑くなるよなぁ」


 石森が早くも暑さの心配を始めて、「今年も暑くなんのかなぁ」「猛暑日は学校休みになればいいのに」と夏の話になる。


「夏と言えばやっぱり心霊だろ。心霊スポット巡りしようぜ、倉井」

「絶対に嫌だ」


 オカルトマニアが立てる夏の予定だけは全力で拒否する姿勢の稔に、大透は口を尖らせる。


「じゃあ、心霊動画観て本物探そうぜ」

「じゃあってなんだ。一人でやってろ」


 稔は大透の頭にチョップを食らわせ、文司と石森にも宣言する。


「お前らも、なんか見たとしても俺に言うなよ? 俺を挟まずに神社直行しろ!」

「でも、今回みたいに水じゃ解決しないこともあるし……」

「水で解決しないことは俺にも解決できねえよ!」


 稔は力強く断言した。


「いいか。俺は霊なんかとは関わらずに過ごしたいんだから、お前らも取り憑かれたりすんじゃねえぞ。特に樫塚」

「ええ、何で俺なんです?」

「お前、結構なトラブルメイカーだと思うぞ?」

「あー……なんか樫塚って、心霊スポット行くと真っ先に取り憑かれそうだよな」


 大透もうんうんと頷いた。文司は心外と言いたげな顔になり、石森がそれを宥める。


「大丈夫だ。もしも取り憑かれたら、俺が神社まで運んでありったけの水を飲ませてやる」

「殺す気か!」


 文司の突っ込みに、大透が吹き出し、稔も笑い出した。


 梅雨が明けて、中学校生活最初の夏が始まろうとしていた。







第四話「五月雨に濡れるなかれ」・終



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― 新着の感想 ―
未だに大透くんの名前が読めませんが、とても面白かったです。とはいえ面白くなってきた途端に梯子を外されたようで、いつかどこかで続編にお会いできればいいなと思う次第です…他の小説を見てみれば人気作家さんで…
[一言] 凄く面白かったのですが、完結済になっているのが気になる…… もっと読みたいです。
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