【13】
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「今のところ、他に怪しい奴もいないしなあ」
「だからって、何で俺まで後をつけなきゃならないんだ」
放課後、稔は大透に強引に引きずられて、道場の外で空手部の練習が終わるのを待っていた。
町山の後をつけると言われても、今日は雨も降っていないし、仮に町山が土砂降り男だったとしても何も掴めないのではないか。
稔はそう思うのだが、大透は帰る気がないようで道場の外壁にもたれて欠伸をする。
「空手部終わるまでは暇だな」
「俺は帰る」
「そう言わずに。やっぱりコーチは怪しいだろ?」
稔は溜め息を吐き、大透の隣にしゃがみ込んだ。
コーチが怪しい、と言うが、怪しいと思ってしまうのは不遇な死に方をしたらしい妹の霊のせいだ。土砂降り男に妹らしき霊がくっついていたから、という理由で人を疑っていいものだろうか。
町山が土砂降りの日に男子高校生を殴る動機も不明だし、そもそも通り魔事件は警察が調べているのだから稔達に出来ることは何もない。
(よし。帰ろう)
改めて結論に達し、稔は膝に手を置いて立ち上がろうとした。
その膝の上に、ぬっと幼児の頭が乗ってきた。
おかっぱ頭で、髪がぐっしょり濡れている。濡れた頭から水が垂れて、稔の膝も濡れる。丸く見開かれた目がまっすぐに見上げてくる。
稔は身動きが取れず、至近距離で幼児の顔と見つめ合った。視線を、逸らすことが出来ない。
(どっか行ってくれ)
稔は強く念じた。それしか出来なかった。
(俺は関係ない。どいてくれ)
恐怖のあまり瞬きも出来なくて、目に涙がにじんだ。
『……め……なの……』
幼児の口が動いた。その瞬間、稔の脳裏に見知らぬ光景が差し込まれた。
二歳くらいの、ワンピース姿の女の子が、浴槽を見ている。
シャワーを出そうとしたのか、女の子は蛇口に手を伸ばす。だが、背伸びしても届かない。女の子は風呂椅子によじ登り、立ち上がって手を伸ばす。蛇口に指が届いたが、幼児の力では捻ってシャワーを出すのが難しい。ようやっと少しだけ蛇口が動いたが、ちょろちょろとした水しか出てこないのが不満で、女の子は片足を浴槽の縁に掛け、力を入れて踏ん張った。
足が滑り、湯を張った浴槽へ落ちる。
幼児は頭が大きくて重いから、水に沈んだら自力では起き上がれない。ばしゃばしゃと水音を立てるが、助け起こす者はいない。
水音が、やんだ。
「倉井?」
はっと我に返った。膝の上の頭は消えていた。制服も濡れていない。
「どうした。ぼーっとして」
「……なんでもない」
稔は額ににじんだ汗を拭って息を吐いた。
(今のは……?)
女の子が風呂場で溺れる一部始終を見せられてしまった。
(……妹は、自分で落ちて溺れた? じゃあ事故だ。殺されたっていうのは嘘? なんでそんな嘘を……)
「あ、倉井。部活終わった」
空手部の連中がぞろぞろと道場から出てきて、校舎へ入っていく。町山はまだ出てこない。
生徒達が出て行って数分後に、町山が顧問の教師と一緒に出てきた。教師が鍵をかけ、挨拶をして校舎に戻っていく。町山はその場でエナメルから上着を取り出すとティーシャツの上に羽織り、校門に向かって歩き出した。
大透が少し距離を置いて後をつける。仕方がなく、稔も大透について行った。




