【14】
「今日は雨降ってないんだから、何も起きないんじゃねえか?」
尾行する意味があるのか、と稔が言うと、大透は「んー」と唸った。
こいつ、もしかしてただ尾行がしてみたかっただけなのでは、と稔は半目になった。
「でもさ、例えば男子高校生をすごい形相で睨んでいるとか、男子高校生の後をつけているとか、そういう不審な行動があるかもしれないじゃん」
言い訳じみた口調でぼやく大透に呆れるものの、乗りかかった舟だ。今回だけは付き合ってやろう。稔は寛大さを演じてそう考えたが、実のところ稔も今は一人で帰りたくない気分だったのだ。先ほど見た幼児の死の瞬間が脳裏にこびりついている。
悲劇ではあるが、幼い子供のいる家庭なら、あり得そうな事故だった。ちょっと目を離した隙に、幼子は好奇心で危険な真似をする。普段、大人が蛇口を捻ればそこから水が出てくることを知っているから、自分でやってみたくなった。それだけだ。
(あの子は、なんで俺にあんな光景を見せたんだ?)
自分がどうやって死んだかなんて教えられても、稔には何も出来ないのに。
稔は溜め息を吐き、頭を振って死の光景を振り払った。
稔と大透は一定の距離をあけて町山についていったが、大透が期待するような不審な行動は一切なく、寄り道すらせずに小さなアパートの前に辿り着いた。
「普通に帰宅してんじゃん」
「うん」
期待はずれと言うべきか安心したと言うべきか、ちょっと複雑な気分になりつつも尾行を切り上げようとした。
だが、その時、アパートの前に佇んでいた女性が町山に歩み寄った。
女性に声をかけられるが、町山は無視して通り過ぎようとした。女性がその肩を掴んで引き止める。
「何かもめてる?」
女性は五十歳くらいで、少し陰気そうな印象を受ける。
「放せよ」
町山の声が聞こえた。
「来ないでくれって言ってるだろう」
「だってあんた、高校出てから一度も帰ってこないし、電話にも出ないじゃない……」
女性が涙混じりの声で町山をなじる。
(母親、か?)
年齢的にもおそらく親子だろう。だが、町山の態度は硬質で、親愛の情を一切感じさせない。母親の方が必死に息子に縋りついている様子だ。
「美優のことで、まだ怒っているんでしょう?」
母親が言う。
「あれは事故だったのよ。あんたのせいにしたから、母さん達のこと恨んでるんでしょ。でもね、あの時は母さんだって大変で……あっ」
町山は母親を乱暴に振り切って、後も見ずにアパートの外階段を駆け上がっていった。
母親は重い溜め息を吐き、諦めたように立ち去っていった。
一部始終を目撃した稔と大透は、無言で顔を見合わせた。




