【18】
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月曜日は昼過ぎから雨が降り出し、帰る頃には土砂降りになった。
稔はじとーっと石森を睨んだ。部活を終えて駆けつけてきた彼は気まずそうに目を逸らした。
「よし。そろそろ行きますね」
やる気十分の文司が自分の傘を大透に預けて宣言する。
お前が説得できなくてどうするんだと、稔は石森に冷ややかな視線を送り続けた。
「本当にやめようぜ……危ないって。風邪引くって」
「覚悟はしてます!」
いらねえよ、そんな覚悟。と稔は肩を落とした。
「あ」
玄関の外を見ていた大透が声を上げた。道場から出てきた町山が、傘を差して歩き始めたところだった。
それを見るや、文司が本当に傘を差さずに土砂降りの中に飛び出してしまった。「ああ……」と手を伸ばす稔の背中を、大透が叩いた。
「倉井。うちのお手伝いさんに車で迎えに来て貰うから、樫塚の気の済むとこまでやらせようぜ」
大透は携帯を耳に当てて、学校近くまで来てくれるように伝えている。稔は石森と共に傘を差して文司を追いかけた。
傘を差して歩く町山の横を走り抜け、校門をくぐった。
校門の前に傘を差した人が立っていたので、それを避けて歩道を走る。さすがに学校の前では襲ってこないだろうから、町山が仕掛けてくるとしたらもう少し先だろう。そう考えた文司はぱしゃぱしゃと水を跳ね上げて走った。
学校から少し離れ、人気のない道に入ったところで足を止め、背後に注意を向けながら歩き出す。雨が髪に染みて頭皮が冷たい。これで襲われなかったら濡れ損だな、と思いつつ、ぶるっと震えた。寒さのためか、怖いのか、自分でもわからない。
稔が心配する通り、文司がこんな真似をする必要はないことはわかっている。警察にまかせておくべきだというのは全く尤もだ。
けれど、文司は最初に襲われた時に見た雨の中の小さな影が、今考えると、何かを知らせようとしていたんじゃないかと思うのだ。
稔は小さな影が呟く声を聞いたという。それが、大透の想像通り、「駄目なの」という意味だとしたら。
(あの子は、町山の犯行を止めようとしたのかもしれない)
兄の前に姿を現し、「駄目なの、そんなことをしたら駄目なの」と訴えているのだとしたら。
町山には霊が見えていなかったと稔は言った。だとすれば、町山に小さな妹がお前の傍にいると教えてやれるのは、稔達だけなのだ。だから——
その時、背後からばしゃばしゃと水音が聞こえてきた。
(来た……っ)
振り向いた。その瞬間に目にしたのは拳を振り上げて襲いかかってくる怒り狂った男の姿。
覚悟は出来ていても、いざとなると体が動かない。文司はぎゅっと目を瞑った。
「だあああああっ!!」
絶叫と、激しい水音が聞こえた。




